三本目の缶ビールをグラスに注ぎつつ、あれっと思った。
「今日はお袋さんやけに静かだな」
襖が閉じられた奥の部屋をそれとなく眺めた。
「ん、──ああ、そうだな」口にほおったナッツをKは咀嚼するとビールで流す。
いつもはKのお袋さん、うーとかあーとか、時折わめくような大きな声が奥の和室から聞こえていたので、今日は珍しいなと思った。
Kの父親は早くに亡くなり、Kのお袋さんは女手ひとつで身を粉なにして働き、一人息子のKを育てた。彼を大学までいかせるために相当無理をして働いていたそうだ。それがたたってしまったのか──、まだ五十代のお袋さんは、数年前から寝たきりの状態になってしまった。
二十代から親の介護をすることになってしまったKが前に、最近は痴呆まで始まっちまったよと話す疲れきった顔が今でも忘れられない。少しでも気分転換になればいいと、俺はたまにKの家に酒や食い物を持参し、二人で宅飲みをしている。
今日のKは顔色も良く、元気そうで俺は少し安心していた。
「しかしスッキリしたな、この部屋──」
いつも俺達が酒盛りをするダイニングキッチン。ここなら奥の和室にいるお袋さんの声も聞こえるので、リビングでもなく、Kの部屋でもなく、此処。なにかあれば直ぐに対応できる。
「いろいろ買い換えようと思ってさぁ、捨てたわ、冷蔵庫だろ、レンジに炊飯器。お袋が物捨てられない人だったからな、全部年代物だったし──」
「あはははっ、そうだな、お前んちの冷蔵庫、俺らがガキの頃からずーっと同じだったもんな、──でも今はゴミ捨てるのも金がかかってほんと嫌になるよな」
「んっ、金なんかかけねーよもったいねぇ、その辺に捨てちまったよ」
「お前──、マジでやめろよ不法投棄とか、いい歳してよぉ、本気でひくわ」
「いやぁー、冷蔵庫はやばかった。あれよくひとりでいけたと思うわ」
「まさか、あそこ? 国道から横道入った山んところの──」
「あーそうそう、みんなが捨ててるとこ」
「おいおい、よくねぇ話聞くぞぉ、あそこは」
「えっなに、どんな?」
「今は粗大ゴミだらけで見えなくなっちまってんだけどさ、もともとそこらにあった地蔵が何体か不法投棄のゴミで埋もれてるらしいんだよ、そんでな、ゴミを投棄した奴にバチをあたえるとかって話」
「それは、あれだろ? 役所とかが不法投棄を減らす為に流すデマとかそんなんだろ」
「さあね、知らんけど俺の知り合いも自転車を捨てた帰りに──」
俺はビールを飲もうとテーブルのグラスに手を伸ばした。その時、パンッ! と手元で弾けるようにグラスが砕け散った。
身体が固まり、俺は突然のことに軽くパニクる。
「え? なに?......割れた......なんで......なにこれ?」
Kに目をやると特に動じることもなく、割れたグラスを一瞥して自分のビールをゆっくりと飲み干し、口を開いた。
「なんなんだろな──これ? 最近たまにさぁ、ちょくちょくあんだよな、こーゆーこと、なんか勝手に物が割れたり、寝てると急に胸が苦しくなったり──」
「お前それ......、やっぱ地蔵の祟りじゃねぇか!......今からゴミ回収して謝りに──」
「だーからぁ、違うって、なにが地蔵の祟りだよ、ぷっ、そんなんあるわけねーだろ、ぷぷっ、小学生かっ、おまえは」
「はっ? 何笑ってんだよ! ふつーじゃねーだろこんなの──ってうわぁ!」
言ってるそばから、壁に掛けてあった鏡が派手な音をたて破裂し、続けて茶箪笥の上の置時計が真っ二つに割れた。
次にどーなるのかと身構え、警戒している俺に対し、Kは悠然とした態度で言う。
「まあ、これはあれだ。あの日捨てた冷蔵庫の中にさあ、詰めて一緒に捨てたほうに原因があんだよ、──多分」
「──冷蔵庫の中身? なんのことだよ?」
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「やっぱ怒ってんだな、──お袋」
作者深山