神様「お前はこれまでいくつもの罪を犯して来た。よって地獄に落とす。」
予想通りだった。
むしろ死後の世界がある事に驚いた程だ。
しかし地獄に行くと決まっても男に後悔はない。
人に裏切られ続け、愛情を受ける事なく過ごした孤独な人生の方が、男にとっては地獄だった。
男「ふん。地獄に行ったって俺が反省するとでも思っているのか?」
神様「反省して欲しいと願っておる。さてどうするか?人間嫌いのお前さんは地獄に行くより、人間界に転生した方が良いかの。」
男「人間に生まれ変わったらまた同じ事の繰り返しじゃないか?」
男は鼻で笑った。
神様「違う、違う。人間界にある物に転生してもらう。道路にでもなって貰おうかの。」
男はその言葉を聞いて、心の中で笑った。
道路?多少、人から踏まれる程度で大して苦しむ事などないだろう。
その程度なら楽なモノだ。
男は言われるままに道路へと転生した。
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アスファルトはほとんど均一な礫に薬剤をかけて熱するところから始まる。
男「ぐっっ…くせぇ‼しかもなんだってんだこの暑さは!?」
体中を油の様な液体がまとわり付き、高温で熱される。
(他にも道路に転生する奴がいるのか…)
人には聞こえない、呻き声と悲鳴がそこら中に響く。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁ‼」
「熱いいいぃぃぃ‼」
「うっ…うぅぅわぁうぅぅぅ」
うるさいだけではない。悲鳴や呻き声の不快感に男は耳を塞ぎたくなった。
しかし石ころの体はそれすら叶わない。
ようやく地獄に来たと理解し始めたのだった。
どれくらい経っただろうか…
急に落とされた。
「明るい…」
ダンプカーの荷台に落とされ、外の清々しい空気に触れる。
「全く散々だった。地獄の意味もわかったぜ…」
悪態をつくのはやめないが、青空とそよ風に少し和まされる。
空や風を感じる事など今までなかった事だ。
しばらく、ダンプカーは男達を乗せて走った。
荷台の上では先程まで悲鳴をあげてた奴らが談笑している。
「ゲハハハ‼俺は右のネェちゃんだな‼」
「バカタレ‼あの左の女‼あの足はたまんねぇ‼道路になりゃ見放題だぜ‼」
下世話な会話が飛び交う。
地獄にまで来る連中にそんな気品のあるのはいないだろうが…
気づけばダンプは止まり、荷台が斜めに上がっていく。
男も荷台から落とされていく。
土の上に落とされた。
これから何が始まるのか…予想はついていた。
再度ガスバーナーであぶられる。
「ぎぃやぁぁぁぁ‼」
男は悶える。
肌が爛れ、ズキズキ痛む。
その熱が冷めない内に次の作業が始まる。
男は目前に転がる円柱に固まった。
「嘘だろ?…」
目の前で次々と他の奴らが潰されていく。
「うわっっぷぶぶぶっ」
再び地獄が始まった。
男の体が覆われていく。
左腕から潰され始め、今まで味わった事のない痛みが襲う。
徐々に潰され、潰された箇所は感覚を失う。
尚も迫り来る円柱に恐怖が止まらない。
ついに頭を鉄の塊がのし掛かる
目玉が飛び出し、歯が折れる。
喉を圧し、息など出来るわけもない。
男は死んだ。
いや、死んだと錯覚した。
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目を覚ますと、道路になっていた。
他の奴らの声は何故か聞こえない。
その代わり、人間の声はよく聞こえるようになっていた。
「かぁぁーっ…ぺっっ」
べちゃっ‼
「うわっ‼きたねぇ‼」
杖をつきながら歩く老人が道に痰を吐く。
当然、道路となった男の顔にかかる。
気持ち悪さと屈辱に腹を立てるも誰も男の声に反応する事はない。
「んっ??ぐっ…ぐぎぎぎぎっ」
今度は急に重いものが乗っかって来た。
車だ。前回の鉄柱程ではないが充分重たい。
車が走り去ればそこまででもないが、男の上で停車すれば苦しみも続く。
どうやら男は一軒家の前の歩道の一部となっているようだ。
路肩に停車し、中から50代ぐらいの女性が袋を持ち降りてくる。
その一軒家に用事があるのだろう。
インターホンを鳴らし、中から出てきた女性と立話をしている。
「はっ…はは、早くどかせよクソババァ‼」
ろくに息も出来ない状態で世間話を楽しむ女性を睨む。
通りすがりの男がくわえていたたばこを男の体で押し消す。
「うおっ‼あっちぃぃ」
嫌いな人間に踏まれる屈辱に怒りがこみ上げる。
同時にこれからこんな事が繰り返されると思うと憂鬱になった。
その他にも子供が落書き、犬猫の糞尿、雨風での風化…
不快感が常に男を襲う。
しかし、男は別の感情も抱き始めた。
子供がはしゃぐ姿を見たり、犬の糞を拾ってもらったり、そしてたまにこの一軒家の人が男を洗ってくれる。
そんな日々を過ごし男は変わった。
(良い家族だな…)
男は反省したわけではないだろう。
ただ知らなかった。人間が嫌な生き物だと思い込んでいたからだ。
(こんな風に生きてみたい…もう一度人間に生まれたい…)
男は切に願った。生まれて初めて…
いや、死んで初めて人間の温かみを知った。
そしてこの道路という役目をまっとうする事を決心した。
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時は流れた。
その一軒家に住んでいた家族はどうなっただろうか?
落書きをしていた少年は大人に成り家を出たのだろう。
ゴミや犬の糞を拾ってくれていた少女は男を連れて来ていたのを見ると結婚したのだろう。
喪服を着た人がたくさん来たから両親は他界したのだろう。
男もまた道路としての役目を果たした。
長い時間を経て劣化し、ボロボロになった男の体はその道から剥がされた。
「終わった…」
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アスファルトは砕かれ、粒子によって分類される。
砂や礫に分かれるといった具合だ。
砂は工事現場などで使われる。
礫は新たに薬剤をかけ、熱っすることでアスファルトとして再利用される。
またあの悪夢の様な悲鳴に目を覚ます。
灼熱の高炉の中であえぎ悶え、男は虚無感に支配された。
男「…いつまで続くの?」
作者千堂 幾虎
初投稿で恐縮であります。
はじめまして、千堂 幾虎と申します。
だらだらと長くなりましたが読んで頂けたら幸いです(°Д°)