午前零時。
タクシーは、コールタールを流したような、ねっとりとした闇をひた走る。
ふと、歩道に目をやると、霊園の前で手を上げる髪の長い、白いワンピースを着た女が立っていた。
タクシーは静かに、その女のわきに車を停め、ドアを開ける。
「どちらまで?」
乗り込んで来た女に尋ねる。
「確かめたいことがあるんです。しばらく道なりに走ってもらえますか?」
女は不思議なことを言って来た。
ドライバーの男は、メーターをあげると
「わかりました。」
と、タクシーをゆっくりと発進した。
女は始終、下を向いてスマートホンを覗き込んでいた。
そのボンヤリとした青白い光が、いっそう俯く女の陰鬱な顔を白く浮かび上がらせていた。
女の道案内を元に、ドライバーは、右へ左へとハンドルを切って、ある交差点に差し掛かったところ、女が急に車を停めるように言うので、ドライバーは交差点に差し掛かる前に、左へ車を寄せて停まった。
「すぐに、戻ってきます。そのまま待っててください。」
女にそう言われ、ドライバーはそのまま車の中で待っていた。
女は、歩道に降り立つと、ユラユラと頼りない足取りで、交差点へと歩き出した。
しばらくすると、女は引き返してきた。
「お待たせしました。」
そう言うと、タクシーに乗り込んで来た。
ドライバーが、再び車を走らせ始めると、女がドライバーに話しかけてきた。
「確認できました。」
「え、何をですか?」
「私がもう、この世に居ない存在だということを。」
「えっ?」
「私は、あの交差点で、事故にあって死んだことを確認してきました。」
「・・・。」
「〇〇町まで、お願いします。」
女は、そう行き先を告げてきた。
「承知しました。」
タクシードライバーは、言われるがまま、車を走らせた。
目的地についたドライバーが料金を告げると、女は自分はもうこの世の者ではないので、料金は支払えないと言った。その代わりにと、女は自分の名前と、ある住所を紙に書いて、ドライバーに渡してきた。
ここに住む者が、きっと料金を支払ってくれるはずだと言う。
ドライバーは仕方なく、その紙を受け取ると、女をそこで下ろして、また闇の町へと車を走らせた。
女は、降り立ち、ドライバーを見送ると、満面の笑みをたたえた。
「イエーイ、ミッションコンプリート!」
スマートホンに向かって、叫んだ。
「みなさん、いかがでしたか?僕は、また伝説を作りました。見ました?あのドライバーのビビった表情!」
おもむろに黒髪のカツラを脱ぐ男。
「しかも、見事、無賃乗車に成功!!あの紙の住所は、お寺の住所、名前もデタラメでーす!皆さんも、終電がなくて困った時は、この手で行きましょう!」
男は、スマートホンに向かってVサインを出す。
「これにて、タクシー怪談やってみた、を終了いたします。チャンネル登録、よろしくね!」
男は、スマートホンの動画撮影をストップすると、上機嫌でそのまま自分のアパートに戻ると、すぐにその動画を動画投稿サイトにアップロードした。これで、再生回数はかなり上がるはずだ。
男は、鏡を見て、にんまりと笑った。
「それにしても、俺、美しいなあ。ぜんぜん男ってバレなかったわ。この道で商売するのも悪くないなあ。」
男は、女装した自分の顔をうっとりとながめた。
鏡を見ながら、化粧を落とし、シャワーを浴びて、動画投稿サイトに投稿した自分の動画への反応を確かめた。
すると、イイネが一つもついてないことに気付いた。それどころか、BADの評価が大多数。
ああ。やっぱり、人を騙すって評価が下がるのか。まあいいや、再生回数はそこそこ行ってるから。
コメントでも見てみるか。
どうせ、無賃乗車は犯罪、とかだろ?
はいはい、俺は女装してるから、どこの誰かはわかるはずない。
「なにこれ。ただ、墓地を一人で徘徊してるだけじゃないか。」
「これの、どこが面白いんだ。何がミッションコンプリートだw」
「一人で、何、ブツブツ言ってんの?www」
は?
どういうことだ?
俺は、もう一度、アップした動画を確認した。
「えっ!」
俺は、霊園の前で一人で手を上げて、ユラユラと霊園に歩き出す自分の姿を映した動画に目が釘付けになった。
「そ、そんなバカな。アップする前に確認した時には、ちゃんとタクシーに乗り込む俺の姿だったはず。」
そこからは、墓地を延々と徘徊する自分の姿が映し出されているだけで、タクシーもドライバーの姿も映し出されてはいなかった。
「じゃ、じゃあ、あのタクシーは・・・。」
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午前零時。
タクシーは、コールタールを流したような、ねっとりとした闇をひた走る。
ゆっくりと、ドアが開く。
「お客さん、どちらまで?」
作者よもつひらさか
最怖映像ノンストップという番組を見ていて思いつきました。