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短編2
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おはよう、おかえり

抜けるような青空のすみっこをツバメが猛スピードで横切って、そして今日もまた、あついあつい夏の一日が始まるのです。

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東の空の低いところ、ちょうど運送会社の倉庫と銭湯のしましま模様の煙突のあいだから、さーっと朝陽が差し込んできます。

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今日は始業式。

ながい夏休みを過ごすうち、なんだか学校生活が遠いべつの世界での出来ごとに思えて、とっても不思議な気分にさせられます。

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「ほな、いってくるでー」

十歳の誕生日におじいちゃんから買ってもらったナイキのスニーカーを突っかけて、麻由美は、勢いよく玄関を飛び出しました。

「わあ、今日もよい日よりや」

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まず、真っ青な空を見上げて深呼吸します。

「うん、お天気よし!」

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次に、玄関先へしゃがみこんでアサガオの鉢植えの育ちぐあいを観察します。

「アサガオよし!」

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最後に、門から飛び出すまえに道路の左右を確認します。

このまえ慌てて飛び出してえらい目にあったからです。

「左右の確認よし!」

麻由美は、ガッツポーズを作りました。

「もう、完璧やー」

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いよいよ道路へ駆け出そうとしたそのとき、彼女の背後からお母さんの驚く声が聞こえてきました。

「麻由美……あんた」

その横をすり抜けて、今年高校一年になる弟の真司が、元気良く玄関を飛び出してゆきます。

「いってくるわ」

「おはよう、おかえり」

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真司を見送ってから、お母さんは悲しそうに麻由美のほうへ視線を戻しました。

「あんた、まだ成仏できひんのやね……」

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麻由美はちょっと困った顔で、こくんとうなずきます。

「うちを車ではねた犯人みつけ出すまでは、あっちへ行かれへんねん」

「もうすぐ七回忌やのに……」

「かんにんな、お母ちゃん。こればっかりは、どもならんねん。うち、どないしても犯人みつけたい」

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「さよか。ほんなら、お母ちゃんもうなんにも言わへんよ。あんたの気ィの済むようにしたらよろしい」

濡れた手をエプロンでぬぐい、お母さんは麻由美のあたまを優しく撫でてくれました。

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「犯人、見つかるとええな」

「……うん」

「気をつけて行くんやで」

「……うん、ほなね」

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通学路へ駆けてゆく麻由美の小さな背中を目で追いながら、お母さんは最後にそっとつぶやきました。

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あんたも……おはよう、おかえり。

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