ただ、俺はむしゃくしゃしていた。
くそ!
くそが!
くそどもが!
俺には社会的な地位がある。
立派な肩書きだってある。
それに比べて奴等はどうだ。
奴等はくそだ。くそどもだ。努力を放棄した怠け者だ。
俺のやる事に文句を言うんじゃねえ!
足を引っ張るんじゃねえ!
邪魔するんじゃねえ!
俺には力がある。権力がある。
邪魔するのなら俺の前から奴等を消す事だって出来るんだ。
奴等は俺に逆らうことも出来ない。俺には奴等の痛みも傷も構う必要なんて無い。
一方的に排除する事だって出来るんだ!
…
仕事に疲れた俺は、酒に酔った頭を怒りに任せながら帰路についていた。
社会の中で力ある者が行う、抵抗不可かつ相手が傷付く事も、痛みを負わせる事も厭わない、一方的な破壊行為。
それはまさしく、暴力そのものであろう。
その時の俺は、それで良かった。
怒りと屈辱で我を忘れていた。忘れていたかった。
興奮収まらぬまま、俺は自宅のドアを乱暴に開け、中に足を踏み入れる。
…
…
…
は?
ドアを開けた俺は、目の前に広がる空間を見て、唖然とした。
…何処だ? ここは?
俺の目の前には、見覚えのない部屋が広がっていた。
六畳程の広さの、畳の和室。
驚く俺は、視線を回して部屋の中を眺め回す。
右手側には、小学生が使うような灰色の勉強机。
左手側には、押し入れの襖がある。
…部屋を間違えたか? いや、そんな筈はない。表札は確認したし、鍵も間違っていなかった。
じゃあ、ここはどこだ?
俺は後ろを振り向き、今自分が通ったドアを見る。
そこには、確かにドアはあった。
いや、ドアしかなかった。
まるで玄関口からドア扉だけをそっくり括り抜いたかのように、ドアしかなかった。
しかも、そのドアは毒々しい程のピンク色をしている。
…は?
俺は、このドアを通ってこの部屋に入ったのだろうか。
俺は何気無くドアノブに手をかけようとする。
すると、そのドアが何の前触れもなく、
足 元 側 か ら 消 え 去 っ た !
透明なペンキを足元から塗りたくなれたかのように、きれいさっぱり、ドア扉が俺に前から消失したのだ!
俺の目の前には、本来ならこの部屋の出入り口だと思われる襖があるだけ…。
…え?
なんだこれは?
俺は、今、どこからこの部屋に入ってきたんだ?
というか、ここはどこだ?
一連の異常事態に、俺の頭は混乱する。
その時だ!!
「ど う し た ん だ い…?」
声がした!
一見女性とも男性とも聞き分けのつかないような、かつ野太く間伸びした声が、部屋の中の、押入れの襖の奥から、聞こえた!
「ひい!」
俺は小さく叫び声を挙げる!
「ど う し た ん だ い…?」
俺の声の呼応するかのように、襖の奥から野太い声がもう一度室内に響く。
俺は、声のする押し入れを凝視する。
俺に視線の先で…、
襖が、
ゆっくりと、
開く。
そして、襖の開いた押し入れの中から…何かが、
1m程の高さの物体が、
のっそりと、
姿を、
現した…。
息を飲んだ。…俺は、その物体に見覚えがあったからだ。
…まさか…。
丸く青い巨大な球体。
それがその物体の『頭』だった。
その球体を、手足のついた人型の体が支えている。
球体には、人間の持つそれとは掛け離れたサイズの目玉と、赤く裂けた口があった。
胸と思われる部位には、半円型の白いポケットがくっ付いている。
呆然とする俺の視界の先で、その青い物体が口を開く。
人の頭なら丸呑みできそうなサイズだ。
真っ赤に開いた口が、言葉を発っする。
それは、人間の言葉だった。
「ど う し た ん だ い ?
… の ⚪︎ 太 君 ?」
物体が、その名前を告げた。
俺の名前ではない。だが、その名前に俺は聞き覚えがあった。
その時、俺の口が勝手に開き、俺の意思に関係なく、言葉を発っする!
それは、俺が幼い頃、今までテレビ画面の中から何度も聞いたことのあるフレーズだった。
「えーん、ドラ⚪︎も〜ん! ジャイ⚪︎ンが虐めるんだよ〜。」
…そう。俺の目の前にいるのは、見まごうことなき、国民的アニメの登場人物(ロボット?)、未来から来た猫型ロボット…
【ドラ⚪︎もん】だった。
そして俺は、その【ドラ⚪︎もん】に、自らの情けない境遇を嘆き続ける登場人物、【の⚪︎太君】だった…。
…
青く歪な体躯を持つ物体が近づいてくる。
その顔に類する部分にある真っ赤な口が開き、俺の名前を呼んだ。
「の⚪︎太君」と。
俺はなんとか冷静に、今自分が置かれている状況を整理する。
今、俺の目の前にいるには…、
その見覚えのある物体は…、
記憶を辿るなどしなくても、容易に名前を思い出せる。
それは、その姿は、間違い無く、ドラ⚪︎もん、その人(ロボット)だった。
顔に類する部分の中央には、真っ赤な円形の鼻がある。
なんでロボットの癖に鼻があるんだよ ! 何に使うんだよ! 猫型だからか?
首に吊るされた黄色い鈴は10cm以上ある。
無駄に大きい鈴だ。ネズミ除けになっているにしては役に立った所を見たことない!
両腕の先にある、真ん丸い手。
その手で、どうやって襖を開けたんだ?
不自然なサイズの、楕円形の足。
そいつが移動する度に、到底足音とは思えない、チャラチャラとした音が鳴る。
あれでどうやって歩くんだ? あの音はどこからするんだよ!
サ⚪︎エさんの、タ⚪︎ちゃんか!
何より、あの身体バランスで、どうやって立っていられるんだ? 頭、デカすぎるだろ!!
…いや。いやいやいやいや。ツッコミは後回しだ!
え…っと…。
今、このドラ⚪︎もんは、俺をの⚪︎太君と呼んだ。
俺は自分の身体の状態に把握に努めてみる。
…背が低かった。まるで子供だ。
眼鏡を掛けている。普段の俺は、眼鏡はしていない。子供の頃から使ったことはない。
黄色いトレーナーと、紺の半ズボン。
…どうやら俺は、の⚪︎太君、らしい。
じゃあ、俺は誰なんだ?
俺はの⚪︎太君。じゃあ、の⚪︎太君は俺なのか?
いや。いやいやいやいや。
…なんだって、いい大人がモラトリアム人間の様な事を真剣に考えなければならない!
そうだ。これは、夢なんだ! 夢なら全て辻褄が合う。
きっと、仕事に疲れて妙な夢を見ているんだ…。
夢よ、夢よ!覚めろ覚めろ!!
数秒、そう念じ続けてみた。
…念じてみたが、いっこうに目の前の景色が変わることもなく、目の前の猫型ロボットもいなくならない。
「なにやってるんだい? の⚪︎太君…。君は本当にバカだなぁ。」
うるせぇ!
聞き覚えのあるイントネーションで、ドラえもんが俺に話しかけてくる。
と、ドラえもんの言葉に反応してか、の⚪︎太君…俺の口が勝手に開き、ド⚪︎えもんに返事を返し始める。
「そ、そうだ! ド⚪︎えもん
!! ジャイ⚪︎ンが僕を虐めるんだよ…。なんとかならないかななぁ…。」
「何だそんなことか。いつものことじゃないか。よし、僕の秘密道具で、ジャイ⚪︎ンを懲らしめよう。」
過去、テレビの中で何度も見た、お馴染みのやりとりを、ドラ⚪︎もんとの⚪︎太君(俺)はしている。
…どうやら、俺はドラ⚪︎もんの世界での⚪︎太君になった夢を見ているようだ。
なら、怖いことはない。
そのやりとりを通じて、俺は少し安心した。
所詮、毎回1話15分のストーリーだ。
どうせ、調子に乗ったの⚪︎太君(俺)が秘密道具を使って暴走して、ドラ⚪︎もんが解決して、結果、の⚪︎太君が懲りる展開。
そんなお馴染みの展開で終わるはずだ。
…あぁ、大長編の映画版じゃないですように。
俺は心でそう祈る。
「じゃあ、秘密道具を出すよ。【スモールライトォ!】」
スモールライト?
解説不要の超有名な秘密道具キター!!
…だが、スモールライトを使って、どうしようと言うんだ?
「の⚪︎太君。君の身長はいくつだい?」
「え? 140cmだよ。」
「ジャ⚪︎アンの身長は?」
「えーっと、確か157cmだったかな?」
「その差は?」
「うーん。解らないや。」
「君は本当にバカだなぁ。17cmの差だよ。そんな計算、小学生低学年でも出来るよ?」
「はいはい。で、身長がどうしたんだい?」
「うん。つまり、このスモールライトでジャ⚪︎アンを小さくしてしまえば、君でも勝てるはずさ。」
「なるほど!さすがドラ⚪︎もんだ!」
「ヒーヒヒャハハハハハハ。」
…今のはドラ⚪︎もんの笑い声か? リアルで聞くと、文字に出来ない怖さがあるな…。
「で、どれくらい小さくすればいいかな?」
「ん? 君でも勝てるぐらいにするんだから、3cmぐらいでいいんじゃない?」
さ、さんせんち?! 3cm?
小さくしすぎだろ? 虫じゃないんだぞ!
「さすがに小さくし過ぎじゃないかな?」
俺の思考が移ったのか、の⚪︎太君が言葉を返す。
「そうかなぁ。解ったよ。120cmくらいでいいんじゃない? 小学一年生男子の平均身長だよ。」
…そうだよ。それぐらいでいい。
こうして、の⚪︎太君は、ドラ⚪︎もんの秘密道具【スモールライト】で、お馴染みの空き地にいたジャイ⚪︎ンの身長を小さくしてから、殴りつけ、仕返しを果たすのだった。
その光景は、まさに赤子の手を捻るかの如く、鮮やかにの⚪︎太君は、ジャイ⚪︎ンに勝利するのであった。
の⚪︎太君の拳…俺の拳に、幼い子供(の背丈のジャイ⚪︎ン)を殴りつけた感触が、リアルに残る。
俺にはそれが気持ち悪かった。
…
だが、次の日。
スモールライトの効果が切れ、本来の身長に戻ったジャイ⚪︎ンは、再びの⚪︎太君を殴りつけた。
「の⚪︎太のくせに、生意気だぞ〜!!。」
お馴染みのフレーズとともに、昨日の仕返しがの⚪︎太君を襲う!
その日、の⚪︎太君の部屋で。
「えーん、ドラ⚪︎も〜ん! ジャイ⚪︎ンが虐めるんだよ〜。」
と、の⚪︎太君はドラ⚪︎もんに泣きつく。
…どうやら、まだこのストーリーは、終わらないらしい。
くそ。
「よし解った。僕の秘密道具で、今度こそジャイ⚪︎ンを懲らしめよう。」
昨日と同じやり取りが繰り広げられている。
「【タケコプターァ!!】」
解説不要の超有名な秘密道具第二弾、キター!!
…だが、タケコプターを使って、どうしようと言うんだ?
それは空を飛ぶ道具じゃないのか?
「まず、君はこの道具を使って、ジャイ⚪︎ンを空へ持ち上げる。」
「うんうん。」
ドラ⚪︎もんの解説に、の⚪︎太君は相槌を返す。
「そのまま100mぐらいまで上昇。」
「うんうん。」
「地上から100mの空で、ジャイ⚪︎ンから手を離す。」
「うん!」
「ジャイ⚪︎ンは落下。なす術もなく、時速150kmで地面に激突。」
「おお!」
「落下の衝撃に耐えられず、見事ジャイ⚪︎ンの身体はぺっちゃんこ!。 どうだい?」
…え?
いやいやいやいや。
それって、ジャイ⚪︎ン、死んじゃうんじゃないのか?
「…ねえ、ドラ⚪︎もん?」
「なんだい、の⚪︎太君?」
「それって、ジャイ⚪︎ン、死んじゃうんじゃないの?」
「? 何か問題があるのかい?」
「うーん。ちょっとやりすぎじゃないかな?」
「もう。君は心配性だな…。よし解ったよ。じゃあ、この秘密道具を使おう!」
そう言って、ドラ⚪︎もんは腹の白いポケットに再度手を突っ込み、ゴソゴソと探る。そして、
「【タイム風呂敷ぃ〜】」
解説不要の超有名な秘密道具第三弾、キター!!
…で、それでどうするんだ?
「これを使えば、潰れてひしゃげて、人体の形を保っていない程バラバラになったジャイ⚪︎ンでも、何事もなかったように元通りさ!」
「なーんだ。それなら安心だ!」
おいおいおい! それで納得するなよ!
こうして、の⚪︎太君は、再度、ジャ⚪︎アンの仕返しに向かった。
タケコプターを装着したの⚪︎太君は、上空から猛禽類が獲物を捉えるかの如く、お馴染みの空き地に佇むジャイ⚪︎ンに向かって滑空!
ジャイ⚪︎ンを掴み上げると、そのまま猛スピードで上昇。
虚を突かれた形のジャイ⚪︎ンは、叫び声一つあげる間も無く、なす術もなく地上100mの空まで連れ去られる!
予定の高度まで上昇したの⚪︎太君は、ジャ⚪︎アンを抱えていた両の腕を突然に離す。
…の⚪︎太君の腕から…俺の腕から、人一人分の重さが消失した。
高度100mの空で自身の身体を支えるものを失ったジャ⚪︎アンは、そのまま時速150kmの速度で地上に向けて真っ直ぐ落下!
ここにきて、ジャイ⚪︎ンは始めて叫び声を挙げる。
だが、落下の速度と空気の抵抗によるドップラー効果で、その叫び声は音声のていを成さず、ただの不快な風きり音でしかなかった。
…そして、空き地の黄土色の地面に、放射状に紅い花が咲いた…。
近くの空で様子を見ていたドラ⚪︎もんも、作戦の成功に思わずガッツポーズ!
そのままドラ⚪︎もんは、地面に広がる血痕の中心にあった真っ赤な1m程の肉塊に、紫色の布切れ…タイム風呂敷をかける。
風呂敷を取り除くと、あら不思議。傷一つないジャ⚪︎アンが、先程と同じように、空き地に佇んでいた。
…だが、茫然自失の表情で空を眺めるその視線には、恐怖の感情が映っていた。
おそらく、今、自分に生じた落下の恐怖と、身に起こった落下の衝撃の記憶を、脳内で反芻しているのだろう。
ここに、の⚪︎太君とドラ⚪︎もんの、二度目の仕返しは、成ったのだった。
…
だが、まだこの物語に終わりは来なかった。
次の日である。
この日、朝から学校の教室の空気は冷たかった。クラスメイト同士の言葉数も明確に少ない。
なぜだろうか?
そう。この日が来ることを、の⚪︎太君や友人達は数日前から恐れていたのだ。
それは、まさに恐怖の来訪。
逃れることの出来ない拷問の時間。
ジャイアン究極の暴力。周囲十数mにダメージを与える音波兵器。
人はこう呼ぶ。今日のこの時間を。
【恐怖のジャイ⚪︎ンリサイタル】と…。
…
自宅に戻って早々、の⚪︎太君はドラ⚪︎もんに泣き付く。
「ドラ⚪︎もーん! ジャ⚪︎アンのリサイタルに行きたくないよ〜。しかも、ジャ⚪︎アン、昨日のお礼だって言って、僕をステージの最前線に縛り付けて聞かせるんだってさ〜。」
「ああ、そうなんだ。ジャ⚪︎アンも、ついに自分の空前絶後の音痴さと戦略兵器並みの愚声による人体に与える被害に気付いたのかな?
人間は160db以上の大きな音を聞くと、鼓膜が破れたり、耳の中のコルチ器官が破壊されたりしちゃうからね。ロボットの僕は関係ないけど。」
「そんな薀蓄はどうだっていいよ〜。助けてよ〜!」
「よし、解った! リサイタルを止めさせよう!」
そう言って、ドラ⚪︎もんはお馴染みの動作でポケットに手を入れる。そして、
「【92SB-F ピエトロ・ベレッタァ〜】」
黒光りする鋼鉄の塊を取り出す。
おお! 説明不要の秘密どう…ぐ…、じゃないよな、あれ?
「この自動小銃はね、世界中の警察や軍隊で幅広く使われているタイプでね、現在はアメリカ軍の制式採用されてるんだ。第二次世界大戦で広く使われた15発の9x19mmパラベラム弾を装填できるんだよ。使い易さは折り紙付きだ!」
「うんうん。」
相槌を打つの⚪︎太君。
「これを、リサイタルの準備をしていて油断しているジャ⚪︎アンに向ける。」
「うんうん。」
「眉間に照準を合わせて、後は引き金を引くだけ。」
「うん!」
「頭部を撃ち抜かれたジャイ⚪︎ンは、死ぬ。」
「おお!」
おお!じゃねえよ!
ただのピストルじゃねえか! 秘密道具ですらねえよ!!
俺はそう心の中で叫ぶ。
「君は射撃の腕だけなら、ピカイチだからね。神様は、虫けらにも才能を与えるものなんだよね。優しいな〜、神様って。」
「うん。目標に標準を合わせて引き金を引くだけ、だね。楽勝だよ!」
秘密道具じゃない事に疑問を持てよ!
俺の突っ込みは、誰に聞こえることもなく、芥のように虚しく消え去る。
同時に、俺に、一つの疑問が浮かんだ。
ここは、夢の世界だ。いわば、ドラ⚪︎もんの世界を追体験しているだけのはずだ。
…だが、ここは本当に、ドラ⚪︎もんの世界なのか…?
…
の⚪︎太君の射撃は、設定?の通り、優秀だった。
ただ一発の銃弾が、ジャ⚪︎アンの眉間を貫き、脳漿が空き地に舞った。
ステージに、黄色と赤の粘つく液体が花火のように降り注ぐ。
その光景を見た待機中の観客は、リサイタルが中止になった事に喝采を飛ばす。
地獄のジャイ⚪︎ンリサイタルは、その開演の前に、最高の盛り上がりと感動のクライマックスを観客に与えたのだった。
…ちなみに、ヘッドショットで即死したジャイ⚪︎ンだったが、その後タイム風呂敷で元通りである。
…
翌日。の⚪︎太君とドラえもんは、ジャイ⚪︎ンに呼び出されて空き地に向かう。
「どうしたんだろうね、ジャ⚪︎アン。まだ懲りてないのかな? 二度も殺したのにね。」
「うん。僕の秘密道具を使えば、勝ち目なんて100%無いのにね。22世紀から来た僕に、20世紀の原始人の子供が抗うことなんて不可能なのに…。」
お馴染みの空き地には、ジャイ⚪︎ンともに、もう一人、人影があった。
のび太君の目を通して見たその人影の姿に、俺は驚く!
赤く巨大な球体型の頭部。不釣り合いな短い体躯。
そのシルエットには、見覚えがあった。
だが、何かが決定的に違った。
浮かべる邪悪な微笑み。
釣りあがった三白眼。
天を衝く三角毛の両の耳。
なにより、全身を染める赤い極彩色。
それはまさに、【紅いドラ⚪︎もん】だった。
…
「ぐっふっふ。こいつの名は【ノラエもん】だ。」
くぐもった笑い声を挙げるジャ⚪︎アン。
「「ノ、ノラエもん〜!!」」
ド⚪︎えもんとの⚪︎太君は、ジャイ⚪︎ンの隣にいる真紅の猫型ロボットの登場に、声を合わせながら飛び上がって驚く。
「このロボットはな、22世紀の秘密道具による俺の危機を聞き付けた未来にいる俺の孫が、俺の護衛の為に未来から送り込んできたロボットなのだ!」
「「な、なんだって〜!!」」
ジャイ⚪︎ンの説明に、申し合わせたかのように、驚きの声を挙げながら跳ねる二人。
この二人、息ピッタリである。
テレビで見た事のないキャラクター・ノラエもん。どうやら伏せ字のようだ。
…だが、ノラエもんの登場での⚪︎太君に優位性は崩れたのは事実だ。
これからどうなる!
「…あの赤い狸ロボットは、敵だ! 僕らの敵だ! の⚪︎太君! ベレッタで撃ち殺せ!」
「うん!」
そう言ってドラ⚪︎もんは、抜刀術のような速度でポケットからベレッタを取り出すと、の⚪︎太君に素早く渡す。
…今、自分で狸型って言ったよな…。
ベレッタを受け取ったの⚪︎太君は、ノラエもんに銃口を向け狙いを済ます。
「そうはいくものか! ジャイ⚪︎ン、これを使うんだ! 【絶対当たる銃!】」
ノラエもんも負けじとポケットを探り、拳銃型の秘密道具を取り出しジャ⚪︎アンに渡す。
絶対当たる銃…。効果は説明不要だろう。
対峙する、の⚪︎太君とジャ⚪︎アン。両者はほぼ同時に引き金を引き、二つの銃声が空き地に轟く。
…そして。暫しの対峙の後、先に地面に伏したのは、
…の⚪︎太君だった。
流石の、の⚪︎太君の天才的な射撃能力も、絶対命中を約束された未来の道具には叶わなかったのだ。
銃弾で胸を貫かれたの⚪︎太君は、地面に平伏しながらもがき苦しむ。
肺を撃たれたのだ。
の⚪︎太君の受けている痛みを、俺も同時に体感する。
胸が焼けるよに熱い!!
息が出来ない!
空気を求めて、俺の口は酸素の不足した金魚のように口をパクパク開けながらもがき苦しむ。
だが、割れた風船のようになった肺胞が酸素を取り込むという機能を果たすことはなく、俺の足掻きは徒労に終わる。
痛みと出血、酸素の不足と四肢を支配する冷たさの中で、俺の頭は朦朧とし、意識が混濁しいく。
霞む視界の中で、もがき苦しむ俺をニヤニヤと嫌らしい笑い顔を浮かべながら見つめる、ジャイ⚪︎ンとノラエもんの姿が、垣間見えた…。
視界が闇に閉ざされる。
痛みも苦しみも、暑さも冷たさも、少しづつ感じなくなってきている。
早く! 早く! この苦しみが終わるなら、なんでもいい!
俺は、ただ一刻も早く苦しみの時間が終わりと告げるのを待ち望んだ…。
と、その時、俺の視界が一瞬、暗幕をかけられたかのように闇に包まれる。
次に明るさが目に飛び込んで来た時。
俺の痛みも苦しみも、熱さも冷たさも、綺麗にさっぱり消えていた。
「タイム風呂敷で元通りさ!」
紫の布切れを手にしたドラ⚪︎もんが、俺の近くに立っている。
「大丈夫だよ、の⚪︎太君。ノラエもんがどんな道具で君を殺しにかかっても、直ぐに僕が元通りに治すから!」
「あ、ありがとう! ドラ⚪︎もん!」
「よーし。今度はこちらの番だ! 」
「で、でも、あんな絶対当たるピストルに勝てるわけないよ〜。」
「大丈夫だよ。あんな豆鉄砲、大したことはない!」
「で、でも…、」
俺の脳裏に、先程の痛みの記憶が蘇る。
勘弁してくれ…。
「の⚪︎太君! これを使うんだ!」
俺の躊躇いなど全く意に介する事なく、ドラ⚪︎もんは新たな道具をの⚪︎太君に手渡す…、というか、設置する。
「【コルト・ブローニングM1895重機関銃ぅ〜!】。
これは、30口径の銃口から毎分550発の弾丸を発射できる優れものだ!。いいものだよ、これは。この機関銃の弾幕にかかれば、相手の小口径の自動拳銃なんて、イチコロだよ!」
イチコロだよ! じゃねえよ!
うっとりと、黒光りする重厚な機関銃を眺めながら、ドラ⚪︎もんは今取り出した道具の解説をする。
もう秘密道具であることすら躊躇いがないようだった。
「うん!」
の⚪︎太君は、そう言って重機関銃が持つその破壊性能とは裏腹に小さく簡単に弾けるトリガーに触れ、人体など簡単に肉塊にできる金属の弾幕の引き金を引く。
耳を劈くような銃撃音。十数秒の斉射。
その後に残ったものは、原型をとどめない程の破壊された、大柄な小学四年生の亡骸だった。
俺の手には、金属の弾丸をこれでもかと打ち出した重機関銃の斉射の振動による衝撃が残っている。
…だが、ノラエもんが取り出したタイム風呂敷で、ジャイ⚪︎ンは元通りである。
「よくもやってくれたな〜。よーしジャイ⚪︎ン、これを使うんだ! 【空気バズーカー!】」
直径30cm程の黒い鉄の円柱を腕にはめるジャ⚪︎アン。
その200口径はありそうな銃口から吐き出される、空気に塊の破壊力は、2mの鉄の塊すら吹き飛ばすほどの破壊力がある(wikiより)。
視感できない破壊の砲弾が、の⚪︎太君は貫く!
いや。貫くなんて生易しいものではない。
その衝撃は、の⚪︎太君の腹部を抉り、四肢を千切り飛ばす!
その痛みは、先程の胸を貫く弾丸が与えたものとは比べもにならない!
辛うじて意識を保っていたの⚪︎太君であったが、自身の千切れた四肢が血みどろの地面にボロ雑巾のように落ちている光景を目の辺りにし、一瞬で目の前が暗転した。
しかし、「タイム風呂敷ぃ〜」で元通りである。
だが…、体は元通りになったとしても、俺の脳裏から、二度も味わった死の苦痛は、消えない。
「くそ〜、ノラエもんめ、やってくれたな! の⚪︎太君、負けちゃダメだ! これを使え! 【熱線銃ぅ〜!】」
ライフル型の銃をの⚪︎太君に手渡す。
「この道具は、見た目はスナイパーライフルだけど、最大火力で発射すれば、例え相手が軍隊でも負けない! その威力は建築面積100㎡・5階建ての鉄筋ビルを蒸発させることだってできる。爆薬6200t分の破壊力だ(wikiより)!。以前、鼠を殺すために使おうと思ったんだけど、ママに止められてね。」
物騒な道具だが、使い方が嫌に生々しい…。
だが、小学生一人殺すのに、爆薬6200t分の破壊力って…。
「さあ、タケコプターで上空から狙撃しろ!」
爆発予想範囲から離れたの⚪︎太君は、得意の射撃能力を再び活用し、上空からジャイアンを狙い撃つ!
いや。乱れ打つ!
一発。二発!。三発!!。
その度に上がる爆炎と破壊音。
の⚪︎太君が地面に降り立った時にはすでに、ジャイ⚪︎ンの姿は無かった。
爆破により、跡形もなく消し飛んだのだ。
いや。ジャイ⚪︎ンだけではない。
空き地を爆心地に、半径100m程の地面は抉り取られ、周囲の民家も、その住人も、跡形も無く吹き飛んでいた。
唯一見つけられた痕跡は、ジャイ⚪︎ンが普段から着ていた黄色のトレーナーの切れ端だけである。
その切れ端に、ノラエもんはタイム風呂敷をハラリとかける。
その数秒後。
街も人も。空き地も。
そして、ジャイ⚪︎ンも。
何事もなかったかのように、元通りになっていた。
飽きるほど見た光景である。
三度(みたび)、ノラエもんはポケットを探る。
今度は何の殺戮兵器を出すつもりなのか?
ノラエもんの様子を見て、俺の隣にいるドラ⚪︎もんもポケットをいじり始める。
…切りが無い。
その終わりのないやりとりに、俺はうんざりしていた。
…夢なら早く覚めてくれ! もう死ぬにはたくさんだ!
俺は夢の終わりを切に願う。
ド⚪︎えもんが、ポケットの開口部分の寸法を無視して電話ボックスサイズの秘密道具を取り出した。
「【もしもボックスぅ〜。】これはね、世界を君が望む形に作り変えることが出来る秘密道具なんだ!」
…知ってるよ。
キターーなどと言うテンションはもう無い。
「この道具を使って、君はジャイ⚪︎ンをこの世から消してしまうんだ!」
…なるほど、それは良い手だ。はぁ。
「さぁ、ジャイ⚪︎ンに仕返しをするんだ!」
…もう好きにしてくれ。この仕返しのやり合いが終わるなら、なんでもいい…。
「うん、解ったよ、ドラ⚪︎もん!」
の⚪︎太君は、意気揚々と電話ボックスの中に入り、受話器を手に取る。
そして、受話器に向かって、の⚪︎太君は…、俺は、願いを口にする。
「ジャイ⚪︎ンをこの世から消して…」
その時、の⚪︎太君の、いや、俺の言葉が止まる。
俺の中に、躊躇いが生まれた。
本当に、これでいいのか?
殴って、殴られて、
撃って撃たれて、撃ち殺されて、
死んで殺され、生き返させられて、
やったぶんだけ、仕返しされて、
もし、ここでジャイ⚪︎ンを消したとしても、きっと再び、蘇る。
そして、ジャイ⚪︎ンはのび太君に、仕返しを…報復を行う。
…『やったら、やり返される』
この報復の連鎖は、何時迄まで、何処まで、続くのだろうか?
暴力から生まれるものは何も無い。
報復の連鎖は何も生まない。
我が身を削る。
ただ、それだけ…。
その時である!
ドラえ⚪︎んが叫んだ!
「まずいよ、の⚪︎太君! あいつら、【独裁スイッチ】を使うつもりだ!」
その声に、俺はジャイ⚪︎ン達に目を向ける。
ジャイ⚪︎ンの手には掌サイズの赤いボタンが乗っていた。
…あれは確か、選んだ相手を強制的にこの世界から消し去る道具…。
ジャイ⚪︎ンの指がスイッチを押す。
ジャイ⚪︎ンとノラエもんが、醜悪な笑顔を俺に向ける。
俺は声も出せずに、その光景を見ているだけで…、
その瞬間、
…
俺は、世界から、消えた。
…
…
…
…
…
…
…
…
…
…
終わり
作者yuki