中編5
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「眼」第2章

「お疲れ様でーす!」

バックヤードに入り、いつもの挨拶を終えると、カーテンで仕切られただけの狭い更衣室へ入る。

朝から掛け持ちのバイト続きで、疲労困憊、満身創痍と言って仕舞えば大袈裟だが、疲れながらも充実していた。

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先日のプールバイトでの一件、、

(20歳にもなって、ファンタジーなんて笑えないよなー)

なんて思いながらも、確実な“眼”の違和感を感じ始めていた。

時々、左眼の痛みがある。

正確には左眼の奥、眼球を動かすだけで激痛が走る。

生来の不精な性格が、病院への足を遠のかせていた。

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コック服に着替え、厨房に入る。

油の匂い、活気のある挨拶。

僕は小さな弁当屋で働いている。

高校2年から続けているアルバイト。

ひたすらトンカツやコロッケなどの揚げ物をする、フライヤーが僕に任された仕事だ。

火傷も多いし、身体は油でベタベタ。

時々レジや弁当の盛り付けも担当していて大変だけど、この仕事が好きだ。

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集中して作業に取り掛かる。

夕方17時。

これから、夕食を目的にした客で混み合う時間だ。

「すいません。」

揚げ物の保温庫はガラス張りになっていて、フライヤーからは保温庫を通してカウンターの様子が見える。

手を動かしながら、横目で様子を伺う。

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女性が立っていた。

(変わった格好だな。お洒落な人なのかな?)

その女性を見た第1印象だった。

つばが異様に広い真っ赤なハット。

そして真っ赤なワンピース。

不自然なほどピンっと伸びた姿勢。

顔はハットで完全に隠れていた。

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レジには誰もいない。

納品や検品で、レジを担当してる人が持ち場を離れることは珍しく無い。

作業を一旦止めて、レジに向かう。

「お待たせしました。

いらっしゃいませ、、」

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ギョッとした。

レジ横のカウンターの前に立っていたのは、初老の男性だった。

(見間違い、気のせい、錯覚だ。)

と気持ちを切り替え、笑顔で接客対応をする。

「ありがとうございました!」

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接客が終わり、持ち場に戻る。

戻ろうとする際、店のカウンターを背にした背中に生温い空気を感じた。

気になり振り返る。

店は、駅前のロータリー沿いに隣接している店舗に位置していて、カウンターからはロータリーが一望出来る。

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カウンターから見た風景に、人間が1人も居なかった。

普段、夕方の時間帯じゃあり得ない光景。

夏の時期という事もあり、まだ明るい。

蒸し暑さからか、動揺からなのか、コック服の背中が汗で張り付いてくる。

自分が店に1人という状況も相まって、例えようの無い不安感が襲ってくきた。

2、3度頭を振り、気を取り直し持ち場へ移動する。

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再び作業を再開する。

厨房内は換気扇の音が響いている。

淡々と仕込み作業を続けていると、不意にカウンターの方に気配を感じた。

保温庫越しにカウンターの様子を見る。

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女が立っていた。

さっきの赤い帽子とワンピースの女だった。

ただ先程より身長が伸びていた。

首から下しか見えない。

僕は、見てはいけないものであると直感し、直ぐに目を逸らした。

まじまじと直視することが憚られる雰囲気。

恐怖心が、僕の中で増幅していく。

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今度は呼び声が聞こえないため、

(気のせい、錯覚だ。)

と自分に言い聞かせ、一心不乱に仕込みに取り組む。

女の気配だけが、じっとりとした空気と共に、僕の身体にまとわりつくような感覚。

「ゴッ!ゴッ!」

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妙な音がカウンターの方から聴こえる。

(見ちゃダメだ。)

と自分を律しつつ作業の手は休めない。

「ゴッゴッゴッゴッ!おぉ〜お、ぉ」

音に加え、何かの鳴き声の様なものも聴こえ出した。

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急に左眼に激痛が走る。

堪らず作業の手を止め目を閉じる。

自分だけの暗闇の中、閉じた視界の端にパパッと光が走った。

(なんだろ?これ。)

と考えていると、

「バーン!ガラガラ!バラバラ、、」

と大きな音がした。

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ビクッと身体が反応し、反射的に音のした方向を見る。

僕「なんだ店長かー!どこ行ってたんですかー?」

40代の恰幅の良い女性が、納品した食材を床にばら撒き息を切らしていた。

裏口から食材を運んでいて、躓いたのだろう。

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直ぐに駆け寄り食材を拾いながら、

僕「怪我ないですか?」

店長「大丈夫よ。

あんた眼を瞑って微動だにしないんだから。

寝不足?

呼んでも返事しないし。

もう、しっかりしなさいよ!?」

僕「すいません。

ぼーとしてました。」

(まただ。

また不可思議現象だよ。

もう面倒臭いから話合わせとこう。)

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そう考えると同時に、店長が戻ってきた事に心から安堵した。

眼の痛みは、いつの間にかなくなっていた。

夜22時になり、店は閉店となる。

後片付けも大方終わり、まとめたゴミをゴミ置場に運ぶ。

ゴミ置場は店舗の裏手にあり、街灯もなく夜になると真っ暗だ。

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先程の事が脳裏に蘇る。

(また変なもの見ないうちに、サッサと済ませちゃおう。)

ゴミを棄て振り返る刹那、視界の端に光が走った。

虫が這う様に。

左眼を手で覆う。

(なんだ?)

一瞬立ち止まると、聞き覚えのある音がする。

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「ゴッ!ゴッ!」

(早く店に、明るいところに行こう。)

左眼を覆っていた手を離し、前に向き直る。

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目の前2m先に女がいた。

赤い帽子、赤いワンピースの女が、店の裏手の外壁に頭を打ち付けていた。

男と見紛うほどの体躯。

身長180㎝近い僕が赤い帽子を見上げていた。

「痛っ!」

左眼を再び激痛が襲う。

あまりの激痛に蹲る。

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ポタッ、、ポタッ、、

(汗、、か?)

左眼を覆っていた掌を見ると、赤い水が手を滴り落ちていた。

(血?やばい、手当てしなきゃ!)

僕はよろけながら店の裏口に歩き出す。

いつの間にか、裏口と僕の間に存在していた赤い女は姿を消していた。

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店の裏口から、転がるようにして厨房に入る。

業務日誌を書いていた店長が、眼を丸くして僕を見ている。

僕「店長!眼がっ、血がっ!あ、あ、、あれ?」

掌の血は消えていた。

眼も痛くない。

店長「あんたどうしたの?ん?ちょっとこっちに来なさい。」

左眼を覗かれる。

店長「鏡見て来なさい。そして明日眼科へ行きなさい。」

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僕は店長に言われるまま鏡を見て、次の日眼科へ受診した。

鏡を見ると、左眼の白い部分がすべて真っ赤になっていた。

赤い飴玉のように、綺麗でさえあった。

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次の日、眼科の先生に言われたのは、“結膜炎”

だった。

釈然としない診断内容ではあったが、軽微な結果にこれまであった事へも楽観できる様な気がした。

気がしていた。

日増しに痛む左眼、視界を這いずる光。

その前後に現れる“何か”。

身体の変調に言い知れない不安が漂う中、少しずつ何かが僕を蝕んでいくのを感じた。

Concrete
コメント怖い
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最後の展開に期待!
期待です。
大事なので二回書きました(笑)
まだまだ序章ですよね。
これからの展開に期待です!
(あっ三回目だ)

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