会社帰りに露天商から声をかけられた。
「そこのお兄さん、よかったら見てってくださいな。きっと今お兄さんに必要なものがここにあると思いますよ」
私はなんとなく足を止め、台に陳列された商品たちをぐるりと見渡した。しかしどれも100円ショップにあるようなちょっとした生活用品ばかりだ。
「ふーん、あ、そういえばアルコールスプレーが切れかかってたっけ…」
私がスプレーボトルに手をやると、露天商は可愛く微笑み、ポンと手を叩いた。あ、ちなみに露天商は若い女性です。はい、顔も好みで、下心が湧いたので足を止めました。
「お兄さん、それを手に取ったということは、あなたの周りに消えてほしい人物がいるってことですね?」
「……?」
私はこれが今の若い子のノリなのかと思い直し、「そうそう、私の上司が本当にクソでね。消えてくれたらマジ最高ですよ」と笑いながら答えた。
「消せますよ。そこに入っているアルコールは特別なアルコールで、嫌いな人間を除菌、つまり消す効果があります。買いますか?今なら特別に一万円でお譲りいたしますが」
急に真顔になった露天商の目を見たとたん、私の頭の中に嫌いな上司や、私をバカにする嫁や、嫌味ばかり言う同僚の顔がグルグルと回りはじめた。
「お姉さん、いくらなんでもアルコールスプレーに一万円なんて高すぎやしませんか?それにこんな物で人が消せたら苦労はありませんよ」
「信じるか信じないかはお兄さんしだいです。買わなければそれでも結構、でもお兄さんが今頭に浮かべている方々とはこれから先もずっと付き合っていかなければなりませんが、それでもいいんですか?」
「じゃあ本当に消せるかどうか、あそこにいる私の大嫌いな野良猫で試してみても構いませんか?これは動物にも有効ですか?」
「はい、大丈夫だと思います」
私は花壇の上で寝そべっている猫にそぉと近づき、後ろからスプレーを噴射した。
すると、信じられないことに猫はあっという間もなく、その場から姿を消した。
「う、嘘だろ?」
唖然とする私に、露天商が言う。「どうですかお兄さん。私の言ったこと信じてもらえましたか?」
「いやいや信じるもなにも、本当に消えてしまったんだから、そりゃ信じるでしょ。
買うよ。これが一万円とはお買い得だ。そこにある3本全部買うよ!」
「お買い上げありがとうございます。それではお客様。これを扱う上での注意事項がございます…」
…
注意事項も聞かずに台の上に三万円を置いて、走って帰られたお客様。
よほど消えて欲しい人間がたくさんいるのか、その目は血走っておられました。
かわいそうな人…
私は私の扱う商品で、人が幸せになって欲しいとはさらさら思っておりません。でもいくら魔女とはいえど、多少の罪悪感はございます。
売っておいてなんですが、お客様が途中で自分の愚かさに気づき、スプレーの使用をやめることを願わずにはおれません。
注意事項
1、スプレーを使うたびに寿命が5年縮まる。
2、スプレーを使用した者は、死後永久に成仏することができない。
…
「消してやる!妻も上司もみんな消してやるぞ!」
私は道すがら、予行演習がてらに歩いている人間を消しまくってやった。
「待ってろよ美智子!おまえはいつもいつも俺の事を見下してるよな?子供ができないのは俺のせいだと思ってるんだろ?
安月給で俺との結婚は失敗だったと思ってるんだろ?いいよ、もう終わりにしてやる!俺が全てを終わらせてやるよ!」
もうすぐ自宅につく。チャイムを鳴らして妻がドアを開けた瞬間にこのスプレーを吹きかけてやる。
そして、明日会社に行き、上司や同僚を片っ端から消しまくって、最後に自分に吹きかけて終わりだ。もうこの世に未練なんてない。
このまま頑張って定年になったからといっても、それまでに二千万貯めなきゃいけねぇんだろ?そうなんだろ?そんなの無理だ。この会社の退職金なんてたかが知れてる。
長生きなんてしたくないけど、死ぬのも怖い。でもこのスプレーがあったら苦しむ間もなく消えれる。最高じゃないか?私は本当に良い物を手に入れた。
私は、駅にいた人間にもスプレーを吹きかけまくった。こんな地獄のような世界から今すぐ消してやる。みんな俺に感謝しろよ。
走ったからなのか若干足もとがフラつくが、ようやく自宅マンションにつき、私は早る気持ちを抑えながら妻の待つ部屋のチャイムを押した。
ピン、ポーーン
…
「おかえりー。あら…おかしいわね誰もいない。いたずらかしら?」
了
作者ロビンⓂ︎
短編のつもりが、思ったより長くなりました…ひ…