中編4
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村雨

何の前触れも無く打ち下ろす強い雨。

あたふたと目の前を走り去る人々。私はそれを真似る様に銀行の入り口へ避難をしました。

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雨脚はやがて周囲の音を搔き消す程に強まり、飛沫で視界がままならない程です。確認するまでもなく衣服はじっとりと濡れ、美容室帰りの頭は水を被った状態。天気は一日中晴れの予報なのに、傘など持ち合わせる筈はありません。ふと気がつくと、私の他にスーツを着た若い男性が1人雨宿りをしています。

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まるで滝の様に降り続く雨に途方に暮れ、私は其れをただ眺めることしか出来ずにいました。茫然とその景色を眺めることに飽きて隣の男性を見ると、彼は私に一瞥をくれ雨の街に視線を戻します。スーツ姿のありふれた風貌。しかしその所作からは感情が読み取れず、どこか冷たく無機質な雰囲気を感じます。化粧を直す振りをしながら、私は図々しくも男性の視線の先を確認していました。彼は横断歩道をじいっと見つめています。

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雨に濡れた横断歩道。特別新しくも古くもなく、景観が優れている訳でもありません。何の変哲もない信号と、白線で彩られたコンクリート。

雨音が少し弱まった気がしました。同時に信号が青になり、横断歩道の途中にボンヤリと小さな人影が見えます。

(ああ、この人はあの人影を見ているんだ)

そう思い目を凝らしますが、雨のせいか輪郭がはっきりとしません。

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「宜しいですか? 」

隣で雨宿りをしていた男性が声を掛けて来ます。

「え? あ、はい。何でしょうか」

不意に男の人に声を掛けられた女性がする反応。雨宿りという退屈した状況に、警戒心と期待感が混ざり合った様な調子で私は返答をしました。

「建物の中に入られては如何でしょう。風邪など引かれては大変です」

「ああ、えっと、大丈夫ですよ。お気遣いをありがとうございます」

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そうですかと男性は一言発し、再び耳に響くのは雨音だけとなります。

雨は小雨となり、視界も少しずつ落ち着いて来ました。私は先程の人影が気になり、横断歩道に目をやります。信号は赤。横断歩道には先程と同様の場所に小さな人影、いや少女が佇んでいました。髪の毛は長く振り乱し、その顔は窺い知れません。青色のワンピースに足元は裸足。少女の俯いた頭部はゆっくりと持ち上がります。急に私の右前腕に圧迫感を感じ、見ると一緒にいた男性が私の腕を握っていました。

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「貴女はあの子と関係無い」

男性は真っ直ぐ私の目を見据えそう言います。私は彼と目が合う事に羞恥心を感じ、その感情から逃れるために横断歩道へ視線を戻してしまいました。

雨は止んでいます。静寂の中、少女とその背後に見える赤信号。彼女はその顔を露わにしていて、瞳は白く濁り歯は黄色く変色しています。

嗤っていました。

「え!? 嫌…. 」

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私は少女と目が合った瞬間、身動きが取れずに冷や汗を垂れ流すしかありません。瞬間、トラックが少女の姿を覆い隠し通り過ぎて行きます。トラックが過ぎ去ると、そこには少女の姿はありません。

ザァッと思い出した様に強く降る雨。

「どうして助けてくれないの? 」

耳元で、呟く少女と思しき声。

背中を蟲が這う様な悪寒を感じ、同時に右腕に激痛が走りました。

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「痛っ! ちょっ、やめて下さい! 」

隣にいる男性は先程よりも強く、爪を立て私の腕を握っています。彼は私の訴えを意に介さず、横断歩道の方を冷たく睨んでいました。私は痛みに耐えるため眼を固く閉じる事しか出来ません。

(痛い…. 何なの? 何が起きているの? )

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強い耳鳴り。いつしか腕の痛みがなくなりました。

男性は既に私の腕を握ってはいない様です。私が瞼を上げ目が合うのを確認すると、目の前に立つ彼は深々と頭を下げました。

「痛い思いをさせてしまい申し訳御座いません」

「あ、いえ。あの女の子は? 」

「もう大丈夫ですよ。雨は降っていません。可哀想な娘です」

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雨が止んで雲の切れ間から日の光が指して来ます。

「此処にはなるべく訪れない方がいい。それでは」

男性はゆっくりと雨上がりの街に戻り、こちらを振り返る事はありません。

「あの、ありがとうございます! 」

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何といったら良いのかわからず私が絞り出した言葉に、彼は一度立ち止まった様に見えました。しかしすぐに街に溶け込み消えてしまいます。

非日常を感じ、素敵な出会いの余韻にひたるため右腕を見ると、不思議なことに痣一つありません。

(あれだけ強く握られたのに…. )

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ふと左腕に違和感を感じ左手首を確認すると、手首を覆う様に痣が出来ていました。

まるで子供が握ったみたいに。

私は戦慄に打ち震え、この場から一刻も早く離れるために歩き出しました。

その時です。大粒の水滴が一つ、また一つと私の身体に当たり、一時の安堵はもうありません。

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「ん? あ、雨…. 」

悪寒とともに、べっとりとこびりつく嫌な気配。それがいつまでも私の周りを漂っていました。

Concrete
コメント怖い
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@あんみつ姫 さん
御無沙汰しております。
勿体無い御言葉を賜り、恐悦至極に存じます。
此方こそ有難いコメントに御礼を申し上げます。
今後もあんみつ姫さんのお目に留まる様精進をさせていただきます。
有難うございます。

返信

お久しぶりでございます。

彼岸も過ぎ、日が落ちるのも 随分早くなりましたね。
秋霖の候に相応しい 怖ろしくも美しい作品に出会い、
些事に煩わされた一日の疲れが 秋の長雨とともに流されるような思いがいたしました。
その旨、お伝えしたく、コメントに挙げさせていただきました。
心より感謝申し上げます。
季節の変わり目、くれぐれも、お身体ご自愛くださいませ。
 

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