中編5
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曰く付き

とある会社経営者の男性から聞いた話。

彼は以前、墓地図制作の仕事をしていました。簡単に言えば墓地の測量や墓石の名前の調査等、墓地内の正確な地図を作る仕事だそうです。当時は古くて境界が曖昧な墓所も多く、今ほど測量の技術も発達していなかったので全国を回ってなかなか良い稼ぎになったのだとか。

しかし一つ困った事がありました。職務に全く関係ないのに、所謂「曰く付き」の品を持ち込まれる事が多かったのです。

「お寺からの依頼が多いから伝手もあるだろう」、そう考える人が供養してほしい品々を預けたり押し付けたり…という事が少なからずあったそうです。会社の評判を考えると無下に断る訳にも行かず、結局は預かって信頼出来るお寺さんに供養をお任せしていました。

ある時、中年の女性から供養の依頼がありました。

女性が持ち込んだのは一体の市松人形。人形自体の造りも着ている着物も立派で由緒ありそうな人形ですが、「いかにもな感じ」だったと彼は言います。

この人形を入手したのが約半年程前、それから今日までの間に主人と息子を失った、女性はそう語りました。

飾ってある人形がひとりでに動いている、家には自分しかいないのに人形のある部屋から女の話し声が聞こえる……続け様の不幸はこの人形が原因に違いない、そう女性は確信しているようでした。

彼は心霊現象懐疑派だったので「偶然にも不幸が重なり、心を病んで人形がおかしいと思い込んでしまったのだろう」と女性に同情心を抱き、人形を預かる事にしました。

女性は明らかに安堵した様子で感謝し、多過ぎる程の謝礼を置いてそそくさと立ち去ったそうです。

彼はその日の内に、早速お寺へ供養を依頼する事にしました。たまたま仕事の相談もあったのでついでに、と考えたのだそうです。

運転を社員の男性に任せ、彼は風呂敷に包まれた人形ケースを抱え助手席に乗り、社用車のバンで会社を出ます。

「信じられる?」

と彼は言いました。

「会社からお寺まで、たかだか10kmの間に、車が5台突っ込んできたんだよ」

と。

始めの2台目までは危ういところで衝突を避け、「人形の祟りですかね(笑)」「お祓いされたくないんだな」と笑って話す余裕があったそうです。

しかし3台目、真っ直ぐな道で対向車がこちらの車線に突っ込んできた時2人は目を見合わせ、「こいつは本物だ」と無言の内に同意しました。

3台目の車も急ブレーキで衝突を回避し、男性社員はそろそろと運転を再開しました。

時速20km程度の速度で慎重に進み、後続車には道を譲る。

前のめり気味にハンドルをぎゅっと握り、忙しなく周囲に視線を遣りながら運転する男性社員の緊張が彼にも伝わってきます。

彼も抱えている荷物を放り出して逃げたいと心底思ったそうですが、横道などに目を凝らし事故の回避に努める事しか出来ませんでした。一刻も早くお寺に辿り着きたい、しかしスピードを出せない状況は酷く恐ろしかったそうです。

更に1台の車と衝突しそうになりながらも、どうにかこうにかお寺の門が見える場所までやって来ました。彼も男性社員もホッと息をついて気を弛めてしまった瞬間、途轍もない衝撃に襲われました。

その瞬間には何が起こったか全く分からなかったそうですが、バンの横っ腹に大型トラックが激突し、車が横転してしまったのだそうです。

打ち付けられた体が痛み、あちこちに細かな傷を負いながら彼は必死に車から這い出しました。社員男性に「大丈夫か!」と大声で呼び掛けると、「大丈夫だけど出られない」と案外しっかりした声で返答があり、彼は束の間安堵しました。

しかしふと視線を横にやった時、解けた風呂敷と粉々になったケースの合間から市松人形の薄く微笑む顔が覗き、彼は背筋を震わせました。

そこで彼がどうしたかというと、なんと剥き出しの人形を引っ掴んで、お寺に向かって走り出したのです。

自分の怪我の事も、薄情だが男性社員の為に救急車を呼ぶ事も考えられなかった、とにかく人形を何とかしなければいけない、それしか彼の頭にはありませんでした。

ラグビー選手さながらに全力疾走する彼に、止めとばかりに原付バイクが突っ込んで来たそうですが「もうここまで来ると驚かないよね」と、彼は微妙な顔で笑いながら言っていました。それも危機一髪で避け、彼は一心不乱にお寺を目指します。

するとそのお寺の住職が門の内側で「早くこっちに来い!!」と怒鳴りながら、大きく手を振っているのが見えました。後にして思えば事前に連絡もしていないのに、と不思議に感じましたが、その時の彼は住職の姿に涙が出そうな程安堵し、まさに地獄に仏とはこの事だと思ったのだそうです。

お寺の敷地内に転がり込むと、住職は険しい顔で人形を奪い取り、

「✕✕✕✕か!!」

と叫びました。

✕✕✕✕というのは、昭和の時代に世間を震撼させた連続殺人犯の名前でした。(特定を避ける為、名前は伏せさせていただきます)

彼は訳が分からず「えっどういう事ですか!?」と訊ねました。しかし住職は人形を持ったままほとんど走るような勢いで、彼を置き去りに本堂へ入ってしまったのだそうです。住職の後を追おうとしましたが、そこで事故の目撃者が呼んだ救急車やらパトカーやらが到着し、彼はそのまま病院に運ばれました。2人とも命に別状はなかったものの、男性社員は複数箇所を骨折し入院、彼は一晩様子見の為入院した後、しばらく首にコルセット生活を余儀なくされました。

ちなみに追突したトラックは無人で、サイドブレーキの引き忘れが事故の原因とされたそうです。

退院後、彼はお寺へは向かわず、まず自分自身で人形の出所を調べる事にしました。

依頼者の女性に連絡を取って前の所有者を聞き、更にその前の所有者に連絡を取り…と時間はかかりましたが遡っていき、最終的に辿り着いたのは、✕✕✕✕事件の被害者の女性の姉だったそうです。

あの人形は、被害に合われた女性の遺品だったのです。

最早「呪いや祟りなんて」と疑う気持ちは微塵もなく、彼は住職に会いに行きました。話を聞いた住職は何もかも知っていたような顔で頷き、

「あの人形は被害者の女性がとても大切にしていた、分身のようなものなのだろう。女性の怒りや恨み、恐怖が染み付いている。時間はかかるだろうが、供養してみよう」

と仰ったのだそうです。

彼は

「えらい目に合ったけど、被害者の女性の事を思うとなぁ…恨む気にもなれないよ」

と、何とも言えない表情で言っていました。

その後、彼は安易な気持ちで「曰く付き」の品を預かる事を止めたそうです。

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