まだまだ日本が元気だったころの話。
それは蝉の声が煩わしさを感じるような、夏の日の夕暮れどきのことでした。
私の住んでいる家の近くにある公園には、まだ数人の子供たちの歓声が聞こえてました。
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その公園は、中央にすべり台と砂場、奥にはブランコとシーソーがある、どこにでもある普通の公園です。
ただ一カ所変わったところと言えば、ブランコのあるところの向かい側に、小さな池があることでした。
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池には藻や水草が浮かび、緑色に濁っています。
カエルやアメンボ、ザリガニなどが元気に暮らしており、よく少年たちが捕まえに来ている姿が見うけられました。
私はその池の端にあるベンチに座り、朱色に染まりつつある公園と、そこで遊ぶ子供たちの姿をぼんやり見てました。
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すると、私の座っている反対側の池の端に、男の子と女の子が二人いるのに気が付きました。
男の子は7、8歳くらいで、ボーダー柄のシャツに半ズボン姿。
女の子はまだ3、4歳くらいでしょうか、赤いワンピースに赤いリボンをしています。
男の子は何やら地面に置かれた布キレを、力任せに踏んづけており、傍らで女の子がしゃがんで眺めています。
よく見ると、女の子の横には青いバケツがありました。
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―何してるんだろう?
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私はしばらく、その様子を見ていました。
時折、男の子が女の子に何か命令口調で言うと、女の子はバケツの中に手を突っ込み、何かを男の子に手渡します。
それから男の子は地面に置いた布キレの端をめくり、それを置いて被せると、布キレの上から力任せにドンドン踏んづけて、そっとシャツをめくり、しゃがんで中を覗いては、不思議そうに首を傾げています。
気になるので、私は立ち上がると、二人のところに、歩きました。
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―僕たち、何してるの?
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その瞬間、男の子は一目散に走り出し、あっという間にいなくなりました。
女の子は地面にしゃがんで、じっとしています。
地面を見ると、そこには、靴あとがあちこち付いてくしゃくしゃになった
白いティーシャツがありました。
女の子の横にあるバケツの中を覗くと、中には、大小4、5匹のカエルがいて、飛び跳ねています。
地面のシャツをめくって見たとき、私は軽い吐き気に襲われました。そこには、ぐちゃぐちゃに潰れたカエルの無惨な死骸が4、5個、横たわってます。
私が女の子に、「これ、どうしたの?」と、尋ねると、彼女の顔はみるみる崩れだし、終いには、大声で泣き出しました。
そして、泣きながら「お兄ちゃんが……お兄ちゃんが……」と言っています。
私はしゃがむと女の子の顔を見ながら、出来るだけ優しい顔をして、
「お兄ちゃんが、どうしたの?」と聞きました。
すると、女の子はしゃくり上げながら、
「シャツにね……シャツにね、カエルさんを、カエルさんを……くっつけるって……」
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女の子の言葉を聞いた瞬間、私は当時テレビで人気のあった、あるアニメを思い浮かべました。
それは、ある男の子が主人公で、ある日、道を歩いていると石に躓き、うつ伏せに倒れるのですが、たまたまその時、そこに、カエルがいて、それ以降、なぜだかカエルは、その男の子のシャツにくっついたまま、生きていく、という、今から考えると、めちゃくちゃなストーリーでした。
恐らく、さっきの男の子は、それを真剣に信じて、実際のカエルでやっていたのでしょう。
女の子はバケツをそのままにして、一人泣きながら、歩いて帰っていきました。
地面の上には、破れた白いお腹から血まみれの臓物を出して横たわるカエルたちの骸が、汚れたティーシャツの下から覗いていました。
作者ねこじろう