Y県R市に、「絶対に写真を撮ってはいけない」という場所がある。
それは、経営難のために廃業し、随分前から廃墟になったホテルであるのだが、近所でも有名な心霊スポットであった。
大学生3人組(仮にA、B、Cとしておこう)が、そこに肝試しに行こうということになり、3人で夕暮れ時にその廃墟に向かった。
ついた頃には日はほぼ沈み、夕闇に染まった不気味な廃墟は3人の期待を高めた。
A、B、Cは廃墟の入り口から中に入る。おそらくは鎖がかけられていたのだろうが、すでにそれは誰かの手によって壊されていた。
中は荒れ果てており、時折小動物が走り回る気配があったり、虫が飛び交うことがあり、「気持ち悪い」ということはあるものの、取り立てて、異常な現象は見られなかった。
部屋一つひとつを回るほどの面白さはないと思い、3人は帰ることにした。
帰り際、フロントの前で、Bが言った。
「ここって、絶対に写真を撮っちゃいけない、って言われているんだぜ?」
「なんで?」とC。
「俺も聞いたことある。心霊写真とか撮れるんじゃねえ?」
Aは笑って続けた。
Aが当時ではまだ普及しきっていなかったスマートフォンを取り出すと、フロントの机の上に立てかけた。
「これで写真取ろうぜ。一応フラッシュつくんだ」
タイマーをセットして、3人並んだ写真を3枚撮った。
「あとでメールで送るから」
その日の肝試しはそんなふうに終わった。
数日後、AからメールでBとCに写真が送られてきた。Bはスマホを持っていたが、Cはまだ当時は主流に近かったガラケーであり、Aが送ってきた写真をうまく受信できなかった。あとで、パソコンにでも送信し直してもらおうか、と思いながらいたが、大学での専攻も違うAとは会えずにいて、言いそびれていた。
そうこうしている内にAから「あの時の写真、見るなよ!」とメールが来た。そういえば、Aの姿を全く見ないのもオカシイ。CはAに「どうしたんだ?」とメールを何度かしてみたが、その返事はなかった。妙な胸騒ぎがしたCはAの家まで尋ねていった。チャイムを鳴らすとAが出てきたが、その顔にびっくりした。
目の下にものすごいクマがある。頬も痩せこけて、数日前とは別人のようであった。一見して不健康であり、何かの病気ではと疑うほどであった。
「お前、あの写真見たか?」
Aは震える声で聞く。Cは首を振る。
「見るな、絶対に見るな」
とにかくと、Aの家に上げてもらったCはびっくりした。カーテンは締め切り、押し入れやドアのスキマというスキマにガムテープが貼り付けてあった。
「どうしたんだ?」ことの異常さにびっくりしたCが尋ねた。
「怖いんだよ、コワイんだ・・・」
Aは震えて、毛布をかぶっている。
「見てるんだよ、いつも、夜も寝られない、ほら、そこに、そこに…」
AはCやCのカバンを指して怯えている。Cはここに来て、Aがもう正常ではないことを悟った。慌てて、Aの親に連絡を取る。Aはそのまま入院することになった。
そういえば、Bも大学で見ていない。CはBにも連絡をしてみたが、同じように返事がない。Bは確か親と同居しているはず。Cは友達伝いに、Bの自宅に連絡をしてみた。母親が電話に出る。困惑したように
「Bが部屋から全く出てこない。食事も食べない。夜も寝ていないようで心配なのだが、うわ言のように『目が、目が・・・』と言って毛布をかぶって震えている。」と教えてくれた。
CはAも全く同じ様子で、つい最近精神病院に入院したことを告げた。Bの母親も戸惑いながらも、精神病院への入院を検討すると告げた。
一体何が起こったのだろう?
AもBも何かに怯えている。Aが言うことを信じれば、あの時撮った写真に原因があるのだろう。その時、Cはガラケーでは添付写真は見ることはできないが、自分でパソコンに転送すれば見ることができる事に気がついた。
見るべきか?
もしかしたら、Bも写真を見たからああなったのかもしれない。Cは考えて、データ送付をすることで、写真を現像するサービスを使うことにした。これなら、自分で直接見なくても写真を現像できる。その写真を心霊現象に詳しい人に封をしたまま持っていこう。
Cが現像を依頼した日、Cの携帯が鳴った。
Aの母親からだった。
「Aが死んだ」
と教えてくれた。Cが状態の異常さを教えてくれたことから、義理立てして教えてくれたようだ。死因は極度の衰弱だったそうだ。病院に行ってからもAは怯え続け、抗精神病薬の点滴でも落ち着かなかったようだ。激しい興奮のせいで、脳が消耗し、そのまま衰弱してしまったと。医者も首を傾げていたそうだ。
そして、その間中、狂ったようにスキマを怖がったとのことだった。
Cのもとに写真が届いた。Cはそれを持って、心霊界隈で有名なあるお寺の住職を訪ねた。
住職は事情を聞き、写真を見ると
「これは・・・」と絶句した。
「何が写ってるんですか?」
Cが尋ねると、「君も見ないほうがいい。これはこちらで浄霊しておくから。それから、早くBくんにも連絡を。ここに連れてきなさい。間に合うかどうか…」
CはBの母親に連絡を取った。BもAと同じように衰弱し続けていた。このままじゃBも死んでしまう。
母親はわらをも縋る気持ちだったのだろう。すぐにBを住職のもとに連れてきた。
住職はBの様子を見ると、「一週間寺で預かりたい。」といい、引き取っていった。
その後、住職が何をしたのかは不明だが、Bは回復を始め、一命はとりとめた。しかし、未だに大学には復帰できていない。見舞いに行くと、あんなに快活だったBだったが、とても臆病でおとなしい性格になっていた。あの写真のことを一回話題にしたときには、頭を抱えて叫び出してしまったので、以来、何も話していない。
Cは気になった。
あの写真には一体何が写っていたのか?Aを衰弱死させ、Bを精神病にまで追い詰めたのは何だったのだろう?
Bが寺から出てきた際、Cは住職にその質問をぶつけていた。
住職は
「三枚中二枚には何も写っていない。これなら見てもいい。」と見せてくれた。
あの時の写真だ。スマホの頼りないフラッシュであったが、廃墟の様子がしっかり写っている。三人は笑顔で肩を組んでいる。
一枚めも二枚めも確かに問題はなかった。
「問題は三枚目じゃ。」住職は口ごもる。
「…言葉で説明してもうまく伝わるかどうか…三枚目には、写真に写っている、スキマというスキマにお前さんたちを睨みつけるような目が写っていた。洋服のボタンのスキマからも、腕を組んだときの体とのスキマからも」
想像したCはゾッとした。住職によると、その目にはとても強い怨念がこもっていたとのこと。
「おそらく、AもBもその写真を見たあと、あらゆるスキマからの視線を感じたのじゃろう。それで追い詰められ、眠ることもできず、食べることもできず、衰弱したのじゃ」
それで、Aは目張りをしていたのか…。
Cはその写真を直接見なかったので、影響はないかもしれないが、万が一ということで、住職から護符をもらった。それはCの家に今でも貼り付けてある。
作者かがり いずみ
日常にある隙間
ふと視線を感じたことはありませんか?