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中編3
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海獣の話【烏シリーズ】

 高校一年生、その日はやけに晴れていた。

 夏の夕暮れ、課題を放り出して海辺を歩いている。土手の先には、待ち合わせていた青年が海を眺めながら立っており、僕の存在に気付くとこちらを見て怪しい笑みを浮かべた。友人のカラスだ。

「もうじき、凄いものが見れると思うよ」

 彼はそう言って、また海に目を向けた。僕はカラスの隣へ行き、無言で海の方に視線を移す。僅かな霊感しか持ち合わせていない僕には、何かが起こる予兆と感じられるような気配は見当たらない。それは、まだ海底に息を潜めているのだろうか。

 しばらく待っていると、海面にぼんやりと光る人影が見えてきた。カラスが見せたかったのはあれなのだろうか?彼は危険性の低い霊が相手ならば、何処へでも好んで見に行きたがる。だが、今回は少し話が違うだろう。

「海の幽霊だぞ?だって、時間的にも時期的にもまずくないか?お盆の黄昏時って・・・」

 僕が不安げに訊ねると、カラスは表情を変えずに淡々と話し始めた。

「あの霊は、回遊霊だね。どこかの海で死んだ者の霊が、行く当てもなく海を彷徨っているだけさ。俺達には何の害も無い。水辺の霊は危険だと聞くけど、他の霊ともあまり変わらないよ。それに、僕が見たいものはまだ現れない。そろそろかもね」

 回遊霊、そんな言葉は聞いたことが無いので、おそらくカラスの造語だろう。これ以外にも何かが起こるというのか・・・正直、不安で仕方がなかった。

 出会ったばかりの頃のカラスは、確かにそうだった。自分の手に負えないものには関わらないというのは明白で、僕もそれならばと思い着いてきていた。

 だが、最近のカラスはどこかおかしい。つい最近連れていってもらった心霊スポットのトンネルもそうだったが、素人の僕がわかるレベルであそこはやばかった。今までのカラスなら、絶対に行かないような場所だ。それに、この前のヨハネに関する怪物も、あれは人が手を出してはいけないモノだったような気がしている。

「なぁ、カラス」

『ドッ!!ザァァ・・・』

 唐突に破裂音のような音が空気を揺らし、海面を大きく波立たせた。僕の声など、いとも簡単に掻き消される。巨大な何かが海上へ跳ね上がり、先程の霊を口らしきもので咥えると、再び海の中へ戻っていった。そのとき、巨大な何かの目は、確かに僕達のほうを見ていた。

「・・・??」

 僕が絶句していると、カラスは一言だけ「クジラだよ」と言った。そんな、僕が知っているどのクジラにも当てはまらないあの姿は、もはやあれは・・・。

「恐竜だろ・・・生き残り・・・?」

「あれは恐竜じゃないよ。クジラさ。ケートスの怨念は、こんな場所で回遊霊を食べていたんだ。あれこそが、最も恐ろしく美しい海獣だ」

 僕には、カラスの言っていることがほとんど理解できなかった。ケートスの怨念って何だ?なぜ?クジラなのに、あのクジラじゃないのか?だめだ、頭が混乱して意味が分からない。

「今日は運が良かったよ。まさか全体を見せてくれるなんて、最高だ・・・」

「なぁ、どういうことだよ?」

 僕が問い詰めると、カラスはまた怪しい笑みを浮かべた。

「あの化け物は、本来こんなところには存在しないはずだ。けど、今回はしっかり姿を見せてくれた。俺にもあれが何なのか、詳しくは分からない。でも、ギリシャ神話に登場するケートスにそっくりだよね。だから僕はこう呼んでいるんだ。ケートスの怨念って」

 脚の震えが止まらない・・・鳥肌が元に戻らない。ギリシャ神話のケートスは何となく知っているが、そんなまさか・・・あのクジラが、こんな場所に・・・だめだ、考えれば考えるほど恐ろしくなる。

「世界の歯車が、また大きく狂い始めてしまった」

 絶句する僕の隣で、海獣の去った海を見ているカラスが言った。僕は何も言えず、ただ朦朧とする意識の中で波の音を聞いていた。あの気配は、きっと忘れることは無いだろう。

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