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長編24
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のんちゃんの鏡

「別れてほしい。

このままだと、俺…

…呪われてしまう…」

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三ヵ月前にそう言い残し、最愛の彼は去って行ってしまいました。

…呪われる…

この言葉にはどの様な意味があるのでしょう…

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“俺の事なんて早く忘れてしまった方がいい”

そういう彼の優しさでしょうか…

それならば、この作戦は大成功と言えるでしょう。

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こんな言葉を言われてしまっては、

“別れたくない”と泣きすがることも、

流行りの歌を聞いて

“私の事を言っている”と、

自分に酔いしれることもできず、ただ『無』の境地に立たされるだけです。

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ただ今回、私が皆様に聞いていただきたいことは、この彼への恨み節ではなく…

…このセリフを放ち、私の元を去って行ったのが、三人目だということです。

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一人目の彼氏は、中学時代のサッカー部のキャプテンでした。

クラスの中でも、ムードメーカ的な存在の彼から告白されたのは、お互い中体連も終わり、そろそろ高校受験に本腰入れようかという、三年の夏でした。

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男の子と初めて行く夏祭り、二人で帰る通学路…

何もかもにドキドキして、

“この人と結婚するんだろうな”と

あまりにも単純すぎるほど初心(ウブ)に、お付き合いを堪能しておりました。

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彼との付き合いに変化が見え始めたのは、付き合いだしてから三ヵ月が過ぎたあたりからでした。

段々とやつれ、私を避けるようになり…

“話がある”

そう言って呼び出された時は、振られる準備も、泣く準備も、悲劇の主人公になる準備も出来ていました。

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…が、彼が言い放った言葉は…

「呪われてしまう」

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振られたことに違いはないのですが、当然悲劇のヒローインなどなれる訳もなく、涙も出ませんでした。

ただこの時、せめてもの救いだったのは、二人の親友が怒り狂ってくれたことです。

”クラスの女子で呼び出す”だの“全員で無視をする”だの…

私が止める立場になれたことで冷静になれ、

“あんな思いやりのないヤツ”

と、意外と早く立ち直ることができました。

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二人目は、高校生の時。

バイト先で知り合った年上の人でした。

かなり積極的な彼を断りきれずに始まったお付き合いでしたが、話が上手で、いつも楽しませてくれる彼にすぐ夢中になりました。

そんな明るい彼も、三ヵ月を過ぎたあたりから…

そして、四ヵ月を迎える前にあのセリフ…

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三人目の彼は、大学の先輩です。

優しく面倒見がいい彼は、後輩からも“たけちゃん先輩”と呼ばれ、慕われています。

こんな彼までも、別れるときは誠実さの欠片もなくなるものなのか…

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怖い怖くない・信じる信じない以前に、幽霊だの心霊だのに全く興味がない私にとって、この男性たちの別れの言葉は、只の流行りか?くらいにしか思っていなかったのです。

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時間と言うものは、人を変えます。

中学生の時、あんなに激怒してくれた親友二人も、今や私の別れ話には興味もなく、

“あっ、筆箱忘れた”

“そうなんだ、大変だね”

くらいの反応となりました。

……が、今回、この二人のいたずらな暇つぶしのおかげで、真相を知り得ることとなったのです。

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私達三人は、よほどの縁があったのか、そのまま高校・大学まで同じ学校へと進みました。

毎週火曜日は、午後の授業は選択せず、大学の食堂に集まることになっています。

その日も当然のように食堂へ行き、親友の姿を見つけ出すと、そのテーブルへと行きました。

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「おつかれ」

と声をかけ席に着くと、

「おつかれぇ」

とは返事を返すものの、携帯から顔も上げない彼女は“マコちん”です。

「あぁぁ、負けたぁ。

やっぱり課金しないと勝てない仕組みになってんのよ」

「なに?

まだそのゲームやってんだ?

そんだけ気に入ってんのなら、課金すればいいじゃん」

「それは私のポリシーに反する」

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私は、しばらく自分の携帯を見ていたのですが、ずっと視線を感じます。

「なに?」

やることがなくなったマコちんが、頬杖をつき、わざとらしさを感じるほどにジッと見てきます。

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「あんたの別れた男たちの話しさぁ…

あれからカオリン何か言ってきた?」

「へ?

何、今更…

何も言ってこないよ。

マコちんと一緒に“あっそ”で終わらせたじゃん」

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「そこは、ほら…

深刻になりすぎる方が、惨めだと思った優しさじゃん」

「惨めって…

まぁ…確かに。

いちいち深刻になられるのも辛かったかも…

で?なんでカオリン?」

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「いやぁ…ふーん…

カオリン、何も言ってこないかぁ…」

思わせぶりなマコちんに少し苛立っていると、急に前のめりに話し出しました。

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「あんたと違って、私達が怖いもの系好きなのは知ってるよね?」

「うん。

オカルトマニアでしょ?」

「そうそう。

あんたはそう言って、私達を一緒にするけど…

私たち的には若干違うんだよね」

「ん?」

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「心霊写真・スポット・現象。

肝試しに夏の特番。

あぁ後、世にも奇妙な~的なもの、全般大好きなのは私。

所謂“オカルトマニア”は私。

カオリンもそれなりには好き。

人の恋愛話よりはよっぽど興味持って話は聞く。

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でもね…

カオリンが大好物なのは…

…“呪い”…

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なんてったって、その手の物が持ち込まれる事で有名なお寺に、毎月最低でも一度は、車で40分かけて行ってるのよ。

今じゃ、そこのお偉い住職さんとライン交換してて、いわくつきの物が運ばれたら、連絡があるらしいよ。

ほんっと物好き」

「新しい心霊スポットが見つかったと聞けば、夜中に集まって行ってるあんたと変わりないじゃん」

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「……

そこは今はいいじゃん」

「はいはい。

で?カオリンがなに?」

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「だからぁ、あんた、彼氏たちに何て言われて振られたのよ?

カオリンがそれに興味を持たないなんて変じゃない?

分かってると思うけど、あんたの傷心に気を使ってソッとしてる…

なんて絶っっ対、有り得ないからね」

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「うん…それは絶対ないね。

え?言いたいことが分からない。

普通に興味がないんじゃないの?」

「はぁ…

ホントに鈍いなぁ。

カオリンは常に“呪い”のキーワードにアンテナ張ってるのよ。

そんな彼女が反応を示さないってことは…

カオリンが何か知ってるんじゃないのかって言ってるの。

あんた…

カオリンに恨まれるようなこと…

心当たりない?」

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「え?え?えぇぇ?

カオリンが私に呪いをかけてるってこと?

なんでよ?」

「そんなの今の段階じゃ分かんないけどさ。

心当たり…ないの?」

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カオリンを怒らせる…

そんな恐ろしい真似を、私ごときが出来るのでしょうか…

「あっっ、カオリン来たよ。

私もついててやるから、聞いてみなよ」

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出入り口を見ると、私達を探すために、食堂全体を見渡しているカオリンが見えました。

そして、私と目が合うと、こちらへと颯爽と歩いてきます。

スラリと長身で、ピンと胸元まで伸びたストレートの黒髪は、まるで彼女の性格を表しているようです。

この、見応えある媚びない美人が、私の元へ歩いてくる時、いつからか私の脳内では、

“ジョーズ登場のテーマ曲”

が流れるのです。

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(カオリンが、私に呪いをかけるほどに怒っている?

今までの出来事が…悲しみが…

親友だと思っていた彼女の呪いのせい…?

それを本人に確認するの…?

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いや、むしろ、呪っていてくれていたのならいい。

流石のカオリン相手でも、私の方が強気に出ていいだろう。

問題は…

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これが濡れ衣だった時だ。

なんの非もない彼女に疑いをかけ、責め立てるのか?

その時のカオリンの怒りは…

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その時の恐ろしさを想像すれば、いっそこのままでいよう。

もしこれが彼女の呪いだったとしても、わざわざ寝た獅子を起こす可能性があるのなら、この呪いを受け入れよう…)

そこまで思った時…

身体に電気が走りました。

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(はっ!

違う。カオリンの呪いなんかじゃない!!)

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カオリンの“呪い好き”は確かに有名で、それ故に“残念な美人”と一部では噂になっているほどです。

…が、彼女の性格は真逆な人です。

滅多に怒りや悲しみの表現をするタイプではありませんが、敵と判断したした者には、一撃のタイプです。

瞬時に相手の急所を見つけ出し、一言で終わらせ、相手が悔しさの中で震えながらも、反撃できなくなった事を見届けなければ、気が済まないタイプです。

“じっくりことこと煮詰まるまで”何年も待つことや、“自分が見ていない所で成就しているかも”を待てる人ではありません。

目の前でとどめを刺したことを確認せずにはおられない性格なのです。

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(暇つぶしに爆弾放り込みやっがたな)

の意思を込め、マコちんを睨み付けると、

「ちっっ」

と、舌打ちをしやがりました。

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しかし…確かに…言われてみれば、気にはなります。

ではなぜカオリンは、あのセリフに興味を持たないのか…

(う~ん…

爆弾も返しとくか…)

そう思い立ったとき、ちょうどカオリンが私たちの席に到着しました。

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私は、カオリンが席に座るなり、

「マコちんが言いだしたことだけど…」

の前振りをしっかり置き、何か心当たりがあるのかを聞いてみました。

名前を出されたマコちんは、固まっておりましたが、私にも流れ弾が来る恐れもあるので、

“カオリンを疑った”

の部分だけ省きましたが…

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カオリンは、話を聞くなり、驚きの表情をし、少し考える表情になり、最後に一瞬ですが、何故か意地に悪い顔へとなっていきました。

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「なるほど…うん。確かに呪いだね…

いや、私はね、呪いと言てっも“古めかしい”モノが特に好きなの。

“いわくつき”とか“祟り”とか。

でも、望(のぞみ)の場合、望自身も、両親も、家も…

そんな

古めかしいモノとは無縁じゃない?

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だからね、てっきり…

うーん、生霊的な?

そっちを考えてたんだよね。

あのサッカー部のキャプテンだった…古田くんって、かなり女子に人気だったじゃない?

だから…

でも、そうよね。

確かに呪いだもんね。

うんうん、私の分野だわ」

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「ん?分野?」

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「そっか。なるほど。

生霊ね。人怖ってやつか。

それなら担当は私だわ」

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「ん?担当?」

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「望、ごめん。

私達二人も揃っていながら、今まで何もしてあげれなくて。

お詫びにこの件、私とカオリンでハッキリさせるからね!」

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先ほどの、カオリンが一瞬見せた、意地の悪い顔の意味が分かりました。

「いやいや、そんなこと願ってないってば。

むしろ、ソッとしておいてよ」

「何言ってんの。

お詫びだって言ってるじゃん」

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「前期試験が終わって、退屈になったからでしょ。

暇つぶしに人の腹えぐらないでよ」

「…じゃ、あんたは本当にそれでいいと思ってるんだ?」

一瞬にして、緊迫感のある空気に変わりました。

「カオリ…ン…?」

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「何の接点もない三人の人が、同じセリフで別れていくなんて、偶然だと思ってるの?

三人で、このセリフを言われるのは最後だと、どこに確証があるの?

これから先もずっとずっと…

一生付きまとわれるとは考えないの?

確かに、今の私達には潰すほどに暇がある。

でも、全員が就職して、今ほど時間もなくなって、その時に調べたいってなっても、無理だと思わないの?」

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今…確実に彼女は

「暇つぶし」

と認めましたが、そんなことを突っ込める状況ではありません。

カオリンのエンジンが点いてしまいましたから。

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「どうか…よろしくお願い致します」

小声でそう言った私の肩を、マコちんが慰めるようにポンポンと叩いてくれました。

(お前が原因だろ)

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「じゃあまずは…

聞き取り調査だね。

あっ、マコちん確かサッカー部の副キャプテンと仲良くなかった?

何か聞いてないの?」

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「うん。今でもたまに連絡とるよ。

まぁ当時は…

お互いの親友同士のゴチャゴチャだったから、むしろその話は触れないことが暗黙のルールになってたね。

いいよ。聞いてみるよ」

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「じゃ私はたけちゃん先輩か」

「え?先輩にも聞くの?」

「当然。

直近だし、一番重要な証言者だよ」

「ってことは、望はバイト君ね」

「えぇ?

私もやるの?」

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「当たり前じゃん。

私達に紹介する前に別れちゃってたし。

大丈夫だって。

何も本人に連絡とらなくってもいいんだから。

バイトだったら、皆の色々に首突込みたがりな、お節介やきの一人くらいいるでしょう?

そういう人は、辞めた人ともパイプが繋がってたりするから」

「あぁ…確かにいる。

バイトリーダーになるべくして生まれたような人が…」

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次の土曜日までに情報収集し、午後に私の家に集まることとなり、その日はそのまま解散となりました。

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約束の日、時間通りに現れた二人は、リビングで両親への挨拶を終え、部屋に入ってくるなり、いきなり言い放ちました。

「来る途中で、マコちんと話してきたけど。

やっぱ、あんた呪われてるわ」

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「え?どういうこと?

なんで先に話してきちゃうの?

ちゃんと聞かせてよ」

「えぇぇ、望はこの手の話し興味ないじゃん。

メンドくs」

「分かった、分かった。

私から掻い摘んで話すから。

ねっ」

カオリンの傍若無人ぶりに、珍しくもマコちんが止めに入ってくれました。

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「副キャプテンだった林に聞いたらね、やっぱり古田クンに相談されてたみたい。

まず、望と付き合いだしてから、毎晩夢に日本人形が出るようになったと。

日に日に、少しづつ鮮明になっていく感じだったから、初めはぼぅっと出てくるだけだったって。

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それとは別に、妹が変な事を言い出したらしい。

ほら、二つ下の後輩に妹いたでしょ?

その子が

“今までサッカーバカだったくせに、彼女ができた途端に、鏡の前で何十分もブツブツと…

気持ち悪い”

ってからかうんだって。

兄ちゃんが鏡に向かって、彼女に愛の言葉を囁く練習をしてると思ってたみたいね。

でも本人は

“何言ってんの?”

ってすっ呆けるものだから、妹ちゃんが次にそれを見た時、現場を押さえてやろうと、そーっと近づいて行ったら…

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兄ちゃんは鏡に写る自分に向かって

【別れろ、呪う。別れろ、呪う】

って虚ろな目をして呟いてたんだと。

驚いた妹ちゃんは、お母さんを呼びに行き、お母さんもその息子を見る。

慌てたお母さんは、息子に往復ビンタで目をさまさせた。

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正気に戻った古田クンが目にしたモノは、妹だけでなく母親まで泣きじゃくる姿。

ここで“別れる”に当てはまる人は、彼女のあんた。

そこで…ふと思い出す。

“あの夢…付き合いだしてから見るようになったような…

そろそろ人形の姿がはっきりと見えだす頃では…”と。

それで、あのセリフ」

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「私は、先輩に会ったよ。

話しはほとんど一緒。

夢に出てくる、日に日に鮮明になっていく日本人形。

鏡の前での独り言。

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少し違うのは…

先輩って、一人暮らしじゃん。

だから、気づいたのは本人だったのよ。

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出かける準備をしようと鏡の前に立つと、いつも記憶が飛んじゃって、ハッと気づくと20分位経ってるって。

それで、鏡に立つ前にカメラをセットし、録画をしたって。

その時も、気づけば20分程経ってたから、録画を確認すると…

ってわけ。

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相変わらず優しい人だよ。

今になって、あんな別れ方しか出来なかったことを、申し訳なく思ってるって。

当時は限界だったって。

で?あんたは?

バイト君も同じ話しだったんでしょ?」

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「あぁ…

連絡とったよ。

バイトリーダーに…

私…四股されてたんだって…」

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『あぁ、望ちゃん!久しぶりだね、どうした?

え?あいつの今?

や…田舎に帰ったってのは聞いてるけど…

もしかして、ヨリ戻したいの?

そっか、そうだよね。

いやぁ、もう時効だから言っちゃうけどね、あいつホントに女癖悪くてね。

ストックしてる女だけでも、他に二人はいたと思うよ。

望ちゃんの時は、バイト仲間たちで

“さすがに高校生はやめろ”

って言ってたんだけどさ。

あいつは

“新記録つくるんだ”

って、絶頂に調子に乗ってるし。

望ちゃんも幸せそうだったから、皆言い出せなくてね。

その内、すぐ別れて、二人ともバイト辞めちゃったからさぁ』

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これには、さすがにこの二人も分かり易く気を使ってくれました。

…が、カオリンからは

「四股って…普通気づくだろ」

と、サラリとグサリとやられましたが…

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「あんたさ、日本人形で何か思い出さないの?

昔遊んでたとか、持ってたとか。

「えぇ、そんな高級品うちにないって」

「日本人形って高級なの?」

「えっ、そうなんじゃないの?」

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「私さ、これ聞いた時、ナチス軍が実験した“ゲシュタルトの崩壊”思い出したんだよね」

「さすが、マコちんはその系好きだね。

鏡に向かって

“お前は誰だ”

って言い続けるっていう都市伝説ね。

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とりあえず…

望が思い出せないなら、パパとママに日本人形の事を聞いてみようよ。

パパも、私達と話せるの、楽しみにしてるんでしょ?」

その通りです。

うちの父は、この二人が大好きで、今日だってゴルフの練習に行くという予定を取りやめたほどです。

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半ばムリヤリに、両親と弟がいるリビングへと連れて行かされました。

「あのさ…うちに日本人形なんてあった?」

「は?ないわよ、そんな高級なモノ」

「…だよね。

じゃぁさ、大切にしてた人形とかは?」

「あんたが大切に?

ないない」

若干、ムカつく言い方をした母親は、話の続きを二人に向けて話し出しました。

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「この子はね、私とお父さんの両家ともに“初孫・初姪”だったのよ。

だから、親戚中が競うようにおもちゃや人形をプレゼントしててね。

九州のおばあちゃんもわざわざ送ってくるほど。

だから、同じ人形でも新シリーズが出るとすぐに手元に来るわけ。

すると、新品同様の今まで遊んでた人形には、見向きもしなくなるの。

これじゃダメな人間になっちゃうって思って、私がプレゼント禁止令を出したのよ」

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「へぇ…じゃぁ、その遊んでもらえなくなった人形はどうしたんですか?」

「近所の小さな子とか、幼稚園や保育園にもらってもらったのよ。

この子よりよっぽど大事に使ってもらってたわよ」

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「じゃぁ…その人形たちの呪いって訳でもないね」

「ん?呪い?

何?物騒な話をしてるじゃないか」

来た来た。嬉しそうに…

そうなんです。

実は、うちの父は…オカルト好きなのです。

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深いため息を一つ付き、私は家族にこれまでの話しを聞かせました。

「なにそれ?

気持ち悪い」

とても家族とは思えない発言をする母と弟とは違い、父は深刻に考え、母に向けて

「母さん…

あの鏡、どうしたっけ?

ほら、お義母さんと大喧嘩をして持ってきた、お祖母ちゃんの鏡だよ」

「あぁ…どこだっけ?」

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「お祖母ちゃんとお母さんが大喧嘩?」

それは、とても意外でした。

二人とものんびりと言うか、おっとりと言うか…

ムキになって喧嘩をするタイプの二人ではないからです。

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「うん。意外だろ?

あの時は、僕も驚いてね。

お母さんのお祖母ちゃん…ややこしいな。望目線で話そう。

曾祖母ちゃんのお葬式が終え、親戚みんなでゆっくりしていた夜のことなんだよ。

隣の部屋で大声を出す二人に、皆が気づいてね。

駆けつけると、もう喧嘩が始まっていたんだ。

曾祖母ちゃんの形見の鏡を処分すると、お祖母ちゃんが言いだしたことが始まりだったようでね。

“絶対捨てさせない”

“これだけは渡さない”

ってね。

いや、お祖母ちゃんは決して、ケチな人ではなかったんだよ。

僅かにある指輪や着物を、親戚に形見分けしまくって、本人にはガラクタしか残らなかったって言うほどに。

それが、何故か鏡だけはあげられないと言うんだよ。

結局、母さんがムリヤリ持って帰ってしまったんだ」

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「なんでそんなに欲しがったのよ?」

「思い出深いモノだったのよ。

昔、うちは商売しながら、畑もあったし。

お祖母ちゃんは忙しくてね、私の面倒なんて見てられなかったの。

うちは、お祖父ちゃんが養子で、お祖母ちゃんと曾祖母ちゃんが実の親子だったじゃない。

だから、遠慮もなくてね。

私の面倒は曾祖母ちゃんが見てくれてたの。

いつも鏡の前に座って、“可愛いね、可愛いね”って、髪をといてくれてね。

それが大好きだったのを思い出してね」

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「どんな鏡だったんですか?」

「ん?その鏡?

鏡台って言うヤツだよ。

今はドレッサーって言うのかな?

抽斗なんかがついている台の上に鏡が付いているんだ。

今時のと違って、畳に直に置くから、足や椅子はなくてね」

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「分かります。

鏡の上の方に布が貼られている様なのでしょ?」

「さすが、カオリン。

古めかしいものに詳しいね。

そうそう、そういえば…布と言えば…

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昔の人は、鏡に魂が宿ると信じていてね。

使っていない鏡を剥き出しに置いておくことを、非常に嫌がったんだよ。

鏡台の布を被せることはもちろん、手鏡は下向きに置くとかね。

それは、曾祖母ちゃんがいつも気にして、僕にまで注意するよう言っていたんだ。

まぁ、昔は鏡も高価なモノだったんだろうし、傷や埃から守るためだったとは思うんだけど、実際、神仏儀式に鏡を用いられることはあるからね」

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「望、あんなにあの鏡が好きだったのに、覚えてないの?。

いつも気づくと鏡の部屋に行って、鏡に話しかけてたのよ。

その時その時、お気に入りのお人形さん持って、

“のんちゃん、今日はこのお人形さんですよ”

なんて言ってね」

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「なになに?

姉ちゃん、自分の事“のんちゃん”なんて言ってたんだw」

「言ってないわよ」

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「「「は?」」」

「え?

やだぁ。

ほら、望って、遥人と6歳も離れてるし。

それまで一人っ子だったわけでしょ?

一人っ子って、一人遊びが得意だって聞いてたし、鏡の前だけのごっこ遊びかな?ってね」

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「そんな大切な鏡台が、なんで今は置いてないの?」

「それは…ねぇ…」

と、歯切れが悪く母が呟くと、チラリと父を見ました。

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「望は本当にその鏡が好きでね。

目を離すと、必ず鏡の部屋にいたんだ。

それが段々寝ている時にまで行くようになってね。

僕たちは、望を早い時間に寝室へ連れて行き、寝かしつけ、グッスリ寝るとリビングに戻り、片付けをしたり、テレビを見たりして寝室に戻る…

すると、決まって望の姿がないんだよ。

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いつの間にか、鏡の前に行き、台のところに頭を乗せて寝ているんだ。

それを、僕が抱きかかえ、また寝室へ戻す。

僕たちと一緒に寝ている時は、そのまま朝まで寝室に寝るんだけどね。

その繰り返しを、ほぼ毎晩やっていたんだよ。

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ある夜も、僕が寝に行くと、望はいないから、鏡台が置いている部屋へ、望を迎えに行ったんだよ。

連れて行くときは、いつも部屋の電気はつけず、廊下の電気を頼りに入っていたんだ。

台に突っ伏して寝ている望を、横から抱き上げるから、僕は鏡に対して真横を向く形になるんだけどね、

その時に目の端に何かが映った気がしたんだ。

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そこで鏡を見ると、もしかしたら目の前に怖いものがいるかもしれないだろ?

流石にそれは怖いから、何食わぬ顔して望を抱きかかえ、鏡に背を向けてドアに向かって行って、部屋を出るときに、ソッと振り返ったんだ。

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寝ている子供っていうのはね、脱力しているから、起きている子供を抱くより、ズッシリと重たいんだよ。

望は確実に熟睡をしている。

腕には全身の重みを感じるし、顔は僕の肩の上に乗っかっている。

腕は僕の首に巻きつけてある。

だけど…

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振り返って見えたものは…

上半身だけ振り返る僕と、にっこり微笑んで手を振る望の姿だったんだ。

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そんな話を信じない母さんを何とか説得して、鏡台は仕舞い込んだんだよ」

「まじで?

気持ち悪っっ」

読んでいたマンガもそっちのけで、弟は興味津々でした。

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「布…」

「え?」

「布は被せていなかったんですね。

曾お祖母さんが散々仰っていた…」

カオリンらしく、人とは違った目の付け所です。

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「あぁ、それね。

それも、望のせいって言うか…

一人で行っちゃダメって何度言っても、鏡台の部屋に行って、布をめくっているのよ。

台の上に乗って、めくり上げているんだと思うんだけど…

背丈も台に乗ってギリギリ鏡の上に届くくらいだったから、危ないでしょう。

だからね、迷信より安全ってことで、布は上げっぱなしだったの

さ、そんなことより、良い匂いがしてきたでしょ?

アップルパイ、焼いておいたのよ。

皆でお茶にしましょ」

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娘の悲惨な出来事より、自慢のアップルパイを披露したいのか…

分かっていましたが、改めて能天気な母だと思いながらも、お茶の準備をはじめました。

…が、父は

「僕は今はいらないや」

と言い残し、部屋を出て行きました。

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「おーい、おーい」

アップルパイを食べ終えるころ、二階から叫ぶ父の声が聞こえました。

きっと、二階の物置で鏡台が見つかったのでしょう。

私と母を置いて、3人は忍者のようにソファーを飛び越え、走って行きました。

どうやら、弟もオカルト好きの様です。

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二階へあがっていくと、案の定物置の前に父はいました。

「あれじゃないかな?」

全員で物置部屋を覗きこむと、手前から暖房器具・姉弟が使っていたスポーツ用品・ひな人形の箱・そのまま捨ててしまっても、一生思い出すことがないであろう何かが入っている段ボールの数々…

それらの奥…

一番奥の壁側にそれはありました。

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見るからに禍々しい雰囲気でもあるかと思っていましたが、上部しか見えないとは言え、それは何の変哲もない、ただの中古品です。

少し気が抜けたところへ、カオリンが

「布は…かけられていますね…」

と呟きました。

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布…?

確かに、鏡面には布がかかっております。

「なに?

さっきから、やけに布にこだわるね?」

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「運び出すから、手伝ってもらえるかな?」

この父の言葉に、ため息をついたのは、私と母だけで、後の3人は運び出す気満々でした。

バケツリレーのやり方で、中の荷物をどんどん運び出します。

いよいよ、鏡台を出すときは、慎重に…ということで、父と弟が担当。

私達は、廊下で待つことに。

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運び出された鏡台を見て…

皆が息を飲みました。

いえ、大した事ではありません。

今まで、カオリンが呟いていたせいで、私達までが敏感になってしまっただけのこと…

そうは思うのですが…

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「布が…かかっていない…」

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厳密に言うと、布はかかっておりました。

が、上部十数センチのところから、朽ち果てボロボロになって、鏡面は丸見えでした。

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思えば、当然のことです。

この鏡台は、曾祖母ちゃんの時代のもの。

ずぼらで無頓着な母が、布を貼り直すなんて考えもしないことでしょう。

その状態で、何年も埃まみれの物置に追いやられていたのですから。

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“鏡面が出ている”

たったそれだけで、只の鏡台に背筋がゾッとしました。

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ひとまず、鏡台はリビング前の廊下まで運び、私達だけリビングへと無言で入って行きました。

バカバカしいようですが、この鏡台の話しを、鏡台に聞かせてはいけない気持ちに全員がなったのだと思います。

あの母が、大きなバスタオルを鏡面にかけた時は、

“母までも何かを感じているのだろうか…”と思いました。

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各々、何か思うところがあったのか、かなり長い沈黙の後、母が

「あっっ、そういえば、お祖母ちゃんからあんたにって明太子が送られて来てたよ。

お礼の電話したら?」

と、唐突に言いだしました。

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(は?明太子?

ご飯の最強のお供のあれ?

あれを、私に?

それは、家族に来たものだろう…

私に聞き出せと言う訳ね。

ゴリ押しして持ってきた手前、自分で聞けないんだな)

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子どものような母の魂胆はすぐ気づきましたが、私は自分のスマホから祖母宅へ電話をしました。

自分だけで受け止めるのは嫌だったので、祖母に悪いとは思いつつ、スピーカー設定にし、皆のも聞こえるようにはしておきました。

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「あっ、お祖母ちゃん。

明太子ありがとう。うん、みんな元気だよ。」

等、一折りの挨拶をして、いよいよ切り出してみました。

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「お祖母ちゃん、あの鏡台の事なんだけど…」

たったこの一行の言葉のどこにスイッチがあったのか…

いつだって、穏やかで優しく、のんびりとしたイメージの祖母が豹変したのです。

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「鏡台って…

まさか久子は、まぁだあの鏡ば持っとちゃなかろうね?

子どもができたら、捨てんしゃいよってあれだけ言うたとに。

孝之さんにも、あれだけ言うとったろうが。

なんでまだ持っとーとね。腹ん立つ!」

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(あれ?これ、日本語話してる?

全然…微塵も分からない…)

それはそれは、早口で、捲し立てるように一気に吐き出しました。

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「お祖母ちゃん?ごめん、何言ってるのか分からない」

怯えた私の言葉に、祖母も落ち着いてくれたようで、一呼吸のあと、いつもの祖母に戻ってくれました。

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「あの鏡台。

まだ望ちゃんちにあるんだね?」

「うん」

「今更、鏡台の話しをするということは、何かあったんやね?」

「うん。

あっ、でも誰か怪我したとかではないんだよ」

「そうかそうか…」

そう言うと、祖母はゆっくりとあの鏡台について、話し始めました。

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「あの鏡台はね、七つで死んだ私のお姉ちゃんのものやったんよ。

身体が弱かったから、不憫に思うたお母ちゃん達も甘やかしてね。

我儘で欲しいもんは絶対手に入れんと、我慢できん人やってね。

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当時は高価なモノやった鏡台を買ってやったのよ。

外に出られん姉ちゃんは、色が真っ白でね、自慢の黒髪をいつも鏡の前で梳かしていたの。

友達もいなかったから、それはそれで可哀想な人だったけどね。

吐血して亡くなったのも、その鏡台の前で…

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私は鏡に飛び散った血が忘れられんで、近づけなかったけど…

お母ちゃんは…やっぱり親だよね。

その血をきれいに拭き取って、自分の部屋に置いてたのよ。

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久子がその鏡の前で、お母ちゃんと遊んでいたことは知っていたけどね、お母ちゃんも久子も喜んでいたし…

久子が…5つの時だったかな。

何日も何日も高熱が出てね、危険な日が続いたの。

明日、街の方の大きな病院で診てもらおう…としていた前の晩。

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久子の氷枕を変えようと、廊下に出ると、お母ちゃんの部屋から明かりが漏れて、何か聞こえるからね、ちょっと覗いてみたら…

お母ちゃんが

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『お願いだから、あの子を連れて行かんで。

寂しいなら私を連れて行っていいから』

って、鏡台を仏壇の様に拝む姿が見えて。

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私も色々察してね、慌ててお母ちゃんの隣に座って

『あれは、私の娘なんよ。

もう二度とこの鏡は使わせないから、お願いだから連れて行かんで』

ってね。

朝まで二人で拝んだの。

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考えてみたら…いくら姉ちゃんとは言え、七つのままの子供なんよね。

そんな子が、自分の大切な鏡の前で、大好きなお母ちゃんに、自分がされていたように髪を梳いてもらっていたら…

許せなくなるよね。

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そこから何十年も、鏡台の事なんて忘れていた久子が、急に持って帰るなんて言いだすから…

これも姉ちゃんの仕業だと思ってね…

私の話しなんて、一切聞かず、日頃あんなにトロイ子が、宅急便屋さんに連絡してサッサと手続きしちゃったものだから…

“子供ができたら、必ず処分するように”

って条件で持って行かせたのよ」

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一通りの話しが終わる頃、カオリンがメモを渡して来ました。

祖母に聞け!ということでしょう。

「おばあちゃん、そのお姉さんの名前って何?」

「名前?

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のりこだよ」

……のりこ…

のんちゃんか…

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祖母には、必ず然るべき所に持って行き、然るべき方法で手放すように懇願され、電話を切りました。

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「ごめんなさい」

珍しくも、この母が謝ってくれましたが、今回の件に関しては、母のせいではない気がしました。

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「そのお姉さんは、久子ママの時は、ライバルとして消そうとし、望の時は“トラレタクナイ”と思って、彼氏たちに嫌がらせをしてたわけか…

日本人形の謎もとけたし」

「え?

そうだった。日本人形はなんだったの?

話しに出てきてないじゃん」

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「だからぁ。

お姉さんだったんでしょ?

時代から、パジャマが寝間着っていうか…温泉宿の浴衣みたいだったんじゃない?

病弱でいつも寝てたんでしょう?

色白で黒髪、和服姿の女の子が、ぼんやりと夢に出てきたら、日本人形って勘違いしても不思議じゃないでしょ」

「あぁね…」

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その後、鏡台はカオリンが毎月通っているお寺に持って行き、そちらに引き取ってもらいました。

カオリンがご住職に電話をし、ザックリと説明しただけで、その和尚さんの様子が変わり、

・鏡面の部分に、段ボールの様な厚手のもので覆い、絶対に光を当てないこと。

・2台の車できて、母と私は鏡台と一緒には乗り合わせずにくること

等の注意が入り、私と母は別室でお祓いを受けました。

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さて、長すぎた私のお話はこれでお終いです。

今では、新しい恋に向けて、マコちん達と旅行の計画中です…

あっ、そういえば…

もう一つ、後日談がありました。

お聞きになります?

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旅行の計画を経てる為に、3人で集まっていた時のこと。

私の携帯に着信がありました。

相手は…バイトリーダー…

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そうでした。

頼られれば、どこまでもやる男…

(はぁ、今更めんどくさいなぁ)

とは思いましたが、私が頼った為に何かしら動いてくれたのでしょうから…

またしても“スピーカー”にして、電話に出ました。

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「もしもし、あの後色々聞いて回ってさ、あいつのあれからが分かった」

「あぁ…夢に女の子が出て来て、鏡の前でブツブツと…ってヤツですよね?

もう解決したので。大丈夫です」

「え?女の子?」

「ん?あっ、日本人形でしたね。

実際は女の子だったんですけど、まぁ、どちらにせよ…」

「ちょ、ちょっと待ってよ。

誰の話ししてるの?」

「え?誰って・・・」

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「あいつが夢や鏡で見たものは…

老婆だよ」

「ろ…うば?」

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「そうそうw

夢に出てきた老婆が

“泣かせるなぁ、泣かせるなぁ”

って言うんだって。

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でも、あいつは“調子のり絶頂期”だったから、そんなの無視して、遊びまくってたって。

すると、今度は鏡に出てくるようになって。

“別れろ呪う、別れろ殺す”って。

日に日に凄くなって、町中の鏡に老婆が写ってたって。

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ほら、外壁が鏡になってるビルってあるじゃん。

その壁全面に老婆が写ってたらしいよw

でも、あいつもどの娘と別れればいいのか分かんないから、全員と別れて田舎に帰ったんだって。

ナルシストで、あんなに鏡みてたあいつが、今は鏡見れないんだって」

喋るだけ喋って、バイトリーダーは電話を切りました。

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「老婆…?」

「あんたのご先祖、こわっっ」

「え?

……あぁね」

…曾祖母ちゃん…もう許してあげて…

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