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中編7
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私の体験談 case.1 男

おおよそ十数年の間、私には不思議なものが見える時期があった。

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私はどうやら幼いころから見える性質だった。

記憶のない範囲は両親から聞いたが、壁に向かっておしゃべり、仏壇の裏におじいちゃん(おそらく曾祖父)がいる、などは日常的にあったようだ。

上手く言葉で伝えられない年頃だった私は、ただただ泣いて母から離れないこともあったと言う。

流石に小学生にもなると、私だけに見えるなにかがいるという事には気付いていた。

おそらく一般的に考えられているのは、いわゆる見える人たちには常に人ならざる者たちが見えている、だと思う。

だが私の場合は違う。

生きている人とそうでない人にも波長というものがあるのか、見える時と見えない時があるのだ。

見える、というのは勿論姿が見えること。

見えない、というのは形は認識できない、しかし漠然と嫌な感じはする、臭いだけがする、などパターンは様々である。

そして今はほとんど見えない。

冒頭で述べたが見えていたのは十数年間、確か二十歳を過ぎるころまでだったと思う。

思春期特有の幻だったのかもしれない、それでも説明のつかない出来事も多々あった。

それをいくつか皆さんにお話ししようと思う。

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case.1 男

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あれは中学生の時だった。

その頃私にはIさんという仲の良い女の子がいた。

今でも付き合いがある数少ない友人の一人だ。

少々変わっているところもあったが、クールで頼りがいのある姉さん気質な子だった。

そのIさんにはSくんという双子の兄がいる。

Iさんとは打って変わって明るくお調子者で目立つタイプだ。

よく妹を構っては腹に正拳をお見舞いされていた。

この双子を中心に、仲の良い男女数名でIさん家でバーベキューをするのが恒例となっていた。

ご両親も本当にユニークな方たちだったので、私は毎年このバーベキューを行うのが楽しみだった。

明るいうちから始めて暗くなったらお開き、というのがいつもの流れである。

この日も辺りが暗くなってきたころには最後のマシュマロを焼いて食べていた。

夏も終わりが近かったのか、かなり肌寒かったのを覚えている。

そろそろ片付けようかと男の子たちはIさんのお父さんと一緒に焼き台やイスをしまい、女の子たちは紙皿や飲み物などを家の中に持って行っていた。

寒さが手伝っていつもより早めに終えたせいか、皆帰るには少し名残惜しい時間だった。

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そんな時、発端はSくんだったと思う。

「怖い話しようよ」

ある意味こういう場においてはお決まりの流れだったのかもしれない。

女の子の中には怖がる者もいたが、大多数は乗り気だった。

実のところ私も怪談話は大好物だ。

心霊番組なども必ず見ていたしホラー映画もレンタルして見ることが多かった。

よく言われたのは、

「自分で見えちゃうのにそういうの見て怖くないの?」

だが、それはそれ、これはこれ、で全く別物として考えていた。

そうとなったら話す場所も雰囲気を作ろうと話していたとき、Iさんのお父さんが家の前にある車の中ですると良いと言ってくれた。

三列シートの車の二、三列目をたたみスペースを作り、そこにキャンプ用のライトを一つ置き、8人ほどが直に座る。

これだけ入るとギュッと狭く感じたが、距離の近さが怖さを半減させてくれる気もした。

正直私はこの時すでに怯えていた。

怪談話をすることに、ではなく、この場所にだ。

Iさんの家の前には住宅街らしい細い道路と、すぐ側に中学生の身長で首の高さほどの鉄柵がある。

その奥に左右に続くのは鉄の道。

この家の目の前は線路なのだ。

しかもここは丁度歩道橋と踏切の間にある。

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元からここは不思議なことが起こる場所だった。

Iさんの家には頻繁に遊びに来ていたのだが、時々獣の臭いがするのだ。

無論ペットは飼っていない。

それとなく尋ねたことはあったが、家に生き物を入れたことは無かったそうだ。

一番驚いたのは二階のIさんの部屋にいた時、なにかが部屋の前まで来たことがある。

そのなにかは少しだけ扉を開けるにとどまったが、私とIさんを絶叫させるには充分だった。

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怪談話をする前に私は、

「こういう場には本物が集まってくることがあるから、嫌な感じがしたらすぐに言ってね」

と一言添えた。

言われてどうにか出来るような力を持ってるわけではないが、なんとなく伝えておくのが良い気がした。

私のことをよく知る友人たちも真面目に聞いた。

そして誰からともなく話し始めた。

真剣に話す者、途中でふざけて笑い話にする者、誰かが話している時に大声を出して怒られる者、怖がりながらも楽しさを感じつつ話を進めていた。

「じゃあ次私」

自分の話す番が来た。

こういう時圧倒的に有利だったのは実体験があるということだった。

この時も自身に起こった話をしたと思う。

「…扉を開けたときに見えたんだよね」

話も中盤、ぐっと息をのんで見守る友人たち。

私も自分の話にここまで聞き入ってくれるのは嬉しかった。

饒舌に語るその時、ふと意識が外に向いた。

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何か、おかしい。

違和感と言うべきか、空気が少し濃くなるような、俗に言う『嫌な予感がする』という状態に近いのかもしれない。

変だ、変な感じがする、でも原因がわからない。

迂闊にそれを人に伝えるのは控えていた。

そう言う風に怖がらせるのは好ましくない。

明確に恐怖を感じたのは話がクライマックスを迎えるころだった。

誰か車の外にいる。

感覚的にそう思ったのだ。

最初は少し距離があった、だがすぐに近くをふらふらしだしたのがわかった。

「名無しさんどうした?」

気付けば話に沈黙が増えていた。

それを不思議に思った友人が訪ねてくれた。

「いや、あの」

不用意に怖がらせることはしたくない、まだこちらに悪意を持って行動している訳ではないはずだ。

その思いが私を口ごもらせた。

だがこの態度そのものが察するには充分だったようだ。

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「なにか、いるの……?」

友人のこの一言が引き金だったのかもしれない。

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そのなにかは驚くほど一気に近づいてきた。

ほとんど車に張り付くような状態だったと思う。

友人の何人かもこの状況の異様さに気付いたようで、えっ、何っ、と声を上げ始めた。

そして恐ろしかったのはこの後だった。

私の座っていた位置は車の後方真ん中、バックドアを背にした状態だった。

そいつが動き出すのがわかった。

まずい、後ろに、回っていく…!

私の後ろだ!

半ばパニックになりながら早口で説明した。

「ごめん!本当はさっきからなんか近づいてきてたんだけど、あんまり言うと怖がると思って…でもっ、今っ、車の、後ろに…っ!」

ここまで言うと車内は混乱と絶叫で埋め尽くされた。

急いでドアを開け外へ傾れ出る、そのまま玄関へと駆け込んだ。

私は怖くて車の後ろを確認することが出来なかった。

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私たちの尋常ではない様子にIさんのお父さんが家まで送ると言ってくれた。

私は自転車で来ていたのだが、そのまま車に乗せて送ってあげるよと言ってくれて本当にありがたかった。

IさんとSくんとはこの場でお別れなので、また明日学校で、と言葉を交わし車に乗った。

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そのころ私は家族で二階建てアパートの二階に住んでいた。

Iさんのお父さんに感謝を述べ車を降り家に着いた。

確か父はすでに寝ていたと思う。

母と弟につい先ほどの恐ろしい体験の話をし、寝ることにした。

当時私には自分の部屋があったがそこでは寝ていなかった。

和室に布団を並べ、入り口近くから母、私、弟の順で寝ていた。

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夜中。

ふっと意識が浮上した。

だが体は動かない、金縛りだ。

金縛り自体はかなり頻繁に経験していたので今更驚くことでもないのだが、日によって感じ方が全く違う。

ただただ脳だけが覚醒していてしばらくすると動けるようになるもの。

無理やりにでも体を動かしてこの状況を脱しないとまずいと直感するもの。

今は、後者だ。

私は母の方を向いて寝ていた。

体がゆっくりと下に沈むような感覚がある。

このまま動かないでいたら引きずり込まれてしまうのではないかと恐怖が蔓延する。

怖い、怖い怖い怖い!

体が動かない、何か音が聞こえる!

言葉にはなっていないが男の声のような音が頭の近くでする。

お母さん助けて!

心の中で南無阿弥陀仏と唱えても、ただの中学生の唱える経に効果は無いのか一向に金縛りは解けない。

動かない体に力を入れるのはとても疲れる行為だ、心身ともに疲労が募る。

お願いだから消えてください…!

このまま気絶してしまいたい、そう思った矢先男の声がスッと消えていった。

同時に体の力が抜けていくのがわかった。

金縛りは解けたのだ。

懸命に力を入れたので体に汗がにじんでいるのを感じる。

尚も心臓はドクドクとうるさく鳴っていた。

動ける…、そう思い目を開けた。

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男がいる。

目の前に、額と額が付くほどの距離に男の顔がある。

「っああああああああああああ!!!!!」

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その後、飛び起きた母に泣きながら事情を説明した。

母は少しの間一緒に居間で起きていてくれた。

「もう大丈夫だから、ちょっと寝ようか、明日も学校だし」

そう言ってくれた母の優しさもあり、すんなりと眠りにつくことが出来た。

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次の日、クラスが同じだったIさんには昨夜の出来事を話した。

「昨日さ、寝てたら金縛りにあって、やっと動けるーと思って目を開けたら目の前に男の人がいてめっちゃ怖かった」

多分こんな感じで伝えたんじゃないかと思う。

今から十年以上も前の話だ、記憶がおぼろげな部分もある。

Iさんがああーという反応をした。

私も「多分昨日車で話してた時の人だよねー」なんて返した。

するとIさんが口を開いた。

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「だって、

名無しさん帰りに背負ってたもん、男の人」

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衝撃的だった。

これが本当に彼女に見えていたのか、はたまた私を怖がらせるために言った冗談なのかはわからない。

だが、この言葉だけは未だに忘れられないのだ。

これきりこの男の姿は見ていない。

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