中編5
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村の民話 【三題怪談3】

私が民俗学の研究方々、フィールドワークで訪れたある山奥の集落で、齢百歳を超えていそうなお爺さんから聞いた話だ━━。

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昔々のことじゃった。

この辺りの山には大きな蜘蛛の化けもんが棲みついとってなぁ……。

山で遊ぶ村の子供や、道に迷った旅人なんかが、その蜘蛛の巣にかかって喰われてたそうじゃ。

ある日また、子供が一人いなくなったと村が大騒ぎになった。

村中総出で方々探し回ったんじゃが、子供は見つからん。

二日、三日と経ち、村の皆も探すのを止めて諦めようと子供の母親を諭すが、女は言うことを聞きやしねぇ。

とうとう村の者が止めるのも聞かず、女は一人で子供を探しに山に入っていった。

草根を掻き分け、道なき道を進みながら、子供の名を呼ぶが、返事はない。

山の夜は早いもんで、日が暮れたと思えば、すぐに暗くなっちまう。

女は闇雲に歩いたもんだから村へ帰ろうにも、自分が何処にいるのかも分からねぇし、そもそも道なんか見えねぇ。

少し開けた草っぱらに出た所で、女はその場に火を焚いて、子供のためにこしらえた握り飯を背中から下ろして食うてたんだと。

握り飯をちびりちびり食うてた女の前に、年の頃は五つか六つくらいの男の子が、いつの間にか立ってて、握り飯をじーっと見てた。

女はこんな山奥に子供が一人でいることを怪しんだが、あんまりその子が握り飯を見てるもんで、つい声をかけちまった。

「腹、減ってんだか?」

すると、男の子が答える。

「減った」

腹の虫まで鳴いたもんだから、女も子の親だ、その子を気の毒に思って、握り飯を差し出した。

「食うか?」

女が差し出した握り飯を、その子は嬉しそうに受け取って、女の隣に腰かけて食った。

あんまり旨そうに食うのが面白くなった女は、残りの握り飯もくれてやると、その子は「うめぇ、うめぇ」と全部食っちまった。

その子が女にお礼を言うと、女はその子に訊いた。

「おめぇ、何処の子だ?名前は?」

女の質問にニッコリ笑って、その子が答える。

「おらぁ、きのこだ」

女が『きのこ』が名前なんだか村の名なんだか訊いても、その子は『きのこ』としか言わねぇ。

「それよか、おめぇさまは山に何用だ?」

きのこに訊かれて、女は答えた。

「子供を探しに来たんだ」

女の答えに、きのこはきょとんとして訊ねた。

「子供は、おめぇさまの子だか?」

きのこの二つ目の問いに、女は正直に胸の内を吐露する。

「んだ……だども……」

女は考えないようにしてたことを、きのこに話した。

「蜘蛛の化けもんに喰われたかも知らねぇ……もし、そうであったら悔しくて悔しくて……」

ポロポロと涙をこぼす女を見て、きのこはすっと立ち上がって尻の土を払う。

「朝になったら、おらも一緒に探す。握り飯の礼だ」

幼子のきのこに危ないことはさせられねぇと、女はやんわりと、きのこに言うた。

「気持ちはありがてぇが、おめぇのおっかさんに申し訳ねぇ……おめぇは、うちさ帰れ」

諭すように言う女に、きのこも笑って返す。

「でぇじょうぶだ!おらにおっ母はいねぇし、うちもねぇ。山のことなら誰よか詳しいすけ、おらに任してくれ」

何度断っても引き下がらないきのこに、女も渋々折れ、案内だけ頼むことにして休んだ。

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翌朝から、きのこは女と子供を探した。

見通しの悪い山の中を、きのこはどんどん進んでいく。

昼近くになって、大きな木と木の間に仕掛けられた蜘蛛の巣を見つけた。

そこに、小さな男物の着物の切れっ端が引っ掛っているのを見た女は、絶望の悲鳴を上げた。

「許せねぇ……許せねぇ……絶対に仇さ取らねば、伜も浮かばれねぇ」

女は夜叉のような顔で、携えた短刀を片手に血眼になって近くを探した。

蜘蛛の巣から少し離れた所に、それはいた。

杉の大木の上に、大人の男が五人くらいの大きさの馬鹿でかい蜘蛛が、身も隠さずにへばりついていたんだ。

だが、あまりにも高い所にいたもんで、女は手も足も出せない。

悔しげに木の幹を叩いていると、きのこが後ろから声をかけた。

「やい、蜘蛛よ。おめぇは子供を喰ろうたか?」

きのこの問いに、蜘蛛が寝ぼけた声で答える。

「何じゃ?子供なら何人も喰ろうたが、それがどうした」

それを聞いた女は、両手を顔で覆って泣き出した。

「悔しや……こいつだけは、殺してやりてぇ」

女が言うと、蜘蛛は嘲笑った。

「ならば、かかってこい。俺の腹ン中で、伜と会わせてやろう」

挑発する蜘蛛を憎々しげに見る女に、きのこが訊く。

「おめぇさま、あの蜘蛛を殺せば、おめぇさまは嬉しいか?」

小さな童がとんでもないことを訊いてきたので、女は大層驚いた。

「そんだ嬉しいことはねぇけど、おめぇに危ねぇことはさせらんねぇ」

心配する女の言葉を、きのこは笑った。

「おらは握り飯を三つももろぅた。蜘蛛は見つけたから一つ分は返したが、まだ二つ分返してねぇ」

きのこがあんまりあっけらかんと言うので、女は唖然としたが、すぐにきのこを止める。

「たかだか握り飯くれぇのことで、命を粗末にすんでねぇ!!おらはもう子供に死んで欲しくねぇんだ!!」

立ち塞がる女に、きのこは微笑んで言う。

「心配すんなよ、おめぇさま。子供は子供でも、おらはきのこ……『鬼の子』で『きのこ』だ」

そういうと、きのこは女の頭を軽々と飛び越え、蜘蛛の腹に目掛けて爪を振り下ろすと、蜘蛛の土手っ腹に風穴を開け、杉の木を薙ぎ倒し、地面を大きく窪ませた。。

「ぎぃやぁぁあああ!!」

蜘蛛の断末魔の悲鳴は、山々に轟き、木々を震わせた。

「さぁ、最後の握り飯の礼は何をすればいい?」

木の葉のように音もなく着地したきのこが、女を振り返りながら言うと、女は泣き笑いの顔で頼んだ。

「うちの子に……これからは、おらをおっ母と呼んでもらえねぇか?」

思ってもない女の頼みに、きのこは目を丸くした。

「そんなことでいいのか?お安い御用だ……おっ母」

はにかむきのこを、いとおしそうに女は強く抱き締め、二人で村へと帰った。

それからきのこは、女の子供として一生懸命尽くしたそうじゃ。

以来、きのこが開けた山の大穴に因んで、そこの山を

『穿居山(うがいやま)』

と呼ぶようになったと━━。

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老人は私に村に伝わる話を聞かせて、ニコリと笑った。

その口の中には、とても老人とは思えないほど立派な八重歯があったことを、私は今も鮮明に覚えている。

Concrete
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