鬱陶しいくらいに頭の中を巡る言葉がある。
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蜉蝣の一期(ふゆうのいちご)……
蜉蝣とはカゲロウとも読み、一期は一生と云う。
人生とは、カゲロウの一生の様に短く、儚いという意味の言葉である。
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幼い頃、夜空を舞う大量のオオシロカゲロウに川辺で出くわし、数百万匹が一斉に羽化する姿に息を呑んだ。
成虫のオオシロカゲロウには口が無い。
川の中で一年を過ごし、生殖行動の為だけに羽化した後、一時間で使命を果たす。言わば死ぬ為に成虫になる事から、摂食行動を必要としないのだ。
天敵のコウモリに喰われる仲間を尻目に、一心不乱に種の繁栄を目指し、彼等は一生の集大成を迎える。
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幼い頃、友人の死を目の当たりにした。
話題が豊富でスポーツ万能な彼は皆の人気者だ。一方僕は無口で目立たず不器用で、周囲の皆からは疎まれ、厄介者扱いをされていた。
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自業自得、身から出た錆……
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こんな風に僕は独り悟り、諦め、居直る。
彼は僕とは縁遠く、寧ろ真逆の存在であり、自己を肯定する思考が彼を忌み嫌わせる。
不条理な感情はより一層陰鬱な面持ちの僕を形成していく。
僕の気持ちを知ってか知らずか、皆が僕を蔑む中、彼だけはいつも明るく声を掛けてくる。
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「また声掛けてる。優しいんだね」
「アイツ、人気者に声を掛けられて調子乗ってるんじゃね? 一発締めとくか! 」
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彼が僕と接する度、周囲からの視線が僕を鋭く突き刺す。異質なものを見る皆の眼差しは、静かに過ごしていたいという、僕のささやかな願いを拒絶したものだった。
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やがて皆からの嫌がらせが始まり、それは虐めとなる。いつの間にか僕はクラスの中で、無害無価値の透明な人間となった。
辛い、苦しいという考えしか無い毎日は、僕の視界を闇で覆い尽くす。
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死のう……
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独り静かにそう呟く。
僕は自殺をしようと、宵闇が広がる学校の屋上への階段を登る。屋上へ着くと、何故か彼が転落防止のフェンスの外にいた。
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「お、おい! 」
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彼は僕の呼び掛けに気付くと、振り向き嗤っていた。嗤いながら手を広げ、後ろに倒れ視界から消える。
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「やっ、やめ……」
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ドシャッ!……
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僕は硬直し、その場から動けずにいた。後から耳にし、彼は頭から落ちて即死だったとの事。
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彼が何故死んだのか……それは母から語られる。
同じ会社である僕の父が上司、彼の父が部下という関係で、パワーハラスメントが行われていたそうだ。それを苦にした彼の父は精神を病んでしまう。
父親が仕事を辞めたため、彼の家族の生活は苦しくなる。
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彼の母は僕の父を訴え、手にした多額の慰謝料を抱え、家族を捨て姿をくらます。
家庭が崩壊した事による絶望、愛情を失った喪失感により死を選んだ。僕はそう理解し彼に対し、同情と贖罪の想いしか無かった。
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しかし、随分と経ってから、同級生から聞いた言葉にはショックを受けた。
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「お前の事を虐めようって言い始めたのって、彼だよ? 」
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僕に死を駆り立てるほどの虐めを、彼が首謀者として行っていたという事実。
ただ、僕への憎しみがそうさせたのであれば、彼が屋上で僕を待っていた事、そして最期の瞬間に、嗤いながら言ったあの言葉の辻褄が合った。
それが分かった上で、僕には更なる絶望が付き纏う。
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蜉蝣の一期……
カゲロウの生態は彼に教えてもらった。
彼は生殖行動ではなく、種の衰退に命を燃やしたのだ。それはあくまで僕への復讐のため、儚い人生の晴れ舞台に立たせないためなのだろう。
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だって彼は嗤いながら、“君に夜空は舞えないよ”と言っていたから……
作者ttttti
お読み下されば幸いに存じます。
ありがとうございます。