介護保険制度が制定される前、私は離婚を機に、子供達を育てる為に介護の職に就きました。
そして…訪問介護の事業所で働いて数年が経ち、お年寄りから障害のある方達。
色々な方と出逢い、そして別れて来ました。
問題行動のある方や、対応が難しい方は、登録のヘルパーさんに頼む事も出来ず、その地区を担当する職員が受け持ち、色々な雑務の他に1ヘルパーとしてサービスに入っていたのです。
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私が登録の1ヘルパーとして、初めて受け持ったYさんは、一間とキッチンのみの単身用住居にお一人で暮らしていました。
買い物は近所に住むお嫁さんがして下さるのですが、いつも冷蔵庫には、ほんの僅かな食材のみで、その食材で最低でも3食分の調理をしなくてはいけない為、毎回、頭を悩ませてもいました。
又、Yさんは、暴言、暴力、被害妄想のある方で、部屋の外から子供の声が聞こえると窓から怒鳴り散らし、大人しくテレビを観ていると思った傍からいきなり激昂してテレビに向かい暴言を吐き、そして私も杖で殴られたり、掃除機をかけているとベッドの上から足を延ばし、頭や肩を蹴られたりは日常茶飯事でした。
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最初に受け持った方がそう言った方だったお陰で、それからどんなご利用者の方にも対処出来る様になったのは、結果的にプラスにはなりましたが、登録の1ヘルパーからその事業所の職員として働く様になってからも、ご家族の意向でYさんの担当は私1人。
ただ、週3回、1回につき3時間のサービスは、結構、精神的にキツイものが有りました。
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そんな私を見兼ねてか、事業所内の人事異動の際、私の異動が決まり、Yさんの担当から外れる事になりました。
後任になったヘルパーさんは、ケアマネージャーの資格を取る為に勉強中と言う60代の登録ヘルパーさんでしたが、自分なら大丈夫と自信たっぷりで仰っているし、安心してお任せして、私は異動先へ
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ですが、私が異動になり数ヶ月が経った頃、Yさんの担当をしていたヘルパーさんも音を上げて辞めてしまったと報告が有り、そして…Yさんは施設入所したとの事でした。
実は、Yさんはお嫁さんに虐待を受けていたと…。
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そんな話しを聞いてから数年が経ち、その方の事もすっかり忘れた頃…
夜になっても未だ暑い、9月の中旬。
その日はエアコンを止め、窓を開けて網戸にし、窓にレースのカーテンを引いて、扇風機だけを回しながら、小学校低学年の末の子供と同じ布団で寝ていました。
防犯上は不用心とは思うものの、マンションの最上階の部屋は、通りに面している事も有り、誰か不審者が入って来る事はないだろうと、真夏以外は窓を開けて眠る事が多かったのです。
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朝方、窓から明るい日差しが入って来ている中目を覚まし、時計を見ると、針は5時前を指していました。
もう少しで起きる時間なのに、こんな時間に目を覚ましてしまった事を後悔しつつも、何かの気配を感じ、そのままゆっくりとベランダ側の窓に目を遣ると
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網戸の向こう側には、大きなカブトムシがへばり付く様に、真っ白な髪を振り乱した老婆が、両手、両足を曲げて網戸にへばり付いていました。
白い着物を着て、髪を振り乱したその姿は、まるで昔話に出て来る”鬼婆”か”山姥”の様です。
網戸に虫がへばり付いている…を想像してみて下さい。
まさに、そんな虫のように白い髪を逆立てた老婆が、へばり付いていたのです。
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頭を激しく左右に振りながら、めくれ上がった唇から歯を剥き出し、これでもかと言うほど大きく見開いた眼は、必死に誰かを探している様です。
ブンッ!ブンッ!と音がしそうな程に激しく右から左へと頭を振りながら、部屋の中を探っていました。
その姿は…
私が長年担当して来た、Yさんでした。
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私は(気付かせてはいけない!)と思いながらも、目はその山姥の様なYさんから離せませんし、いつ気付かれるかとビクビクしていました。
けれど窓から2メートルも離れていない場所に寝ているにも関わらず、Yさんは私の姿が見えない様で、目を見開いたまま大きく左右に頭を振りながら、必死の形相で私を探している様です。
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網戸と部屋の間には、まるで、見えないバリアがある様で、朝日を背に網戸に貼り付くYさんを私は見る事が出来るのに、Yさんから私は見えていない…。
…
どの位、そうしていたのでしょう。
…
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子供が寝返りを打ち、Yさんに気付かれてしまったかもしれない恐怖で子供を抱き締めて、窓に背を向けました。
(そんなに連れて行きたけりゃ私を連れて行けば良い!!でも、この子だけは連れて行かせない!!!逝くなら一人で逝きやがれ!!!)
心の中で、Yさんに思い切り毒吐き、子供を頭から抱える様に抱き締めていたのですが…
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数分経っても何も起こらない。
数十分経っても…
外はより一層明るくなり、私は子供を抱き締めたままゆっくりと振り返り、窓を見ると、そこには入り込む朝日だけで、誰もいませんでした。
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暫く経ち、当時の職員と話しをしている時、Yさんが亡くなったと聞かされました。
1人で淋しくて、私を連れて行こうと思ったのかもしれません。
ですが、冗談じゃないです。
子供達を育てる為にがむしゃらに働いていた私が、大切な子供達を遺してYさんに着いて行ってあげる訳がないじゃないですか!!(怒)
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それから…
私は、窓を開けて眠る事が出来なくなりました。(笑)
作者鏡水花
2014年の8月か9月に初投稿した実話です。
その時のタイトルは《山姥》だったかと思います。
いつも攻撃的で、十数年の介護の仕事の中でも、Yさんほど心を寄せる事の出来ないご利用者様はおりませんでした(_ _;)))
お嫁さんから虐待と言うのも、そうなるまでに散々嫁いびりをして来た結果の様です。
(お嫁さんからは、どんな事をされて来たかをYさんを受け持っていた間、ずっと聞かされて来ましたから゜゜;)
目に見えないバリア…
きっと、私か子供の守護霊さんが、Yさんから姿が見えない様に頑張ってくれていたのではないかと思います(;_;)✨
有難い事です…。
そして、この投稿を機に、暫くの間は投稿が出来ませんm(. .)m
又、元気になって帰って参ります(*ゝω◦)v
この度も、私の投稿作品をお読み下さった全ての方に…
有難うございました(*´∀`*)ノシ
ーby.Kyousuika-