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中編6
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マイホーム

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 マイホームを建てる、それが私の夢だ。

 

 幼い頃、私の家は決して裕福ではなく五人暮らしの団地住まい、私に与えられたプライベート空間は二段ベッドの上段、下段に妹、三畳の和室が兄だった。

 だが、特に貧乏と言うわけでもなく、欲しい物など贅沢な品でなければ買って貰うことができたので、自分なりにベッドに手を加え、カーテンを引き、即席の個室を作ったり努力したものだ。

 そんな限られた場所で長い間暮らしていた反動だろう、いつしか私は自分の部屋、家を持つことが人生の目標になっていた。

 学生の頃からコツコツとだが貯金もした。

 車も買えないし洋服などに金をかけられない私には出会いなどは無縁だったが、社会に出てから運命の人に出会えた。

 妻とは会社で出会い3年の交際を経て結婚。

 特別に美人ではないが整った顔に品があり性格は内向的だがとても気が付く、私には少し勿体ないと思うこともある。

 妻は早めに子供が欲しいと訴えたが、私はマイホームを優先してほしいと切に頼み渋々だが了承を得た。

 それから、五年ほど生活を切り詰め何とかやりくりし、私の貯金も全て使い頭金を作り、私の夢、マイホームを手にすることができた。

 それほど大きくはないが新築庭付き二階建てで、庭は妻のリクエストで広めに場所をとった。

 荷ほどきを一通り終え、引っ越し蕎麦をすすっている時、私は夢が叶った喜びに感極まり思わず泣いていた。

 妻は新しい生活を期に会社を退職し、専業主婦になり家庭に専念することにした。

 本音を言えば、ローンの事を考えるともう少し働いて欲しかったが、頭金の事でも少々無理をさせたので文句など言えるはずもない。

 リビングにささやかな飾りつけをして、妻の退職を二人で祝った。

 あまり飲めないふたりだがシャンパンで乾杯し、妻にねぎらいの言葉をかけ、これからもよろしくと用意しておいたプレゼントを渡すと、妻は、開けてもいい? と目で合図するので私は笑顔で返事を返した。

 箱を開け中の物を首に飾る、妻の誕生石トパーズのネックレス。

 これまで大した物を贈れなかったので今回は奮発したが、正解だった。

 妻も気に入ったようで、鏡を見るため何度も席をはずす姿が微笑ましく、私はこんな幸せな時間が長く続いてくれる事を祈った。

 新居生活も3週間を過ぎた頃に、妻が神妙な面持ちで「何か変な音」が聞こえると言う。

 話を聞くと、どうやら家に独りで居る時に聞こえてくるらしい。

 どんな音か私が尋ねると、最初ラジオのノイズのような音が聞こえ始めて、しばらくするとノイズに混じって微かに人が喋ってるように聞こえるらしい。

 恐らく、よその家から音が漏れているだけで、新しい生活のストレスから神経質になっているだけだと私が説明すると、妻は一応は納得した顔をして、気にしないようにしますと言った。

 

 だが、異変は続いた。

 妻が買い物の帰りがけに近所の主婦につかまり、一時間程立ち話に付き合わされ、少し疲れたのでソファーで仮眠をとっていると、耳許で何か囁く声がしたり、私の帰りに合わせ夕食を作っていると、背後に気配を感じ振り返るが何もない、まな板に視線を戻すと後頭部を撫でられた。

 その様なことがここ数日に何度かあったらしい。

 妻は私に何か変わった事はないかと尋るが、私はこの家で暮らしてから一度でも怖いと思ったことがないと答えると、しばらくの沈黙の後、わたしがおかしくなってしまったのかもねと、しくしく泣き出した。

 私は愈々心配になり病院に行こうと促したが、妻は精神疾患を疑われ病院に拘束されることや、子供を作ることを止められるのではないかと、頑なにこれを拒否した。

 五年もの間子供を遠慮させていた引け目もあり私はしばらく様子を見る事で承諾した。

 

 それからは日を追って妻は変わっていった。

 食事もろくに取らず夜もあまり眠れないようで、頬は痩せこけ目は窪み別人のようになってしまった。

 私が話かけても上の空で、独り言をぶつぶつとつぶやき、何を言ってるのか耳を澄ますが、......わたしは探してる......ちゃんとやってる......などと言っているが意味不明だ。

 夜中に目を覚まし隣にいない妻を探すと、トイレに正座をして壁を見つめている、まるで一瞬でも目を離すと大切な何かを無くしてしまうような視線で、何時間も見ている。

 急にカーテンをめくったり引き出しを開りたりする、その行動は何かを探しているようにも見えた。

 ある時、妻が正常だと思われる時があり、ここぞとばかりに病院に連れて行こうと身支度を整え玄関迄向かうが、玄関のドアを見た途端に酷く怯え又暴れる。

 私は藁にもすがる思いで、神社でお札を集め、お祓いの出来る神主を探し歩いた。神社とは霊的な物と関わりのあるものだと勝手に想像していたが、宗派などによって霊などの存在に否定的な所も多々あり、こんなに苦労するとは意外だった。

 歩いて探し回るのもしんどくなりインターネットで調べ、それなりに有名な方に祓ってもらうことが出来たが、妻の容体が良くなる事はなかった。

 そんな日々が続き私は精も根も尽き果て疲れきっていたある日、仕事中に妻から携帯に着信があった。

 最近、妻はまともに会話も出来ない状態なので、電話をかけられる事に驚いた。

 何かあったのかと仕事中にも関わらず電話にでる。

 こっちが応答した事に気付かないのかしばらく無言が続く、そのうち妻のしわがれた声が聞こえてきた。

 声が小さく聞き取りずらい、左手で左耳をおさえ耳を済ます。

 

 あった......いまやっと......みつけた。

 

 それだけなんとか聞き取ることが出来たが唐突に通話は切れた。

 すぐに妻の携帯にかけ直したが一向ににつながらない、念のため自宅にもかけてみたがこちらもだめだ。

 私は居てもたっても居られなくなり、近くにいた同僚に一言だけ挨拶して、上司に許可も取らずに妻のもとへと向かった。

 私の自宅と会社はそれほど遠くなく、この時間ならバスを待つより走るほうが早く、日がくれかけた頃家に着いた。

 鍵を開け中に入ると廊下に妻の衣類が散乱している、妻の名を呼ぶが返事はない、リビングの方に何か気配を感じて近づくと恐る恐る扉を開けた。

 その光景は異常だった。

 窓から差す夕焼けで部屋の中は赤く染まり、ローテーブルの上で全裸の妻が、足踏みをしながらくるくると回りながら、何か、わらべ歌の様なものをくちずさみ目は正気を失っている。

 妻に近づき大声で名を呼ぶと糸の切れた人形の様に脱力し、その場にへたりこんだ。

 私は妻が完全に壊れてしまったんだと悟った。

 妻をテーブルから下ろしソファーに寝かせ、手近にあったタオルケットをかけてやる。

 話かけるが何も反応なくただ一点を見つめている。

 首もとにはあの時に贈ったトパーズのネックレスがかけられてあった。

 ......すまない、......君がこうなったのは私のせいなんだろうなぁ。

 この家から早めに逃げ出していれば、或いはこんな事にならずにすんだかもしれない......だが、......仕様がないじゃないか......。

 実は、私にも見えていたんだ。

 妻の言う変な音や声など最初から分かってた。

 現にさっき、妻の寄行を正面から見ている身体中にヘドロを被ったような長身の女も見えていた。

 ......だがそれを私まで認めたらどうなる? きっと妻はこの家を出ようなんて言いだして、私のこのマイホームを手放そうとするに決まってる。

 そんなことはさせない! 絶対にだ! 私の一番大切な物は妻でも、妻の望む子供でもない! この家だ!

 私はこの家で暮らしてから一度でも怖いと思ったことはない。

 私が怖いのはこの家を失う事だけだ。

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オチが(笑)いい意味で裏切られた。幽霊とかそういう類の怖さではなく、人の怖さを実感。

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