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長編12
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食い意地

2年前に体験した出来事。未だに、彼女に一体何が起きてしまったのか分からず、心の隅に引っかかっている話。

事の始まりは、高校の同窓会だった。ちょうど卒業から10年という節目で、会場である母校、女子高の教室には当時のクラスメイトの半数以上が集まっていた。

高校時代、特別これといった思い出も無く、卒業と同時に付き合いが途絶えてしまった事もあって、招待状が来たときは正直気乗りがしなかった。とりあえず顔だけは出しとくかと軽い気持ちで行ったのだが、同級生との再会はまあまあ嬉しいもので、周りの同級生達があだ名で呼び合いながら思い出話に花を咲かせているのを見て、懐かしい気持ちになった。

しかし夕方になり、貸し切り居酒屋での2次会が始まると、さっきまでの高校生活を懐かしむ穏やかな雰囲気が一変した。酒の勢いや日々のストレスもあったのか、みんな当時の担任や他の教師、同窓会を欠席した子の噂や悪口なんかで盛り上がっていて、更に当時とほぼ同じようなグループに分かれるようになっていた。「地味なキャラ」と位置付けられていた、私を含む数人は、時間が経つにつれどんどん座敷の端の方に自然と移動させられていた。

それから約2時間後、ようやく2次会がお開きになり、何とも言えない窮屈さから解放され帰り支度をしていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、どっしりとした巨体の女がニヤニヤと笑いを浮かべながら私の目の前に立っていた。仲村(仮名)だった。

仲村は天真爛漫でおてんばな「お笑い」キャラで、教師や他のクラスの生徒からも受けが良く、そこそこ人気があった。

しかし時々、彼女から見て地味だったり真面目な子達に対して変なあだ名を付けたり、一方的に相手に対してお笑い芸人のような言葉や動作を強要したり、自分や他の生徒が授業で間違った答えをしたときは、わざと大袈裟にリアクションして笑いのネタにしたりといった、度が過ぎる所もあった。先生達はその事に頭を悩ませつつも、彼女の愛想の良さを理由に注意することなくむしろ許容していた。

仲村は教室のクラス会には来ず飲み会からの参加で、ついさっきまで中心グループと一緒に座敷を占領して盛り上がっていた。私達は座敷の端でその様子を見ながら、うちらには絡んでこないよね、と言っていた矢先の事だった。

仲村は「ごめんねぇ~うるさかったよね~(笑)てかめちゃめちゃ隅っこにいるじゃん(笑)」

と、ゲラゲラ笑いながら顔を近づけてきた。周りに煽られ相当飲んだようで、身体中が酒臭かった。10年経っても性格ってそうそう変わらないもんだな、と思った。特に仲村は、笑いを取るために相手を傷つけている自覚が全くないから厄介だ。

同窓会に来なかった人の中には、仲村に会いたくないからという理由で欠席した子もいたはずだ。そして私も、高1の時に彼女から「悩みがあったら聞くよ!」と言われ、悩みを打ち明けてしまい、「カワイソ~(笑)」と、笑われ彼女のネタの材料にされた事がある。正直言って、彼女の事はとても苦手だ。

仲村は、私が嫌悪感を露にしたと思い込んだのか、

「マジ~!やばぁい!嫌いになっちゃった?うんうん、わかるぅ~(笑)うるさいよねぇ私ぃ(笑)」

と、今度はわざとらしい、周りに聞こえるような大声を出した。

仲村の側にいたクラスメイト数人に、私達のやりとりを漫才かのように見られて笑われ、恥ずかしさと怒りで、今すぐここを離れたい気持ちでいっぱいになり、店から出ようとした。すると、仲村は連絡先を交換しようと引き留めてきた。仲村は何故かここにいる全員と連絡先を交換したいらしく、私のアドレスも交換するように求めてきた。

教えてくれるまで帰さない、と言って、仲村がふざけて私の目の前にその巨体(体重が90㎏くらいあると自分でネタにしていた)をぐいぐい近づけながら行く手を阻むので、私はその場しのぎで連絡先を教えた。

家に帰ってから、面倒な奴にアドレスを教えてしまったな…と少しだけ後悔したが、よくよく考えると仲村はかなり酔ってたし、アドレス交換もその場のノリと酒の勢いでやっただけだろう、きっと明日には忘れているはず、と思うことにした。しかし、連絡してきたらそれはそれで面倒なので、仲村のメアドと電話番号は着拒にして、その日は眠った。

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それから1ヵ月程経った頃だった。金曜の夜ということもあり、ネットで動画を見たり漫画を読んだりしながらダラダラしていた。日付が変わり、深夜1時を過ぎてもなかなか寝付けず、ネットも漫画も飽きてきたので、そういえば最近このマンションにケーブルテレビのチャンネルが入ったから見てみようと思い、テレビを付けた。

番組では、あまり世間一般的ではないが、一部の人間に支持されている、なかなか危険でマニアックな事を特集していた。心霊動画を撮るためにあらゆる廃墟に潜入するオカルトマニアの若者や、独身の中年男性を相手に援助交際まがいの小遣い稼ぎにハマる女性など、世の中には色んな人間がいるな…と思いながらぼんやり画面を眺めていた。そして特集の最後に「ジビエ」というイノシシやシカといった野生動物の肉を使った料理の映像が流れた。

それを見て、私はすっかり忘れかけていた同窓会での事を思い出した。

2次会の時、座敷の中心の方で、彼氏がジビエ料理が好きで、デートでは常にジビエ料理の店に付き合わされて困っていると誰かが話しているのを聞いたのだ。

そして私も昔、父方の祖父から、戦時中イタチを捕って食べたら、独特の食感で意外と美味しく、何匹も捕って食べていたという話を聞いたのを思い出した。祖父がやっていたのも今で言うジビエの1つだったのかも知れない。畜産の食用肉には無い、野性動物特有の臭いや食感を楽しみたい。ジビエにハマるのはそんな感覚なのだろうと思った。

「ジビエ」という独特の語感が頭から離れず、私は次の日ネットで検索して色々なサイトを見てみた。大型の動物意外にも、祖父のようにイタチやノウサギといった小型の野性動物や、日本には生息していない、いわゆる「ゲテモノ」扱いの動物が好きな人もいた。中には特殊な技術や資格を持ち、自ら狩猟して捌いて食べている人もいて、結構奥が深いなと思った。

しかし、別のサイトを見て背筋が若干寒くなった。野性動物だけでは飽き足らず、人肉にまで興味を持ってしまう人も中にはいる、と書いてあったのだ。大昔の飢饉で空腹に耐え切れず人肉を食べていた、というのは高校の歴史の授業で聞いたが、さすがに現代の日本でそこまで…と、にわかには信じ難かった。

けれど、人体改造の趣向がある人間が意図的に切断した体の一部を、調理して振る舞うといったイベントが過去に開催された事があるという。そのサイトにはイベントの写真も少しだけ載っており、肉の部分は画像を加工し見えなくしていたが、会場には大勢の人が参加していて、かなり盛況だった事が分かった。イベント自体はその後様々な倫理の問題から、その1回で終わってしまったそうだが、参加者の中には、今でもその時の肉の味が忘れられず、密かに人肉を嗜んでいるらしい、と書かれていた。

単純にジビエがどんな料理なのか知りたくて調べていたはずが、いつの間にかグロテスクな事まで知ってしまい、食欲が失せそうになった。そして調べている内にいつの間にか1日が過ぎていて、これ以上深く知るのは止めておこうと思った。

夕飯と風呂を済ませて寝床に就き、眠気が来るまでまたダラダラと漫画を読んでいると、スマホの着信が鳴った。晴香(仮名)からだった。晴香は同窓会の2次会の時、私の隣に座っていた子で、おしとやかで勉強が得意な優等生だった。私は仲村以外の何人かとも連絡先を交換していたが、その後連絡する事もされる事も無く、私自身もたいして気に留めてもいなかったから驚いた。

通話ボタンを押して電話に出ると、

「あ、もしもしマユ(私の名前)さん?この間はどうも。今大丈夫?」

何か動揺しているような口ぶりだった。何かあったのかと気になり、大丈夫だよと返した。

「実はさ、同窓会に仲村さんって来てたじゃない?なんかね、あの後、誰かが連絡しようとしたら繋がらなくて…っていうか番号もメールも使われてなくて。おかしいと思って家にも行ってみたんだけど居なかったんだって。で、仲村さんの実家にも連絡取ったんだけど、わからなくて。要は、行方不明なのよ、仲村さん。マユさん何か知らない?」

詳しく聞くと、連絡を取ろうとしていた同級生の1人は、仲村と遊びに行く約束をしていたそうだ。だが当日いくら待っても待ち合わせ場所に現れず、忘れていると思い電話をしたら、番号が使われていないというアナウンスが流れ、メールも送信不能で、心配になって同窓会の幹事に住所を教えて貰い、仲村の住むアパートを訪ねたのだが、部屋にいる気配が無かったそうだ。

もしかしたらメアドと電話番号を変えたまま教えるのを忘れてるだけで、長期出張とか旅行に行ってるのかもと考え警察にはまだ連絡していないが、一応同窓会に来ていたメンバーに、何か知っていることはないかと連絡を取り、晴香も何人か後に連絡を受け、私に電話をしてきたのだ。

行方不明、という言葉に一瞬恐怖を感じたが、正直、仲村に何が起きていようとどうでも良かった。メアドも電話番号も着拒にしていたし、行方不明だなんて大袈裟だなと思った。私は晴香に「わからない」と伝えた。晴香も仲村の事はわからないと言っていて、「でもまた連絡が来るかも知れないから、その時は宜しく」と言われて通話は終わった。

しかし1週間後、思いの外早く連絡は来た。今回はメールで、いくつかの添付ファイルも送られてきた。内容を見ると、同窓会を欠席した友理(仮名)が勤務しているスーパーに、ついこの間まで仲村がパートで勤務していた事、そして友理1人だけが、行方不明前の仲村の様子を知っていた事、友理は子供の行事があったため、同窓会を欠席していた事が記されていた。

仲村は勤務態度はまあまあ良かったが、パートが終わると、他の客から奪い取るようにセールの品物を買っていて、それが段々エスカレートしていたので社内で問題になっていたという。友理には「自分は過食症だしお金もないから仕方ない」と事あるごとに愚痴っていて、給料の殆どをお菓子や惣菜に使っていたようだった。周りが注意しても聞く耳を持たず、仲村は次第に孤立し、パートも無断欠勤するようになっていたという。

しかし数日後、仲村は意気揚々とした様子で従業員事務所にやって来て、

「ここより良いバイトが見つかったので辞める」

と店長に伝え、すぐに事務所から出て行ってしまった。友理が引き留めて問いただすと、

仲村は数日前合コンに行き、食品加工会社の社員だという男性からアプローチされ、そのまま付き合うことになったそうだ。そしてこの間バイト先の悩みを打ち明けたら、うちの会社に来ないかと誘われ、そのまま採用されたという。新商品の試食モニターをすることになり、給料も今の倍以上。沢山食べても怒られないし、彼氏と一緒にいる時間も増えると言って、仲村はとてもはしゃいでいたという。

呆れた…。しかし、食い意地というのは恐ろしい。過食症かどうかは別にして、いい大人が何やってんだ、とメールを読みながら思った。添付ファイルは、友理が仲村から送ってもらった彼氏との写真だった。写真を見て愕然とした。とても端正な、目鼻立ちの綺麗な男性だった。

歳は30代前半といったところか。笑顔には可愛らしい印象も受け、パンパンに膨れた仲村と並ぶと、華奢な体と小さな顔が更に際立っていた。あまりにも極端な体格差に笑いをこらえきれなかった。こんな格好良い美青年があの仲村とねぇ…と思っていると、再びメールがきた。

差出人には澤田ナツキと書いてあった。澤田はクラスのリーダー格の1人で、2次会で中心グループにいた子だ。メールのccには同級生ほぼ全員のアドレスが載っていて、かなり感情に任せて書かれていた。

「あのクソデブ野郎ブッ殺す!!!これ、私の彼氏なんだけど!!!てかいつの間に二股かけてた訳⁉行方不明なんて嘘だよ。きっとキャンプに行くと見せかけて駆け落ちしたんだよ。マジ最低マジでクソ」

荒れてんな…と思いつつ、そうか駆け落ちなら、いきなり消えた理由もしっくりくる。添付ファイルには、SNSの投稿画面をコピーしたものもあり、

「今日は初めての野外デート!っていうのは冗談で、彼と彼の友達と○○(土地の地名)ってとこにキャンプに来てまーす!バーベキューするから沢山食べるぞ~(笑)」

という文章と共に、コンクリ塀に囲まれた、バルコニーような場所でポーズをとる仲村と彼氏の写真があった。

結局、仲村は、遊びに行く約束をドタキャンし、澤田の彼氏と駆け落ちしてどこかに行ったということで片付いた。何故か同級生全員に異論は無かった。

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その後、澤田ナツキから再びメールが来て、荒れたメールを皆に送った事の謝罪と、新しい彼氏が出来たという報告だった。

「いや~我ながらイイ男捕まえたと思ってたんだけどねwwwまさかデブ専だったけどはwww因みに新しい彼氏は普通の食べものが好きな人です!さすがにもうジビエは勘弁だわwww」

メールを見て、2次会でジビエのこと言ってたのは、澤田ナツキだったのか、てことは、あの美青年はジビエの好きなデブ専…ってことか?凄い趣味だな…あの深夜番組にいつか出ないかな…と思いつつ、これでやっと一連の出来事にオチがついたと少し安心した。

澤田からメールが来たその日の夜、彼氏が私の家に来たので、私は仲村の事件について話した。彼氏は最初のうちは一緒になって笑っていたが、仲村のSNSの写真を見せると、何故か怪訝な顔をして写真を眺めた。

「これ…○○なのか?俺、ツーリング行く時ここらへんの県道何回か通ったことあるけど、○○にキャンプ場になりそうな場所、無かったと思うけどな。だってあそこって、何年も前に廃村になって、廃墟ばっかりだぞ。なんかデカイ廃病院がそのまま残ってて、心霊スポットだとかなんとかって。何でこいつら、わざわざこんなとこキャンプに行ってるんだ?」

そう聞いて、私はすぐにネットで○○という地名を調べた。確かに、数年前に過疎化が原因で廃村となっており、建物だけが取り壊す目途がたたないまま、放置されていた。

こんな所にキャンプなんて変だな…、しかも病院って心霊スポットなのか、深夜番組に出てた若者も、もしかしたら行ってたりして。ネットに出てないかな~と思い、あの若者のホームページを探し、調べてみた。ずらっと並んだ廃墟の地名の中から、○○を発見した。彼氏の言う通りだった。日付を見ると行ったのは結構最近らしく、院内の写真がコメントと共に大量に掲載されていた。見た感じよくある廃墟という感じで、スプレーの落書や、タバコ等のゴミが散乱していた。スクロールしながらぼーっと見ていたが、ある写真に目が止まった。

コンクリート打ちっ放しのバルコニーのような場所を映した写真だ。

これって、仲村が映ってたのと同じ場所じゃないか?だとすると、なぜ仲村達は廃病院に?

次の場面に映ると、コメントに「暴走族がバーベキューでもしたのだろうか、きな臭い匂いと焦げ跡が残る」と書かれていた。写真を見て、思わず身体が固まった。

ちょうど、大柄な体格の人間と同じ大きさの焦げ跡が、床にべったりと付いていたのだ。

何これ…何の焦げ跡…?まさか、まさかね…

ジビエ…廃墟…キャンプ…

とっさに閲覧履歴から、あの「イベント」の記述があったサイトに飛んだ。開演前から、切断部分がステージに運ばれ、調理され、参加者に振舞われる、その写真の1枚1枚をなめるように見た。

…いた。

仲村の彼氏が、そこにいたのだ。ステージ側から撮られた写真、大勢の参加者で溢れる客席の手前の方で、ステージ上に置いてある人体の一部を、まるで美しいものを見るかのように、うっとりとした表情で眺めている。

ーーー野性動物だけでは飽き足らず、人肉にまで興味を持ってしまう人も中にはいるーーー

「おいどうした」

彼氏に肩を揺さぶられてハッと我に返った。

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あれから時々、スーパーの肉売り場で塊肉が置いてあるのを見ると、少しだけ吐き気がする。

きっと悪阻のせいだろうと思って気を紛らわせてはいるけど、なんだか肉を食べる気になれなくて、結婚してから、食卓には魚を出すことが多くなった。

子供にはまんべんなく美味しいものを食べさせたいとは思っている。

けど、ちょっと一癖ある料理に手を出すことは無いと思う。もし子供が興味を持ってしまったら?…多分1回は止めるかな。

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@小夜子 様
ありがとうございます。昔よく見ていたオカ板に、男性の局部を食べるイベント的なスレがあって、それが元ネタです(笑)

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