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声なき声 【A子シリーズ特別編】

長編15
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声なき声 【A子シリーズ特別編】

 大学卒業から6年後──。

 突然、A子から『同窓会をしよう!』という一行メールが来ました。

 A子と会うのは、A子の結婚式以来だから2年ぶりか……。

 少しノスタルジアに浸りながら、淡々かつ粛々と仕事をこなして有給を出すと、すんなりOKが出ました。

 普段からイイコにしてると、こういう時に光りますね。

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 同窓会当日、会場となるA子の屋敷へ向かうため、朝早い新幹線に乗り込みました。

 新幹線内で朝ごはんを済ませつつ乗り換えを経て、私はついに懐かしの無人駅に到着しました。

 あの頃よりは少し栄えた駅前に出ると、何だか派手めなスポーツカーが一台停まっています。

 こんな田舎に似つかわしくない真っ赤なポルシェに目を奪われていると、運転席から白くて細い手が伸びてきて、私に手招きしているようでした。

 続けざまに出てきた顔がグラサンを取り、私に微笑みかけると、私も思わず笑顔になります。

 「久しぶりやな!元気にしとった?」

 「雪さん!お久しぶりです!」

 私は車に駆け寄って、雪さんとの久々の再会を喜び合いました。

 テンションメーターが振り切った雪さんが、何だか熱烈なキスをしてきそうな勢いで迫って来たので、若干後ろに身を反らせていたのは内緒です。

 大学卒業後、雪さんは法医学者になり、地元の大学病院に勤務して多忙を極めていると聞いていたので、本当にビックリしました。

 「ま、乗りぃや♪」

 雪さんが親指でクイッと助手席を差すので、私も遠慮なく隣に乗り込みます。

 予想に反してゆっくりと走り出したポルシェに安心しながら、私は雪さんに話しかけました。

 「雪さん、よくお休み取れましたね」

 私からの問いに、雪さんは快活に笑いながら答えます。

 「医者かて人間やからな、休みはちゃんとあるんやで?労働時間はイカついけど……」

 「それを聞いて少し安心しました」

 車は舗装された田舎道を安全運転で走り、車窓では山と刈り入れ前の田んぼが流れていきます。

 「ホンマ…大阪は、よぅ人が死ぬなぁって思うわ。このペースだと10年後には3人くらいしかおれへんようになるんちゃうか?」

 大阪では戦争でも起こってるんですか?

 大阪人特有の盛り過ぎな話への冷静なツッコミを内に秘め、私が愛想笑いを返していると、雪さんは口を尖らせて「なんやノリ悪いなぁ……」と少し不満そうです。

 そうこうしている内にA子邸に到着した私達は、厳かな門の前に車を停めると助手席側にいた私が降りて門を潜り、中へ声をかけに行きました。

 「ごめんください」

 立派な戸を開けて声をかけると、中から着物をビシッと着こなしたA子母がニコニコしながら出迎えてくれます。

 「あらあら、遠いところからようこそお越しくださいました」

 「お久しぶりです!もう一人の友達と車で来たんですが、どちらに駐めればよろしいでしょうか?」

 私がそういうと、A子母は顔を劇画調に変貌させてパンパンと二度手を打ちました。

 「権七!!お客様のお車を裏の駐車場までご移動して差し上げな!大至急だよっ!!!!」

 「へいっ!!奥様!!!!」

 鬼気迫るA子母の号令で、小柄なお爺さんが忍の如く奥から現れて私の前に立つと、深々と一礼して言いました。

 「お嬢がお世話になっておりやす!で、お車はどちらに?」

 「げ…玄関の門の前に……」

 私の言葉を食いぎみに察して、権七さんは私の横をすり抜けて門へと走って行きます。

 「ちょ!何してんねん!!」

 門から雪さんの声がしたので行ってみると、車から降りた雪さんの横で、屈強な男衆が御神輿よろしく毛布にくるんだポルシェを担ぎ上げようとしていました。

 「場所さえ言うてくれたら、そこまで車で行くし!!」

 雪さんの声も空しく、男衆はポルシェをエッホエッホと運んで行きました。

 呆然と見送っていると、A子母が元の人懐っこい笑みに戻って、私達を家の中へと案内してくれました。

 「何なん!ココ、何なん!?」

 困惑を隠しきれない雪さんに同調しつつ、奥座敷へと入った私達を、少し髪の伸びた背中越しにA子がニヘラと笑って迎えてくれます。

 「久しぶりだね」

 「ホント、久しぶり」

 振り向いて立ち上がったA子を見て、私は驚愕しました。

 「A子…それって……」

 A子の胸には小さくて愛らしい赤子が抱かれています。

 「こないだ産んだ」

 その時に言えよ!!ばっきゃろぅ!!

 私はA子のナチュラルな水くささに怒ると同時に、微かな寝息を立てている天使に、完全に心を奪われてしまいました。

 「A子さま、抱っこさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 何故か敬語になる私に、A子は「他人行儀はやめなよ」と笑って、赤子を私に抱かせてくれました。

 嗚呼……あったかい……。

 私の小さな胸に沁みわたる温もりに、荒んだ心が浄化されていくようでした。

 「いくつなん?」

 「アタシ?28だよ」

 オマエじゃないよ!

 きょとん顔のA子に相変わらずのアホさを感じながら、雪さんがため息を吐いて言い直します。

 「この子はいくつなん?」

 「たぶん、4ヶ月くらい?」

 「6ヶ月だよ!自分の子のことくらいちゃんと覚えときな!!」

 A子母にガッツリ叱られて、すっかり萎縮しているA子が可笑しくて、つい笑ってしまいました。

 「名前は何てつけたの?」

 「熊子か虎美にしようかと思ったけど、かぁちゃんがめちゃめちゃ怒るからそれは辞めて、真娜子(まなこ)になった」

 そりゃ怒るわ…熊子か虎美じゃ……。

 「でも、ホントにいい名前をつけたね。漢字の意味だと『真にしなやかで美しい子』ってことだし」

 「そそそそうでしょう?ほら、A子!かぁちゃんが言った通りじゃない!!」

 意味は今知ったね……A子母。

 「確かに、A子の子って感じやわ!まなこって目のことやん?特徴的な目をしてるA子の子にピッタリや!!」

 妙にしっくりくる名前に、私も同意しました。

 大人達の騒ぎに、真娜子ちゃんがパチリと目を開け、A子譲りの三白眼で私を見ました。

 「あ、この子も三白眼なんだね」

 「そうなんだよ……医者にも産まれて早々に『黒目ちっさ!!』って言われたよ」

 苦笑して頭を掻くA子に、雪さんが言いました。

 「でも、まぁしゃーないわな。新生児でこれだけ特徴あるのは、なかなかおらんけ」

 座敷に入ってから立ちっぱなしなことに気づいたA子母がみんなに座るように促して、私達は重厚なテーブルを囲むように座ります。

 「そう言えば、真娜子ちゃんって人見知りしないね」

 目を開けてからじっと見つめ合っている初対面の私に対して、何の反応もしない真娜子ちゃんが少し心配です。

 「あんまり泣かないんだよ、まなこ」

 「泣かないって?」

 A子の言葉が気になって少し突っ込んだ質問をすると、A子はあっけらかんと答えます。

 「夜泣きはしないし、あやしてあげても、たまに『ケッ』て顔するだけだしさ」

 「泣くことはないんけ?」

 「あるよ!ウンコした時はギャン泣きする」

 「お腹空いた時は?」

 「それは何となくわかるから、泣かせたことはない」

 急に母の顔になるA子に少し羨ましさを感じながら、私は考えました。

 耳が聞こえてないことはなさそうだけど、あやしても笑わないのは気にかかる……。

 「まなこがあやしても笑わないのは、A子にだけだよ?」

 横からA子母の証言が入り、私も真娜子ちゃんをあやしてみました。

 「真娜子ちゃん……バァ!」

 周りの大人達に気恥ずかしいながらも、ぎこちなくあやしてみると、真娜子ちゃんは天界の花が咲き誇るような笑みを見せてくれました。

 「めっちゃ笑てるやん」

 「ね?A子にだけなのよ」

 A子母が嘲笑うようにA子を見ると、A子は「嫌われてんのかね?」と少し寂しそうに笑います。

 「それはないよ?」

 私のフォローを他所に、私の肩越しで雪さんが渾身の顔芸をすると、真娜子ちゃんはキャッキャと声を出して笑いました。

 「お?ウケたウケた♪んじゃ、コレは?」

 さらに顔を変えて見せると、真娜子ちゃんは身をよじりながら笑い、ついには笑いすぎてムセる始末です。

 「雪さん!やりすぎですよ!」

 「スマン、ちょづき過ぎた」

 私が慌てて背中トントンしながらたしなめると、雪さんはバツ悪そうに笑い、顔を引っ込めました。

 「ユッキー、子供あやすの上手いね」

 「まぁな!死体切ってない時は小児科に入り浸っとるからな!」

 少しは休みなさいよ…雪さん……。

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 めちゃめちゃアグレッシブな雪さんを心配していると、玄関の方から元気のよい声が聞こえてきます。

 「こんちにはー!!」

 「誰や?コン地って何処やねん」

 玄関からの声で、A子母が「はいはい」と、座敷を出て行くと、すぐに見知った顔がひょっこり現れました。

 「あ!せんぱいたちぃ~♪」

 「皆さん、もうお揃いでしたか」

 少し大人びた月舟さんといさ美さんでした。

 「よぅ!」

 「お久しぶりだね」

 にこやかに会釈するいさ美さんを置き去りにして、月舟さんが真娜子ちゃんを抱いている私に駆け寄って来ました。

 「せんぱいっ!おめでとうございます!!」

 「いや、私の子じゃないんだ……A子の子」

 私が否定すると、月舟さんはつまらなそうに口をツンとさせて言います。

 「なぁんだ……どうりでお胸がサミシイと思った」

 次に私のシンデレラバストをいじったら、そのカワイイ顔を握りつぶすよ?

 心の奥底から沸き上がる怒りに気づいたのか、月舟さんは小さく身震いして、私からA子に目を移して言いました。

 「A子せんぱい!いつの間にやや子を?」

 「やや子じゃないよ、まなこだよ」

 いや、やや子は名前のことじゃないから……。

 「そうだったんですか?A子先輩ったら……」

 「本当にバカ娘でねぇ……あなたみたいな娘だったら家も安泰なんだけど……」

 A子が月舟さんに説明している間に、いさ美さんはA子母とすっかり仲良くなっていました。

 いさ美さんのコミュニケーション力、半端ないね……。

 「そう言えば、せんぱいって何されてるんですか?」

 A子と会話していた月舟さんから唐突に質問されて、気を抜いていた私は一瞬間を空けて答えました。

 「普通の会社員だよ」

 「何が普通やねん!そこそこデカい会社やん」

 雪さんの余計な補足に、月舟さんが食いついてきます。

 「え?お給料はいかほど?」

 そんなこと答えるわけないじゃん!!

 久々に至近距離に迫る月舟さんのアノ顔に万事休すの私は、咄嗟に「月舟さんは何してるの?」と質問返ししました。

 「ワタシは家の跡を継いでます」

 「不動産屋さん?」

 「はい!こないだ不動産鑑定士の資格も取れて、正式に副社長に昇り詰めました♪」

 昇り詰めたって……元々次期社長じゃん………。

 「いさちゃんなんか、来春結婚するんですよぉ!財務省の官僚をたぶらかして!!」

 とりあえず、言い方に気をつけようか?月舟さん……。

 「ご報告が遅れて申し訳ありません……結婚式には是非、皆さんにご参加いただきたく思っています」

 月舟さんの話が聴こえたのか、いさ美さんが私達の前にしずしずと寄ってきて、深々と頭を下げながら言うと、雪さんもA子も嬉しそうに笑いながら答えました。

 「おう!何人死のうが必ず行っちゃるで!」

 「ウマイ肉に期待してるよ!!」

 この二人は本当に変わらないな……。

 「私も必ず出席させてもらうね」

 「せんぱい!一緒にいい官僚を捕まえましょう!!」

 月舟さん、目的が違うベクトルを向いてるよ?

 揃いも揃って変わってない友達に、嬉しいような情けないような、何だか複雑な気持ちになりました。

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 宴の準備のために一時座敷を出た私達は、A子の部屋で真娜子ちゃんを取っ替え引っ替えしながら時間まで過ごし、使用人に呼ばれて座敷へ行きました。

 あい変わらずイカれた量のご馳走が並んでいます。

 「さぁさ!お好きな所に座ってくださいな」

 A子母に促されて各々が適当な場所に座ると、何人かの仲居さん的な人達がわらわらと座敷へ入ってきました。

 「お一つどうぞ」

 席に用意された盃に仲居さん的な人がお酒を注いで回ります。

 A子の酒蔵のお酒です。

 「たんと呑んでくれろ」

 私にお酒を注いでくれた仲居さんの特徴的な方言に思わず目をやると、何処から見てもミシェルさんでした。

 「ミシェルさん!?」

 「ご無沙汰スてます」

 「何でミッシェルちゃんがココにおんねん!」

 隣の雪さんも驚きを隠せないようです。

 「アタシはいいって言ったんだけどさ……ミッシェルが何かしてないと落ち着かないって強引に手伝い始めてさ」

 「オラ、一回こういうヤヅしてみてがったんです。オヤスキのスヨーニン」

 お屋敷の使用人ね。

 「ミッシェルも皆揃ったんだし、そろそろ気が済んだでしょ?アンタも席に座んなよ」

 「んだば、すづれースて」

 仲居さんコスのまま席に着いたミシェルさんはスルーして、宴も始まろうとしたその時、玄関から「ごめんください」と声がしました。

 「はいはい、たでーま」

 「オマエは座ってろし!」

 すっかり使用人が染みついていたミシェルさんが立ち上がろうとするのを雪さんが止め、A子母が玄関へ向かいます。

 「遅くなりました!」

 慌てて座敷へ入ってきたのは迎里さんです。

 「迎里さん!!」

 「あ!お久しぶりです!!」

 私と目が合った迎里さんが、小さく手を振って会釈すると、私も嬉しくて手を振り返しました。

 「これで揃ったね」

 A子が立ち上がって、おそらくA子専用であろう力士の優勝祝賀会で見るようなデカい盃を掲げて言います。

 「皆の再会を祝して!かんぱ」

 「ちょっと待って!!」

 私はA子の乾杯の発声を制して言いました。

 「それと、真娜子ちゃんの誕生も祝おうよ」

 「そうですよ!流石、先輩です!!」

 「せんぱいは気配りの人ですねぇ!カレシいないけど」

 ウルサイよ!

 「せやな!マナコちゃんのご健勝も祝わなアカンな!」

 「んだ!そうせば、千尋センパイ!」

 「そうね!A子さんのお子さんが健やかに育ちますように!!」

 「「「「「「「かんぱーいっ!!」」」」」」」

 声と共に高らかに掲げられた盃をそれぞれがグッと呑み干すと、スッキリとしていてフルーティーな香りが私の鼻から抜けていきました。

 「あれ?美味しい!」

 お酒があまり得意ではない私でも、何の抵抗もなく美味しいと感じられるなんて、A子との出会い以来の衝撃でした。

 「え?今までA子さんトコのお酒、呑んだことなかったんですか?」

 迎里さんからの質問に、恥ずかしながら頷く私。

 「私は定期的に泡盛と交換で送ってもらってますよ?」

 「オラもテキサスの牛肉とトレードさ、スてもろでます」

 「うちも送ってもろてるで?直接買いつけで」

 「ワタシも御中元、御歳暮に使わせてもらってます♪」

 「実は、私も彼の上司への贈り物で使わせてもらっています……」

 私だけか…この場に居づらい……ものスゴく………。

 「そんなこと気にしなくていいよ!アンタとアタシの仲じゃん?アンタから送ってくれなんて言われたら、うちのかぁちゃんが樽ごと送っちゃうよ」

 それは困るよ……全力で………。

 お酒も入り、賑やかになった座敷でも真娜子ちゃんは眠っているかのように静かでした。

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 お互いの近況から仕事や恋バナなどに花を咲かせていると、A子が唐突に私に言いました。

 「ねぇ!アタシの部屋から、おくるみ持ってきて」

 「自分の部屋なんだから自分で行きなよ」

 「アタシは子供を抱いてるんだよ?」

 「じゃあ、私が抱っこするよ」

 「まなこはメシの時間なんだよ?アンタ出せるの?そんな胸で」

 ぐぬぬぬぬ……大きさは関係ないだろう……腹立つなぁ………。

 悪意なき悪意のあるA子に言い返された私は、仕方なくA子の部屋へ行きました。

 無駄に広い家なので、そこそこ時間がかかりましたが、ようやくたどり着いたA子の部屋の襖を開けると、部屋の隅のおくるみが何だか心なしか膨らんでいるように感じます。

 そっと近づいて見ると、そこには赤ちゃんよりはだいぶ大きな女の子がくるまっていました。

 「はとちゃん?」

 私が声をかけると、はとちゃんはパチリと目を開けて私と目が合うや、顔を真っ赤にさせて「おぉぉぉぉ……ぅふ」と声ともない叫びを上げました。

 すぐにズバッと飛び起きて、左手で壁に寄りかかりながら、はとちゃんが言います。

 「おおぉか…おかい……じゃなかった!いらっしゃいませ、こんばんは!!」

 ここはコンビニじゃないんだよ?

 はとちゃんのあまりの慌てように、私は思わずプッと噴き出してしまいました。

 「久しぶりだね!はとちゃん」

 そう言うと、はとちゃんは私にガバッと抱きついてきて小声で囁きます。

 「みんなにはナイショね?……特にお姉ちゃん」

 プルプルと震えながら言うはとちゃんが可愛くて、私は首を縦に振って抱きしめ返しました。

 「二人だけの秘密ね」

 私の言葉に安心したのか、はとちゃんはニパッと笑って私の胸に顔を埋めました。

 はとちゃんは誰かに抱っこされたことないもんね……。

 私はおくるみを手に取って拡げ、はとちゃんを包んで抱えるとその場に座りました。

 「ちょっとだけ、借りちゃおうか」

 おくるみから足は出ていますが、はとちゃんは幸せそうに微笑んで目を閉じています。

 そんなはとちゃんを母親目線で見つめていると、何処からか声がしました。

 『さむい……』

 ハッと我に返った私が、はとちゃんに言います。

 「寒いの?」

 「え?あったかいよ?」

 「今、寒いって言わなかった?」

 「うぅん。何も言ってないよ?」

 どうやら声の主ははとちゃんではないようでした。

 まさか……オバケ?!

 いやいや、A子とはとちゃんがいる所に、オバケがいられる訳がない……。

 冷静に考えていると、また声がします。

 『はやく……』

 何だか私が呼ばれている気がして、たまらずはとちゃんに訊きました。

 「何か聴こえない?」

 「うん、お姉ちゃんの心臓の音」

 そういうんじゃないんだよ……。

 はとちゃんにすら聴こえない声ということは、私宛て確定です。

 「行かなきゃ……」

 胸騒ぎがする私は、はとちゃんを下ろして立ち上がりました。

 「アタシも行く」

 何かを感じ取ったのか、はとちゃんも一緒に来てくれるなんて、何て心強いことだろう……。

 私は最強の助っ人を従えて、A子の部屋を出ました。

 長い廊下を警戒しながら進みますが、あれから何もありません。

 何事もなく宴席へ戻れた私は、はとちゃんと共に中へ入り、A子におくるみを渡しました。

 「遅いよ?もしかして迷った?」

 「迷いはしないけど……」

 あながち迷うことも無くもない話なので、強めの否定はしませんでした。

 『はよ、くるめ』

 え?

 また、あの声がしますが、A子もはとちゃんも誰一人リアクションしていません。

 誰なの?

 私が頭の中で呼びかけると、すぐに返事がしました。

 『めのまえにいるでしょ?』

 キョロついていた首を正面に戻すと、おくるみにくるまれた真娜子ちゃんと目が合いました。

 『アンタ、ひとりごとおおくね?』

 真娜子ちゃんだったの?!

 『そうだよ、アタシ』

 声の主は真娜子ちゃんでした。

 『やっと、アタシのこえがきこえるひとにあえたよ……』

 声の主が親友の子供だとわかれば、もうどういうことはありません。

 私は真娜子ちゃんとの会話を試みました。

 ずっと声をかけてたの?

 『うん……とくに かぁちゃんには、まいにちはなしかけてる』

 何て?

 『バッ…バッカじゃないの?!そんなのいえるわけないじゃん!!』

 先天的にツンデレなのね……真娜子ちゃん。

 『べ、べつにそういうんじゃなくて、おなかへった!とか、おしめかえろ!とか、そういうことよ!かんちがいしないでよねっ!!』

 テンプレ……しかし、カワイイ。

 『やめてよ!にゅうじぎゃくたい だよ!』

 一歳にも満たないのに、何でそんな単語を知ってるんだろう……。

 『とりあえず、おくるみありがと……』

 超絶カワイイんだけど……連れて帰っていい?

 『ダメ!!アタシは かぁちゃんのこどもなんだから、ここにいるの!!』

 お母さんのこと、好き?

 『うん……だいすき』

 くぅ~!愛しさが止まらない!!

 『だれにもいっちゃダメだからね?』

 そうだね。A子には、真娜子ちゃんが直接言った方がいいもん。約束する!

 『やくそく!』

 あ、真娜子ちゃん。

 『なぁに?』

 もう少しだけA子にも笑ってあげて?A子が喜ぶから。

 『……わかった。ぜんしょする』

 真娜子ちゃんは、生まれながらにして賢い子でした。

 とてもA子の腹から出てきたとは思えませんが、こういう不思議なことができるんだから、やっぱりA子の子です。

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 その日は、みんなでA子邸に一泊し、翌日の昼くらいから徐々に解散しました。

 帰り際、A子と真娜子ちゃんに見送られる時、A子に抱かれた真娜子ちゃんが幸せそうにA子を見上げていたのを見て、私も子供が欲しくなったのは、また別の話です。

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