眠い、眠すぎる。
アラームを解除し、18度の室温に凍えながら、エアコンのリモコンに手を伸ばす。
倦怠感と頭痛の酷い身体を、なんとか起き上がらせる。
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部屋のカーテンを開けると、青紫色の空。
静かな街の景色が目に映る。
窓を開け、早朝の澄んだ空気と夏の香りをゆっくりと吸い込む。
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大学2年生の夏。
僕は新しくアルバイトを始めた。
既に3つのバイトを掛け持ちしていたが、ずっと憧れていた仕事は、忙しい合間を縫ってでも働く価値があった。
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小学生の頃からずっと続けていた水泳。
自分の経験を活かせるプール監視員という仕事の募集を、やっと見つける事が出来た。
毎朝の朝練から1日が始まる。
「ピーッ!」
監視台にいるスタッフのメガホンからの怒号、笛の音が室内プールに鳴り響く。
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遊泳区域で溺れている人を発見し、監視台のスタッフの知らせで、他の持ち場の仲間が駆けつける。
様々な技術を駆使して、要救助者の救助に当たる。
という想定の訓練。
訓練の後は、開園の準備を大急ぎで行う。
息つく暇のない程走り回り、営業開始となる。
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「おはようございます!」
元気な声の、受付係の女の子。
午前9時の開園で、来場者は数名。
ウォーキングコースで大股歩きのおばさんや、遊泳コースで一心不乱にゆっくり泳ぐおじさん。
色々な人がいる。
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バシャ、バシャ、、
人が水に触れ、水が人に触れる音。
場内に流れるBGM。
穏やかな時間が流れている。
僕は監視台で、プールの中にいる人々の安全を見守る。
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見守るが、眠い、、眠すぎる。
そのうちウトウトと、こうべを垂れ、向きなおる。
またガクッと下を向いて、ハッと視線を場内に映す。
何度かそんな事を繰り返し、視線を場内に戻した時、
(え?)
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場内がおかしい。
その異様な光景に、脳が理解を拒んでいた。
プールの中身が黒くなっていた。
その黒さはもはや漆黒であり、天井のライトが反射さえしない、底の見えない闇だった。
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およそ墨汁の様なその物質は、おそらく水分だと思った。
水のように波打って、先程と同じ音を奏でていたからだ。
バシャ、バシャ、、
黒い水の中に入り、客は先程と同様に歩いたり、泳いだりしている。
場内のスタッフも、この異常事態を察知する事なく業務に当たっている。
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(もしかして、、僕だけ?)
目の錯覚でこういう事も有るのか?
と、ギュッと目を閉じ、瞼をゆっくり開く。
変わらず異質な景色が視界に広がる。
周りの混乱がない分、案外冷静でいられる自分がいた。
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他に変化はないかと、周囲の状況を伺う。
変わった事といえば、、
(あ、なんか白いな。)
客もスタッフも、そこにいるすべての人の肌が異様な白さだった。
その白さは色白という水準を超えていた。
舞妓さんの様な、全身に白粉を塗った白さ。
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そしてその肌をよく見ると、青筋の様なものが浮き出ている。
(肌が白過ぎて、血管が肌から透けて見えているのかな。)
と変に冷静に考えていた。
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(目がおかしくなったのか?早退して眼科にでも行った方が良いかな。
多分先輩に物凄く怒られるんだろうなぁ。)
と考えながら、引き続き場内を見渡していると、受付係の女の子が視界に入る。
受付は、僕のいる監視台から見て正面に位置している。
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場内とはガラスを隔て、受付で座った女の子の後ろ姿が見える。
その子は水着の上に、スタッフ用のポロシャツを着ていた。
(ん?青い?)
彼女の肌が露わになっている部分が、、青い。
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目を凝らしよく見ると、場内にいる白粉に青筋の人に比べ、青筋が圧倒的に多いため、肌がほぼ青く見えていた。
(なんだろ?)
と暫く目が離せずにいると、その子が急に痙攣を始めた。
受付の椅子に座ったまま、ガタガタと震え始め、やがて椅子から床へ倒れた。
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僕は咄嗟に緊急時のサインを仲間に送る。
メガホンを軽く振り、受付を指す。
客に混乱を招かない様、スタッフ間にだけ合図をする。
1人のスタッフが僕の合図に気付き、受付に駆け付ける。
倒れてもなお、痙攣を続ける女の子を見たスタッフは、慌てた様子で受付にある電話で内線を掛けている。
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受付から少し離れたレストルームから、待機スタッフがさらに駆け付ける。
痙攣は少しして治まった。
意識はまだ戻らない様子だった。
対応している1人が、時計を見ながらもう1人に
指示を出す。
女の子に対処している2人のうち、1人の男性スタッフが僕のいる監視台まで来た。
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状況を報告される。
男「多分癲癇だな。
痙攣も治ったし、意識が戻るまで様子見だな。」
場内に目を向けたまま、状況報告を聞く。
受付に目をやると、倒れていた女の子が再び痙攣を始めた。
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僕「あ、まただ!
ダメですね。
救急車お願いします!
僕は場内の調整します。」
男「了解。」
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僕は、場内の監視塔にいるスタッフに、緊急時のマニュアル通りの合図を送る。
監視塔より場内に、緊急時である事、状況が落ち着くまで一旦休憩とし、プールから上がる旨の放送が流れる。
直ぐに救急車が来て、女の子が搬送される。
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一息ついて改めて場内を見回すと、いつの間にか水の色が元に戻っていた。
人の肌も正常に見える。
(なんだったんだろ?)
先程までの緊急時対応ですり減らした神経は、考えることをさせてくれなかった。
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女の子はその後、搬送先の病院で意識を取り戻し入院する事なく、回復に向かった。
バイトには、
「ご迷惑をおかけしました。」
と復帰し、以後何事もなく働いていた。
あの黒い水は何を意味していたのか。
白い肌と青筋は何かの啓示だったのではないか?
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様々な憶測を立てる一方で、その時は
(白昼夢でもみたのかな?)
というように考える事に努めた。
しかし、自分自身がおかしかったと、実感できる身体の変調はこれだけではなかった。
この体験以降僕の“眼”には様々な物が映り、様々な事が起こる。
それはまた、別のお話し、、
作者ttttti
連続ものになります。
お目に留まれば幸いでございます。