小さいときから引っ越しが多かった。
父の仕事は転勤が多く、また病院と非常に関わりの深いものであった。
そのせいだろうか、いつの時代も我が家には奇妙な出来事が絶えなかったのだ。
その中でも私を含む家族全員の記憶に強く残る家がある。
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あの男も出た二階建てのアパートだ。
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case.2 座る女
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そのアパートは決して古くない。
見た目だって、特に変わった様子もなければ汚れているわけでもない。
国道近くに建っていて市役所やスーパーも近く、学校だって歩いて行ける距離だ。
しかし、どういう訳か私たち家族がそこを出てから全く次の住人が入らないのだ。
それも何年もの間だ。
立地も良く家賃もあの頃より引き下げられている。
本当にピンポイントでその部屋だけが空いているのだ。
人が着かない理由はそれなりにあるのだろう。
そう思えるくらい彼処はいろんなことが起きた場所だ。
そんなある意味思い出深いアパートの話をしていこう。
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私はその日、和室に入ってすぐの布団で寝転がっていた。
時刻はおそらく21時くらいか、とにかくしっかり寝付くには早いと感じるような時間だった。
何をするわけでもなく、目をつぶりテレビの音と家族の会話になんとなく耳を傾けていた。
前回の話で述べたが、私は中学生にもなって母と弟と一緒に和室で寝ていた。
理由は単純、自分の部屋で寝るのが怖いからだ。
何かあっても誰かに助けてもらえるよう一人きりになるのを避けていた。
隣にはみんないるし話し声も聞こえる、大丈夫だ。
安心していたのだ。
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確か、仰向けに寝転がったまま目を開いたのだと思う。
一瞬で音が聞こえなくなった。
えっ、と思った時すでに体は動かない。
重たい。
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私の、
お腹に、
誰かが乗っている。
私は叫んだような気がした。
だが実際には声も出ていなければ視線も動いていない。
わずかに指先を動かした程度だ。
でも確かに和装姿の何かが視界の端に正座をしている。
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パニックの中、女の声が聞こえてきた。
何を言っているのか聞き取れないが直感的に思った。
この人は怒っている。
早く声を出して助けを呼びたい!
そう思っても口から空気が漏れるだけだった。
自分の荒い息遣いと女の声だけが聞こえる。
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その時思いもしないことが起こった。
私の腹の上のそいつが頭を下げだしたのだ。
ちょうどお辞儀をするように、近づいてくる。
すると自分の視界にそいつの頭が入ってきた。
私は絶句した。
それは女とも男ともわからないものだった。
耳は付いている、だが、本来髪の毛や目鼻が付いている位置に何も無いのだ。
ただボコボコと歪な皮膚で覆われている。
これは、なんだ。
尚もそれは私の顔に近づいてくる。
それに伴い女の声が大きくなる。
私は泣きそうだった、なぜなら近づくにつれ声が聞き取れるようになってきたからだ。
呪いのような言葉を吐いていたと思う。
曖昧なのは、多分私の記憶と言うものが明確な言葉は思い出せないように蓋をしたのだと思う。
悪意を向けられたのは思い出せる、しかし内容は驚くほど記憶から抜け落ちているのだ。
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恐ろしいことに、私はこの奇妙なものとしばらく顔を向かい合わせていた。
ほぼ0距離で顔のないそいつとどれくらい見つめ合っていたのだろうか。
時間の感覚はなかった。
気付けば元通りになっていた。
目を開いたまま天井を見つめている。
そいつはもう居なくなっていた。
とんでもない出来事が起きたはずなのに、妙に落ち着いていたのを覚えている。
もちろんすぐに母を呼んだが、私自身は興奮などはしておらず、今こんなことが起きていたと冷静に話した記憶がある。
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今になって思うのは、やはりあの顔のないものは女の人だということだ。
あの時吐かれた言葉は女の醜い嫉妬のような感じがした。
誰が誰に向けたというものでもない。
そういう女の邪悪な念の集合体なのだろう。
私はそう思う。
作者名無し
このアパートは今でも普通にあります。
近くを通るとそっちを見ずにはいられないんです。