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長編10
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七夕祭りの願い事

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「織姫様と彦星様は年に一度だけ天の川を渡り逢瀬を交わすのです」…

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なにをやっても中途半端だった。

長続きしたことなんてない。

でも、仕方ないから働いてる。そんな感じ。出世欲なんてないし、結婚もしたいと思えない。だいたい彼女いない歴3年が過ぎてる…。

駅前で新興宗教の本を売ってる連中。黒づくめの身なりでもはやカルトを彷彿とさせる。たまに見かける。絡んでこそこないが「信じることは尊いが、聖人しかできぬ所業なり」とかなんとか言っていて胡散臭い。

「愛し合う、慈しみ合う二人は必ずや…」

何か言っていたが後は足早に去ったので聞こえなかった。

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テレビをつける。帰宅時間はだいたいいつも21時過ぎだ。テレビの画面には美しい女優が涙を流しながら走る姿が映し出されている。

(なんでいつも雨降るんだよな…(笑))

ドラマの中で、ヒロインが泣くと、必ずと言っていいほど雨が降る。僕は馬鹿らしいと思いながらもそんな恋愛ドラマを観るのが好きだ。ツッコミどころ満載だし、美人はいつ見ても目の保養になるから。

(あーーー、せめてこんな美人と巡り会えたらなぁ……)

嘆息をついた。某コンビニで買ってきたチャーハンを温める。賞味期限が切れかけている納豆も食うとするか…と、冷蔵庫を開けた。ひんやりした冷気が僕の手を包む。

前の彼女には僕には志が見受けられないと、振られた。

でもさぁ、なんなの?

そんなみんな意識高いわけ?

元カノとは同じ大学を出ていたが、どこで差がつけられたのか、彼女はメガバンクに就職し、それから先程述べた理由によって振られた。

どうせイイ男でも見つけたんだろーが…

なんだって、こうも僕が主人公になるのは不可能である。今更悔しくなって、炒飯をかきこんだ。おかんには「将来のお嫁さんになりそうな彼女くらい見つけたら」と急かされる。今のご時世、俺くらいの年で焦るなんてできやしねぇよ…と思っていたが、おかんには持病があり、そう長くも生きられそうにないと以前言われたことがある。

たしかに自分が元気なうちに孫の面倒は見たいんだろうなぁ…と思った。

まぁ、でもな、おかん。いねぇよ…できねぇよ…畜生…。

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7月1日。日曜だというのにロクな予定がない。会社からとっといた方がいいと言われている資格の勉強でもするかと思ったが面倒で数ページ開いてやめてしまった。

(外でも出るか)

特に何か買いたいものもないが、とりあえずは部屋から出ることにした。それなりに身なりを整える。鏡に映るのは冴えない自分の姿。でも、なんとなく今日は身体が軽かった。

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眩しい光。

昨日の雨が嘘のように止んで、今日は晴天である。水たまりはところどころあるけれど。ショーウィンドウのガラスも心なしか前見たときより輝いて見える。

買い物日和だ、と思った。

久しぶりに服の一着でも買っておこうかと少しだけ上機嫌になった。

1人で歩いていると、ある女性が目に入った。

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その女性は白いシャツワンピースを着ていて、濃紺のクラッチバックだけを持ち、薄黄色のミュールを履いていた。

黒のロングヘアが風になびいた。

ショーウィンドウのガラスにもたれ、

物憂げな表情を浮かべるその女性は、女優だと言われても信じ込むほどに美しかった。

(まじかよ…すげぇ美人じゃん……)

僕は生まれてこのかたナンパはしたことがない。しかし、こればかりは、こればかりは、と、少し上機嫌だったのもあるけれど、話しかけなければいけないという気がした。

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「あの」

女性は俯きがちだった顔をもたげた。やはり、美しい。

「あの…」

なにを喋ればいいんだ!

計画性のない僕は、言葉に詰まった。

彼女はしばらく不思議そうな顔で僕を見つめていたが、やがて、口を開いた。

「ああ、貴方が…?」

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最初意味がわからなかったが、僕は何故か「はいっ!えと、僕は、あの、貴方がお綺麗でしたので、話しかけました!すみません、ちょっとだけでも!いいので!本当に…お時間頂けませんでしょうか?」

とベラベラと喋っていた。

彼女はクスクスと笑う。

(可愛い…)

「私、いいカフェを知っているんです。そこでお話ししませんか?」

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僕はガチガチの緊張状態だったが、彼女の落ち着いた雰囲気にいつしか癒され、カフェで1時間も滞在していた。

ずっと眺めていても美しさに惚れ惚れとするし、彼女の口から出る言葉はどれも美しい旋律を奏でているようで、夢のような時間だった。

彼女は別れ際、自身のEメールアドレスを教えてくれた。SNS系は、一切していないという。僕は、別れてからすぐに彼女にお礼のメールを送った。丁寧な返信が返ってきた。しつこい男は嫌われると思うのにいくらでもメールできる気がして、彼女も返してくれて、寝るまでメールをしていた。

こんなことは、学生以来かな…と思った。

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7月2日。憂鬱なはずの月曜日も、彼女のおかげで吹っ切れた。朝に「おはよう、いってらっしゃい笑」と言われるだけでこんなにも気分が晴れるものか。

「お仕事頑張ってくださいね」?

いくらでも頑張れる気がした。

もしかしたら、もしかする。…。

僕は、こんなに人を想うことはなかった思う。中学生のとき、好きな女の子とデートする妄想をしていたが、本当にそのときくらいのものだ。

純粋に彼女とお付き合いしたい。

そう願ってやまなかった。

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7月3日。火曜はなんとなく僕の嫌いな曜日なのだが、やはり、…言わなくてもわかると思うが、彼女のお陰で今日もいい日になりそうだと感じていた。

仕事も終わり、帰路を辿っていると、「七夕祭りのお知らせ」が貼り出されていた。このようなイベントは、3年間縁がなかったが、彼女とできるならば行きたいと思った。

(浴衣姿も拝めるかもしれないし!!!)

馬鹿な僕は、いつになく大胆に彼女を誘っていた。僕は何もかも億劫でやらないのが普通だったのに、彼女のことになると頭のネジが一本…もうちょっと飛んでるか…弾け飛んでいくらしい。

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彼女は、「お誘い嬉しいです、是非〇〇さんと行きたいものです」

と言ってくれた。

僕のそのときの気持ちといったら…。

皆にこの幸せを分けてやりたいと思った。

(美人と、僕は、七夕祭りにいくんだ)

そう考えると、遠足前の小学生のように眠れずにやついてしまった。明日のおやつを考えるように、僕はその日のディナーを考えていたし、彼女がどんなにか美しいだろうかと身震いさえしていた。

まさかこんな事態が人生で起こるとは思ってなかった。

上手くいきすぎている……?

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僕は寝返りをした。

うまくいきすぎといえばそうだ。

彼女はもしかして…

美人局?詐欺師?……。

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僕はいつになく彼女のことを考えていた。

(彼女が壺を売ってきたら断ればいい話か…)

(でも…怖い男の人でてきたらどうしよう……「俺の女房に何してやがる!」って……いや…密室に行かなければ大丈夫か……)

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7月4日。水曜日の折り返しはなんとなく好きだ。しかし、…彼女に今更ながら疑念を抱いていた。

こんな冴えない男にホイホイついていくだろうか?

そもそも彼女は……

「誰を待っていた……?」

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彼女は物憂げな表情で誰かを待っていた。そうだ。行き過ぎる人たちも「素敵な彼氏さんをお待ちしていらっしゃるんだろう」と思っていたことだろう。

僕は思わず話しかけてしまったけれど、あのとき、彼女は「ああ、貴方が…?」と言っていた。

もしかして、出会い系とかで待ち合わせていた…?

いや、でも、…全く顔の知らない相手と会うんだろうか…わからない…。

そもそも彼女が出会い系なんてするか?

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彼女は…

「一体何者なんだ?」

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帰宅してテレビをほぼ無意識のうちにつける。喧しいバラエティのチャンネルを変えるとテレビの特集では「彦星と織姫」をやっていた。

「年に一度天の川を渡り、逢瀬を交わすのです」

美しい天の川が映し出される。

「織姫…」

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なぁ、ロマンティックになってしまって御免だが、彼女は織姫なんじゃないか?

いや、なんか1日に会ったのはまぁ、置いといてさ。

僕は、きっと彼女が美人局だとか詐欺師だとかの類いをやっている可能性を潰したかったんだと思う。

彼女には、美しさ以外に清廉潔白な雰囲気があるんだ。彼女のイメージカラーは一切混ざらない白で…。

だから、僕は七夕祭りの日にあえて、告白することに決めた。玉砕は覚悟の上だ。こっぴどく振られたとしても、ひとときの夢を見させてもらってむしろ感謝すべきだ。

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7月5日。

彼女に対しての気持ちは揺らがないが、少し驕った感情も抱いていたかもしれない。

もしかしたら、自分のモノになるかも、と…。

僕には、何一つとして誇れるところもない癖に、一寸優しくしてもらったからといって、こうも彼女に図々しい考えをしてしまっていた。

猛省した。

彼女から19時過ぎにメールが届いて、「お疲れ様です」という文面を見たとき何故か泣きそうになった。

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7月6日。華金だと世間は言うが当然僕に予定はない。

彼女はグラタン作っているらしく、画像添付つきで送ってくれた。

駄目だな、彼女が奥さんになってくれたらこんなの用意してくれるのかな、なんて…。

明日には彼女に会える。

彼女に対しての好意を打ち明ける日であるが、底知れぬ不安もあった。

振られる心配などではない。受け入れてくれるなどレベル1で魔王に挑むくらい不可能なことに近いから、仕方ない。

もっと、

もっと深い…何か…底知れぬ不安…。

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7月7日。

土曜日だが、17時半まで仕事だったから19時に待ち合わせをした。いいとこでディナーをしようと思っていたが、彼女が屋台で飲み食いしたいと言うので、それに従った。

(てか浴衣では…ディナー無理だったな…)と自分に対して苦笑した。

イカ焼きやからあげ、フランクフルト、りんご飴、たこせんを頬張りながら僕たちは練り歩いた。

僕はこの上ない幸せを感じていた。

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彼女は、七夕の短冊が飾られた竹の前で、浮かない表情で空を見上げた。次に、少し横目に何かを確認したように溜息…らしいものをついた。

残念ながら、曇り空だった。

僕は、今こそと思い、愛の言葉を述べようとした。

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と、彼女が悲しそうな表情をした。

「ねぇ、私の命は、これまでかもしれないです」

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僕は、一気に膝から崩れ落ちそうになった。

嗚呼、壺を買ってくれたら?

それとも入院費用?

なんだ?

混乱は混乱を招き、彼女に対しての消し去ろうとしていた疑念は怒りに変わった。

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「金か…?」

彼女は驚いたように退いた。

「違います、…短冊に願いを…書いてくれませんか?」

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彼女は怯えた表情を見せた。

「お願いです。後生ですから、書いてください。こんなの契約書でもなんでもないでしょう、お願いですから、貴方が…」

「貴方が、私のことを、もし、救いたいとおもってくださるならば…」

彼女は喉が焼けたような声を出した。

「お願いします」

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彼女は、短冊になにかを書いていた。

僕にも書くように急かした。

僕は彼女に失望しながら、短冊に

「僕と彼女が出会わなかったら」と書いた。そして、飾り付けた。

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彼女は、短冊に

「〇〇さんのお側にいられますように」

と書いていた。

彼女は、僕の短冊を見て、絶望した顔をした。

仕方ないんだよ。

夢見させてくれてありがとう。

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次の瞬間、花火が打ち上がった。

フィナーレの花火だ。

僕は、大きな打ち上げ花火の音に空を見上げた。

しばらく、眺めていたら、涙がこぼれそうになった。

「織姫様と彦星様は…」

何故か回想していたのはあのテレビ番組だった。

視線を戻した。

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皆が花火を見上げる中、

彼女は、…たまに駅前で見かける黒い布を見にまとった宗教だかカルトかなにかの集団…に手を引っ張られて人混みに消えていった。

彼女は…、

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「信じることは尊いが、聖人しかできぬ所業なり」

「愛し合い、慈しみ合う2人は必ずや

同じ願いをするだろう」…

テレビでは連日新興宗教殺人事件が取り上げられている。

七夕祭りから1週間後、彼女は無残な姿で見つかったらしい。間も無く新興宗教団体は解体されたが、例の七夕祭りを仕切るくらいの権力者もいたらしく、完全なる解体ではないだろうと専門家はニュースの中で分析していた。

「信じない者はそれ相応の罪となると知るべし」

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彼女はもともと結婚を目前に控えた恋人がいたが、不慮の事故で失い、途方に暮れていたところを新興宗教に目をつけられたらしい。まんまとつけ込まれ、それなりの階級にはなったが「洗礼前の関門」と題して街行く人の誰かと恋仲になり、「信じ合う2人」を結べば見事精進、無理だった場合は罰として禊を行うとのことだったらしい。

…つまり、誰でも良かった。

だが、僕には、彼女を確かに救う力はあったのだ。

同時に殺す力も…。

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彼女は、僕を救世主だと思ったのかな。

僕があのときもし、同じ願い事を書いていたら…彼女が…捕まったとしても、死ぬことはなかったんだろう。

彼女の心は清く、とても白かったんだ。

だからこそ、染められてしまった。

彼女が白い尊い存在だったから…。

彼女を殺したのは「信じてあげられなかった僕」です。

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だから、僕は、今志を持って、唱え続けている。向上心は、いままでの自分がウソのように現れた。彼女がもう染められないように真っ黒な布を被って僕は街頭に立ち続ける。

「信じることは尊いが、それは聖人の所業なり」

「愛し合い、慈しみ合う2人は必ずや同じことを願うだろう」

「信じない者は、それ相応の罪となると知るべし」…

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もう一度、七夕祭りで逢いましょう

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