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中編5
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夜の卵【カイシメル】①

涼子は思い悩んでいた。

この春より、涼子は、小学校教員となり、新任にもかかわらず、1クラスの担任となった。

ずっと夢見てきた教師という職業は、なかなか一筋縄には上手く行かなかった、

クラスは、やんちゃ盛りの子供達ばかりで、なかなか涼子の言うことを聞いてくれない。

それどころか、涼子を困らせて喜んでいるツワモノばかりで、涼子は疲弊していた。

それでも、何とか、この年代の子供達が興味を持ちそうなことで気を引いたりしてみたが、どれも上手く行かなかった。ヒステリックに叱れば叱るほど、からかって楽しむような風潮がある。

夏休みが始まり、正直、涼子は子供達から解放され、ほっとしていた。

「これからどうしよう・・・。」

そんなことをボンヤリと考えながらも、お盆には、実家のある故郷へ帰省した。

両親は、涼子の帰省を心から喜んだ。

大学を卒業し、教員免許という難関を突破して、晴れて教師になった自慢の娘が帰ってきたのだ。

「どう?学校は。」

そう聞かれ

「うん、上手くやってるよ。子供達はすごく素直でかわいいね。」

と心にもない嘘をついた。

本当のことを言って、両親を心配させたくはない。

小さな悪魔のような子供達。

だが、元々、子供が大好きな涼子は、そんな子供達を憎むことはできなかった。

「そういえば、今日は花火大会があるのよ。」

涼子の母親が、食卓にいろいろな手料理を並べながら涼子に伝えた。

「そんな時期なんだね。」

「お母さん達は、人ごみは疲れるから行かないけど、気分転換に行ってみれば?」

母は、もしかしたら、涼子の嘘を見抜いていたのかもしれない。

「うん、久しぶりに、行ってみようかな。」

涼子は夕飯後、ぶらりと普段着で、花火大会が行われる海辺の神社へと歩いて出かけた。

夕暮れの海風が、心地よく涼子の頬を撫でる。

懐かしい磯のかおり。よく砂浜や、岩場で遊んだなあ。

夕暮れが過去のノスタルジーへと涼子を誘う。

祭りの賑わいと、露店で何かを焼くにおいが、涼子の郷愁をますます掻き立てる。

暑いのに浴衣を着せられて、両親に手を引かれてよくここに来たものだ。

最初は浴衣のあまりの暑さに不機嫌になっていた涼子だが、お祭り騒ぎに、胸がわくわくしたのを今でも覚えている。厳しかった両親も、この時ばかりは、涼子を甘やかして、綿飴やたこ焼きを買い与え、金魚すくいに興じさせてくれたものだ。

「ゆい~、宿題やった?」

「ううん、まだ。」

「宿題なんてだりぃよねえ。」

「うん、これさえなかったら夏休みサイコーなのにね。」

そんな子供達の会話が聞こえてきた。

ちょうど涼子の受け持っているクラスと同じくらいの年代の子供達だ。

「まあ、ワークは仕方ないとしてさあ、自由研究とかって何なの?」

「そうそう、あれ、必要ないよねー。面倒くさいだけだもん。」

「ゆいは、自由研究と工作、どっちにするの?」

「もう切羽詰まってるしねー。私は工作かな?」

「私はね、親にやってもらってる。」

「えー、マキずるーい。」

「って言ってもさ、カビの研究だよ。放っておいて、どんなカビが生えるかまとめるだけだもん。」

「でも、それって、親が書いてるんでしょ?字でバレない?」

「書き直すに決まってるじゃん。」

「そうだよねえ。」

「それにしてもさ、先生って宿題出すだけで、自分は夏休み休んでるんだから、ズルくない?」

「うん、ずるいずるい。きっと私達の世話しなくていいから、清々してるんじゃない?」

涼子は、自分のことを言われているようではっとした。

「先生もさ、宿題、やるべきだよね。私達は苦労してやってるんだから。」

涼子は苦笑いした。夏休みだって、先生達は働いてるんだってこと、理解してもらってはいないんだな。

しかし、それは子供達には見えないことであって、ぼやいてみても仕方がない。

涼子の心にまた、新学期からの不安がよぎった。

目的もなしに、神社に続く露店の群れの中を歩いていると、外れの方に他の店より明らかに照明が暗く、怪しげな雰囲気を醸し出している店を見つけた。その店先には、白い卵が所狭しと並んでおり、店頭には今まで見たこともないような、美しい女性が、この暑さにも関わらず、玉虫色のような曖昧な色合いの巫女装束のような着物を着て、汗一つかかず涼しげな顔で座っていた。

「おや、お嬢さんは、この店が視えるのかい?」

その女は涼子に不思議なことを言ってきた。

変な人。涼子が黙って通り過ぎようとすると、店主はさらに畳み掛けてきた。

「お嬢さんは、第四の色を見ることのできる、特別な瞳を持ってると見受けた。」

「第四の色?」

「そうさ、第四の色。世の中の色ってのは、何で出来てるか知ってるかい?」

「三原色で出来ているんでしょ?」

「そう、お嬢さんは聡明だね。第四の色ってのは、それ以外の色。つまりは、この世の色ではない色さ。

つまり、この店はそんな色で出来ている。かくいうアタシもね?」

涼子はしまったと思った。この人はたぶん、普通では無い。どこか壊れている人だ。

早々に立ち去ろうとすると、その店主は卵を差し出してきた。

「持ってお行き。これは、夜の卵。」

「夜の卵?」

無視してしまえばいいのに、涼子は夜の卵というキーワードに好奇心をいだいてしまった。

「そう、夜の卵。願いを叶えてくれる卵さ。」

「願い・・・。」

おまじないみたいなものかしら。

私の今の願いは、受け持ちクラスの子供達と仲良くなれること。

素直でかわいい子供達と楽しく過ごしたい。

涼子は卵を見つめていて、あるアイデアが浮かんだ。

ちょうど卵は、32個。涼子の受け持っているクラスの子供の人数分ある。

「すみません、ここにある卵、全部ください。」

そう涼子が申し出ると、店主は少し驚いた顔をした。

「いいのかい?お代はいらないけど、タダではないよ?」

店主は不思議なことを言って来た。

「お代は払います。だから、ここの卵を全て、私に売ってください。」

店主はしばらく考えて、こう言った。

「まあ、お嬢さんがそう言うなら。アタシにとっちゃ、この世のお金なんて何の意味も無いけど、いただいておくよ。」

そう言いながら、百円だけ受け取った。

涼子は、卵を受け取ると、花火も見ずに、足早に、実家へと帰って行った。

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