中編5
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@〇〇

「高かったのに…壊れた?」

サイクリングが趣味の私は、先月買ったばかりの6万円のナビに苛立ちを感じていました。

うっかり山奥まで入ってしまい、道に迷っていました。

その時のために買ったナビですが、示す方向に走っても山を抜けることが無かったのです。

その上、山奥なのか電波は途切れ途切れの状況です。

勿論スマホなんてずっと圏外を指していました。

時間は14時過ぎで、暗くもないのであまり焦ってはいませんでした。

とは言ったものの、12時から2時間ほどナビに従って走っていました。

8時頃食パン一枚食べて以来何も口にしていないものでしたから、空腹、そして知らない場所、と苛立ちは増していきます。

「電波の繋がるところまで行こう」

少しでも麓に戻ろうという意識でいっぱいの私には、電波のアンテナ唯一の頼りでした。

10分ほど走っていると、電波のアンテナが1つだけ標示されました。

それと同時に「〇〇市10km」という標識が目に入ったのです。

私はアンテナが1つでも安定する場所を探しました。

なぜなら〇〇市という地名を聞いたことも見たことも無かったのです。

先程からずっと標識には〇〇市とだけ標示されていることに加え、地元からそこまで離れた場所に来たつもりは無かったので、焦り、より背筋が震えるような恐怖を覚えました。

「〇〇市、〇〇市………」

何度も検索をかけていますが、やはり出てくるのは似た地名のみ。

それはナビも同様でした。

「あ、電話!!」

アンテナはかなり不安定でしたが、希望を持って自宅へ電話を掛けました。

結果は予想通りでしょうか?

出ないのではなく掛かりすらしません。

仕方なく、もう1度検索をかけました。

「〇〇市って…………………」

驚きのあまり声すら出なく、本当にこんな反応だったと思います。

〇〇市というのは自宅から200km程離れた場所にある山でした。

ロードバイクとはいえ、私程度の速度じゃ3.4時間あったとしてもとても辿り着ける距離じゃないでしょう。

更に調べようとスマホのページを下にスクロールしたとき、自宅から電話がかかってきました。

「もしもし…?」

着信音には口から心臓が出そうなほど驚きましたが、自宅の電話番号だと確認したときはとても安心しました。

「お父さん?お母さん?お姉ちゃん?」

電話の相手は何も答えません。

画面を確認しても、通話は切れておらず安心が一気に不安に変わります。

「とりあえず用件を伝えるけど、道に迷って困っているの。〇〇市って言うところを調べてほしい」

「いま、から」

「そう、とにかく今から。

場所が分かったら車で迎えに来てくれないかな。今からならこっちには夜までには着くでしょ?」

「いま、からいくね」

「もう分かったの?!とりあえずお願い!

それと…」

言おうと思った時には遅く、通話は切れていました。

切らないでほしかったな、と心の中で文句を言いました。

私は重要なことに気づきました。

それを気づいた時、心臓がドクドクと脈打っているのが聞こえるくらいです。

あの声、誰だ?

私の家族にあんな幼い声はいません。

逃げなくては。震える脚、震える手、乱れる呼吸、全ての気持ちを抑えて自転車にまたがります。

スマホもナビも圏外。

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逃げる、という気持ちだけを抱えた私が着いた先は、川を挟んだ小さな集落のような場所でした。

人っ子一人見えないものの、干している洗濯物は新しく疑うことなくすぐさま逃げ込みました。

ここなら何かを知っているはずだ、そう思って。

「すみませんー……

誰かいませんかーーー……」

私の声は遠くへと響き、村全体へ聞こえているだろうと思うほどでした。

川沿いに奥まで歩いていくと、大きなお寺が出てきました。

まるで何100年も手入れされていないようです。

お賽銭箱の前に立ち、持ち物を確認しました。

緊急用500円玉、水、タオル、お守り、スマホ。投げ込めるものは500円玉。そして私は助けてください、と願いました。

もう1度頭を下げ、私は社殿の上がり口の階段に腰を掛けました。

辺りは薄暗くなり始め、時計は16時を回っていました。

何一つ解決策が見つかっておらず疲れきっていた私は知らぬ間に眠ってしまっていたようです。

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目が覚めると私は車の中にいました。

「お父さん!!!」

「なんだ」

「よく場所がわかったね!ありがとうありがとう」

本当に感謝の言葉以外出てきません。

私は助かったんだ、と思いました。

「帰るぞ、俺らの場所に」

「ありがとう…そうだね」

時計は21時を指しています。

長い時間眠っていたみたいでした。

心が落ち着き、この状況に不信感を抱き始めていました。

何かが、全てが、おかしいのです。

「お父さん、なんでここが分かったの?」

お父さんは前を向いたまま。

「どこに向かっているの?」

やはりなにも答えません。

「降りたい」

降りなければ死ぬ。

車のスピードは増すばかり。

ドアのロックを外し、私は外に身を投げ出しました。

しかし、地面に叩きつけられることはない。

最後に見たのは、着物を着た男、女、子供、老人……、全てが高笑いしている。

ここは、ダムだ。

私はダムに身を投げてしまっていた。

そうか、〇〇市とは……………。

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私は3年間ほど行方不明として扱われていたみたいでした。

私が発見され、記憶が戻ったのはいつもサイクリングに行く山の麓。私が迷い込んだ山とはかけ離れていました。

濡れて倒れている私をお父さんが見つけてくれたようです。

手には500円玉を握りしめていました。

あのときの願いを神様が聞いてくれたのでしょうか。

それ以外にも、私のポケットからは焼かれたようなお守りが出てきました。

あとから分かったことですが、〇〇市とはダム建設のために埋められた土地だったようです。

村人は立ち退かなかったために、国のお偉いさんがそのまま埋め立てたとか…。

今は地図にも、ナビにもそんな村はありません。

家の前に捨てるつもりで置いてあった私の自転車とナビが消えた数日後、お隣さんが行方不明として捜査されています。

呪いに巻き込まれた、それしか考えることが出来ません。

お隣さんの身内が毎日私を訪ねてきますが、知らないの一点張りです。

だって、もうあんなことに巻き込まれたくないですもんね。

Concrete
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