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中編3
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海から帰れない

身体中の穴という穴から水が入ってくる。

苦しい。

体温がどんどん下がっていき指の一本も動かせなくなる。

苦しい。

いっそのこと早く死なせて欲しいと願っても、一向に意識を失うことができない。

自分が底の見えない闇に沈んでいくのがはっきりわかる。

周りには何もない。魚も、クラゲも、もちろん人も。

怖い。

怖い。

怖い。

怖い。

怖い。

独りは怖い。

このまま誰にも気づかれずに死ぬのは怖い。

誰か助けて…

助けて…

助け…

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「かえして」

頭の中で子どもの声が響いた。弱々しい男の子の声だ。

どれくらいの時間が経っていたのだろうか、人の声を聞くのは酷く久しぶりのような気がする。

「かえして」

今度ははっきり聞こえた。

黒い海の底に俺以外の誰かがいる。

「かえして」

独りじゃない…

俺は独りじゃなかった…

誰かいる…

「かえして」

俺の沈んでいく先に白い手が見える。

俺に向かって手を伸ばしてる。

「かえして」

俺もだよ。俺も帰りたい。

「かえして」

俺も同じ気持ちだから。今そっちに行くから。

「かえして」

…ああ、だめだ。こいつ、身体が…

肉がほとんど残ってない…

「かえして」

だめだ。お前はだめだ。

「かえして」

来るな…来るなよ…

俺の身体はあいつに引き寄せられるかのように沈んでいく。

来るな…

来るな…来るな…

来るな!来るな!来るな!来るな!来るな!

来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな!!!

「かえしてよ…」

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あいつの姿はもう見えない。

代わりに、膨れ上がった俺の身体が俺から離れていくのが見える。

俺は下へ。身体は上へ。

どこに行くんだよ、俺…

返せよ、俺の身体…

こんな骨の身体じゃ、寒くて寒くてしょうがないじゃないか…

待てよ…待って…

俺の骨と共に沈んでいくのは、身体からズルリと抜けた片方の眼球だけだった。

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「なあ、知ってっか?あの死体の話」

「昨日打ち上げられたっつう男か?身元わかったんかい」

「そうじゃねぇ。その死体の骨の話だよ」

「骨?」

「ちいせぇんだと、明らかに。身体と比べて」

「水死体が膨れてたからそう見えただけだべ、それ。かわいそうな話だけんど、子どもだったんでねぇか?」

「子どもが左手の薬指さ指輪すっか?顎髭生えてっか?」

「じゃあもともと、ちいせぇ男だったんだべ」

「じゃあ、なんであれの口に6本も乳歯が生えてる」

「そういう人もいるんじゃねーか?」

「………」

「なんだよ…」

「こっからは刑事じゃなくて地元民として話すぞ。一昨年打ち上げられた、骨が手足を突き破ってる子どもの死体を覚えてるか?」

「でかすぎる骨の次は小さすぎる骨ってわけか。たしかに妙だな。気味が悪い」

「だべ?だけんども、もっと気味が悪いのは…」

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「両方の腐った口が、ニタァッと笑ってたことだな」

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誰もいない…

独りは怖い…

帰りたい…

でも、身体が…

帰して…帰して…返して…帰して…

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