個性しかない流浪の同居人に取り憑かれてから早5ヶ月が経ったある日──。
nextpage
珍しく早く仕事が片づき、翌日は休みという半年に一度あるかないかのグレイテストハッピーデイに、若干テンションがおかしくなりながら帰宅する。
「ただい……」
コンビニ弁当を携えて玄関に入ると、いろいろ特殊な同居人レイコが、ろくでもないことを企んでいる時の顔で私を出迎えた。
「おかえりなさい!」
イヤな予感しかしない私に、レイコが死人らしからぬ満面の笑みで言った。
「U子さん!明日はお休みですね!」
「あぁ…うん」
得体の知れない不安に襲われる私を他所に、レイコはいつもの調子で何事かのたまう。
「今夜は夜ふかしして、女子会なるものをします!!」
「何で決定事項?!私の意思確認は?」
「またそんな水くさいこと言って……」
それは提案する側のセリフではない。
よく見れば、今夜のレイコはいつものクソダサい服ではなく、私のお気に入りのパジャマを着用している。
「ちょっ!それ、私のパジャマじゃん!」
「U子さんがいつまで経っても着ないので、お借りしました♪」
それは今後、来るべきお泊まりの日に着るために大切に取っておいたヤツ……。
「U子さん、いつもTシャツで寝てるから、このパジャマさんが可哀想なんですもん」
「それは大事な日のために取っておいてるんだ!脱げ!!直ちに!!」
「やだ……U子さんたら、夜はこれからなんですから、焦らないでくださいよ」
何の勘違いをしてるんだ……私にそんな趣味はない。
バカに何を言ってもムダだし、言うのも疲れるだけなので無視することにした。
「とりあえずU子さん、お風呂にしますか?ごはんにしますか?……それとも」
「メシ食ってから風呂に入る。それともはナシだ」
「はい」
帰る度に変な知識を増やしてやがる……ネット禁止にしようかな……。
さっさと弁当を食べ、ゆっくり風呂に浸かると、リビングでレイコが正座で待っていた。
「U子さん、お待ちかねの女子会しますよ!」
「女子会ってなんだよ……待ってもないし」
「今夜は二人、水いらずで朝まで語り合おう!って流れですし」
「死人と何を語らうの?あんたと朝まで話すことなんてないんだけど」
いつものように冷たくあしらうが、いつものようにめげやしない。
「じゃあ、世の女子会では何をするんですか?」
「わからずに始めようとしてたのかよ……まぁ、アレだ。仕事の愚痴やらクソくだらねぇ恋バナとかだな」
「じゃあ、ソレで」
アルティメット能天気か!
立場と状況を未だに把握していないレイコに、私は引導を渡してやることにした。
「あんた、死人で引きこもりの無職じゃん?仕事も出会いもないのに話題なんかあんの?」
「専業主婦にだって愚痴くらいありますよ!」
「専業主婦?ただの居候じゃねぇか……いいように言うなよ」
呆れメーターが振り切って一回転している私に、レイコは毎度の泣き落としをかましてくる。
「わたしはいつも頑張ってくれているU子さんを労おうと一生懸命考えてるのに……」
「ありがたいけど、あんたの一生は終わってるよね?」
レイコが私の言葉にハッ!!とする……一連の流れは今日も健在だ。
「いや、ハッ!!じゃねぇよ……そろそろ理解しような」
私が風呂上がりの発泡酒の缶を開けると、レイコは伏し目がちに口を開いた。
「……わたし、過去の記憶がないじゃないですか」
「らしいね」
「わたしも生きていた頃は友達がいたはずなんですよ……」
「底抜けのポジティブだね……あんた」
「そういうことをしたら、もしかしたら記憶が戻るんじゃないか……そう思うんです」
確かに、レイコの過去には興味がある……何処で生まれて何をして育ち、何処をどう間違えたらこんな風に出来上がるのか。
「わかったよ……じゃあ、女子会というかパジャマパーティーにするか」
「パジャマパーリー?」
「何でそこだけネイティブなんだよ……ちょっと待ってな」
世話の焼けるレイコのために、押し入れにしまっていた一張羅のパジャマその2を出して着替えた。
「……さてと。じゃあ、始めるか」
「はいっ!何からしましょうか?とりあえず、おふとんに入りますか?」
「何のつもりだよ……ピロートークじゃないんだよ?そういうのは、一戦終えたつがいがやるもんだ」
「一戦ですか……U子さんとは戦いたくないです。大切な友達だから」
「私もゴメンだ……いろんな意味でな」
トンチンカンなレイコの向かいに座り、発泡酒をあおると、レイコに言った。
「要するに、仲のいい友達が夜通し楽しいことをするのが、パジャマパーティーだ」
「なるほど!一夜を共にするんですね!」
「うん、言い方に語弊しかないけど、そんなところだな」
説明するのがめんどくさい私は、サラッと流して次に移す。
「何をして夜を明かすか、これが重要なんだけど、あんたは何がしたい?」
私の質問に、レイコはウキウキしながら考えた。
「普通はどんなことをするんですか?」
もっともな疑問に、私は体を反らせた。
「そうだなぁ……普通はいろいろ話して過ごすのが基本なんだけど……」
天井を見ながら、ふと思いついて、レイコを見つめて言った。
「これは、私が友達から聞いた話なんだけどね」
「はい」
レイコはニコニコしながら、私を見つめ返して話に耳を傾け始める。
「私が純情可憐なJKだった頃、他校のヤツが駅のコインロッカーに荷物を預けて遊びに行こうとしたそうだ」
「何で一回帰らないんでしょうか……」
ちゃちゃを入れるんじゃないよ……レイコのクセに。
私はレイコを鮮やかにスルーして話を続けた。
「そこで、JKは子供のすすり泣く声を聴いたんだ」
「いけない!迷子さんでしょうか?迷子はツラいですからね」
「あんた、迷子だもんな……いい年こいて」
うっかりレイコの言葉に反応してしまい、気を取り直して話に戻る。
「女の子は声のする方で小さな男の子を見つけて、声をかけたんだ……『どうしたの?』って」
「親御さん見つかるといいですね」
のんきなレイコは、こんな有名な話を知らないらしい……これはチャンスだ!と、私は思いながら話を続けた。
JKと男の子のやり取りを雰囲気たっぷりに伝え、すっかり話にのめり込んでいるレイコを指差し、トドメの一言を放った。
「オマエだー!!」
nextpage
レイコの悲鳴を期待していた私に、レイコはキョトンとして言う。
「え?わたしじゃないですよ?」
そんなことわかってるよ……そういうことじゃないんだよ。
空気の読めないレイコにすっかり興ざめした私は、今しがたの5分くらいを後悔しながら発泡酒を一気飲みした。
「結局、親御さんは見つかったんですか?」
「知らねぇよ……」
部屋を支配する重苦しい空気も気にせず、レイコはパソコンを指差して言う。
「何か映画でも見ませんか?泣ける映画とか」
「あぁ……たしか、前に録画したのがあったな」
私は、いつ何を録ったのか不明なディスクを再生した。
再生した途端、画面いっぱいに某有名な黒髪ロングの白ワンピース女のアップが出た。
「ヒィヤァァアアア!!」
私の目の前では、ガチのオバケが偽物オバケにビビるというトリッキーな場面が繰り広げられ、私は腹筋が割れた。
一旦、映画を止めると、レイコが息を荒くしながら胸を押さえて言う。
「あービックリしました……心臓が止まるかと思いましたよ」
「とうの昔に止まっただろ?今じゃ体すらないのに」
冷静にツッコんだ私に、レイコは「そうでした」と納得してから、キッと睨み付けてきた。
「U子さんっ!わたしがオバケ嫌いなの知ってるのに、そんなイジワルして!呪いますよ!!」
「もう呪われてるじゃん……私」
一番いい場面で再生してくれたパソコンに心からグッジョブを送り、せっかくだから最初から見ることにした。
どうせ暇だし。
モニターに映る偽オバケを、座布団をかぶってビクビクしながら見ているホンモノオバケの対比は、なかなか見応えがあった。
何だかんだ一本見終えたレイコは、震えながら私に言った。
「U子さん……わたし、7日後に死んだりしませんよね?」
「それ以前に死んでるんだから大丈夫だろ?」
こんなにビビりなオバケもいるんだなぁ……なんて思いながらレイコを見ると、レイコはビビり疲れた顔をして私に言う。
「パジャマパーリーって、こんなことするんですね……わたし、日本が心配になってきました」
「全員がホラー映画を見てるわけじゃないよ」
あたりめをかじりながら缶チューハイに手を伸ばし、プシュッと開けてレイコの前に置いてやった。
「わたし、お酒は飲めませんよ」
「雰囲気だけでも女子会したいだろ?女子会は酒を飲むんだよ」
「そうなんですね。ありがとうございます」
レイコは置かれた缶チューハイに鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅いだ。
「クスリくさいですね」
「ある意味、薬ではあるな……飲んでみる?」
「じゃあ、ちょっとだけ……」
そう言うと、レイコは当たり前のように私の額にズブリと人差し指を差し込んだ。
これは何度やられても気持ち悪いものだ。
私はレイコに指を差し込まれたまま、缶チューハイを一口飲んだ。
すると、レイコは顔を歪ませて、額から指を抜き取り、ペッペッとした。
「一瞬はフルーツの香りがしていいんですが、後から変な味が襲いかかって来ますね……何が美味しいんですか?こんなもの」
気を使って発泡酒は避けたけど、どうもお気に召さなかったようだ。
「大人になればわかるって」
「そういうものですかね……お水の方が100倍美味しいと思いますけど」
お供え物に文句を言うとは、なかなか生意気なヤツだ。
そう思ったが、口には出さないでおいてやった……あとがめんどくさくなるから。
とりあえず、口の減らない死人のことは放っておいて、私はこれからの時間潰しをどうするか考えた。
朝まではまだ長い……。
今だかつて、こんなにも朝が来るのを待ち遠しく思ったことはないと思う。
nextpage
「ねぇ、U子りん」
は?
私は生まれて初めて言われた単語に耳を疑った。
どうやら目の前の向こう側が透けている女が言ったことは間違いないようだった。
「U子りん、わたしにもあたりめちょーだい」
レイコの様子がおかしい……いや、いつもおかしいが、もっとおかしくなっている。
「あんた、どうしたの?」
おそるおそるレイコを見ると、ほんのり桜色になっている。
まさか、生き返る気か?!
アホな心配をしてしまったことに気づきながらも、レイコはあたりめをつかんで口に持っていく。
「U子りん!ポッキーゲームしよ?」
「バカなの?それ、イカのミイラだよ?それより、そのノリが許されるのは三次会からだし」
私は、レイコのダイナミックな突然変異に面食らって、そもそも同性同士でやることではないという根本的なことをすっ飛ばしてしまっていた。
それくらいビックリした。
「まさか……あんた、酔っぱらってる?」
「ちょっとぉ!そんなわけないじゃーん♪まだ宵の口だよ?」
酔っぱらってやがる……死んでるのに。
「ウソでしょ?」
私は、死人も酔っぱらうという、どうでもいいことを初めて知ることになってしまった。
「ねぇねぇ!U子りんは好きな人とかいるの?わたしはいるよ!桃太郎侍!!」
「おばあちゃんかよ……」
「あー!わたしにだけ言わせといて自分は言わないとかズルーい!!U子りんも言いなさいよぉ!」
コイツ、めんどくせぇ……。
「ほらほら!わたしも言ったんだから恥ずかしくないでしょ?」
執拗に食いついてくる酔いどれの悪霊に、私は激しく困惑した。
「特にいないよ!うるせぇなぁ!」
「さては、仕事が恋人とか言っちゃう系?そんなんじゃ彼ぴっぴ出来ないよ?」
クソみたいなワード覚えやがって……ネットは禁止だな。
「レイコ、一回横になりな」
「何?襲う気?」
「死人を襲う生者がいるか!いいからさっさと横になれ!!」
へべれけまっしぐらの悪霊を相手してやれるほどの気力も体力もない私は、どうにかコイツを眠らせようと画策した。
あわよくば成仏させたい。
nextpage
「1分カウントゲームしよう!」
「1分カウントゲーム?」
よし!アホが食いついた!!
「そう!暗いところで目を閉じて、1分カウントするんだ……より1分に近い方が勝ちだ」
「ナニそれ!面白そう!!」
この機を逃してなるものか!
私はサッと押し入れを開け、レイコにさっさと収まるように言った。
「1分経つまで出てくるなよ?」
「U子りんは?」
「私は時計係だよ。正確に1分見なきゃならんでしょ?」
「おっけー♪ウフフ」
ローラかよ。
シラフでもウザいのに、酔ってウザさに拍車がかかりやがって……。
私が押し入れの戸を閉めた瞬間、レイコは閉めた戸からニュッと顔面を出してきた。
「1分経った?」
「まだだよ……このペースで1分経ったら、来年お婆ちゃんになっちまうだろうが」
「U子りん、おもしろーい」
上機嫌な浮浪霊に少しだけ殺意が沸きつつ、どうしようもないので我慢して押し入れに戻るように促すと、レイコは割かし素直に戻っていった。
「ちゃんとリラックスして、雑念を棄てろよ?」
「おっけー♪」
私はレイコが永眠…はしてたんだった……おとなしくなるよう、私史上最大の強い祈りを込めた。
くれぐれも音を立てないように息を止めること13秒、押し入れからスースーと寝息が聴こえてくる。
コイツ、いっちょ前に寝息なんて立てやがってたのか……知らなかった。
私はそのまま、くノ一さながらに気配を消しつつ、レイコにお供えした缶チューハイを一気に空けて一息つく。
世のお母さん方は、きっとこんな大変なことを毎日してるんだろうなぁ……なんて、世話のかかるオバケが住まう押し入れを見ながら、私は独り感慨に浸るのだった。
作者ろっこめ
何やかや、ようやく書き上げて忘れてたのを思い出し、ノーチェックで投稿させていただきます!(定期)
次は、ちょっとだけ怖そうな『奇告蒐集』を書き始めたいと思います。
たぶん、ちゃんとします!!