「今晩、7時に学校で」
あいつはそう言った。僕は気が進まなかったけど、学校に来た。
この学校には七不思議がある。
それを全部二人で夜に回ろうというわけだ。
夏の夜にピッタリのイベントだと思うが、僕は本当は嫌だった。けど、友達の手前、逃げるのも癪に障る。
僕は7時を少し過ぎて学校の校門に来た。
あいつはすでについていて、校門の中から手を振っている。月もない晩だったが、街頭の明かりがあいつの顔を照らしていた。
内側からあいつが門を開ける。
いつもの昇降口から学校に入る。見慣れた昇降口だが、夜、少し離れた街灯の明かりだけを頼りに歩くと、なんだかそれだけで気味が悪い。
「一つ目は」あいつは言った。そうだ、七不思議を回るんだった。
昇降口横の階段。最初の段が普段は12段しかないのに、夜に登ると13段ある。13段目を踏むと、そのまま異次元の世界に吸い込まれて死んでしまう、という。
僕らは段を数える。
1、2、3、・・・11、12
おしまいだ。
段は12段しかない。
「なんだ・・・」
僕はホッとしたが、強がって言う。
次にいこう、とあいつはそっけなく言う。
2階の女子トイレ。昔いじめられた女の子が首をつって自殺した。その子の霊が住んでいて、個室に入って見上げると天井に吊り下がったその子がにやりと笑って
「いっしょに死のう」
って言われる。翌朝、トイレにその子の死体だけがある…。
「お前が先に入れよ」あいつが言う。
先に言われてしまった。
ここで断ったら、僕が臆病者みたいだ。僕はふるえだしそうな足を手で抑えながら、個室に入る。
「奥から二番目だよ」あいつは言う。
僕は、奥から二番目の個室に入り、用をたすようにしゃがんでから思い切って上を見上げる。
暗い天井。それだけだった。
ため息が出る。
僕が出ると、あいつも入る。10秒位してからあいつも出てきた。
「別に何も出ないね」
つまらなさそうに言う。
「3つ目は理科室だ」
昔、理科室で実験中にアルコールランプが倒れて、運悪く一人の男の子が大やけどを負って死んでしまった。
その時の理科の先生が責任を感じて自分もアルコールランプのアルコールを頭からかぶって火をつけた。
以来、夜になると、白衣姿の黒焦げの先生の霊が、男の子に移植する皮膚を探して、男の子の皮をはごうとしてうろついており、見つかると、全身の皮を剥がれて死んでしまう、と。
僕らは理科室を覗いた。別に何もいない。
「今度はお前が先にいけよ」
先を越されないように、僕はあいつに言った。あいつはすっと理科室に入る。
しばらくすると顔を出す。あいつはニッと笑って言った。
「お前怖がってるんじゃないか?」
僕はバカにされる訳にはいかないと理科室に入る。薬品と標本と、何かわからないものの匂いが混ざって
理科室は他とは違う雰囲気だったが、一周しても何も出なかった。
「4つ目は屋上」
屋上から飛び降りた生徒がいるが、自分が死んだことに気が付かず、
未だに屋上に佇んでいるというもの
それを目にした子は気が狂って飛び降り自殺をしてしまうというおまけもついている
僕らはこわごわ屋上を覗いた。
右側も左側も何もいない。
外に出ると、ひんやりとした空気が体に当たってちょっと気持ちがいい。
ぐるりと一周したが、特に異常はなかった。
「異常なし!」
あいつはふざけて言う。
「5つ目は体育館だったっけ?」
そう、5つ目は体育館。
体育館の大きな鏡を夜8時以降に背中越しに見ると、
自分の肩の上に幽霊が視える。
視えるとそのまま首を掴まれて絞め殺される、というもの。
時間はちょうど八時を過ぎていた。
人っ子一人いない体育館は静まり返って不気味だった
体育館の大きな窓から月光が指してくるので多少の目は効いた。
普段はダンスなどの練習に使う大きな鏡に僕らは背中を向けて立った。
「せえの、で振り向こうぜ」
あいつは言う。
僕らは「せえの!」
と声をかけた。
僕だけが振り返り、あいつは振り返らなかった。
ぎょっとしたが、結局鏡には振り返った自分の姿しか写っていなかった。
あいつはケタケタ声を上げて笑う。
「お前もやれよ」
僕はムッとして言った。
「いや、いいよ。だって、お化け視えなかっただろう?」
あいつは次にいこう、と笑いながら言った。
「6つ目はプールだね」
真夜中のプールでバシャバシャ音がしているので見に行くと誰もいない
不思議に思ってプールを見に行き、覗き込むと暗い水の中に引きずり込まれる
と、いう話。
「この話オカシイよな」
あいつは言う。
「引きずり込まれて死んだのに、なんで「バシャバシャ音がして」とか
そういう話が伝わるんだよ」
「それは、もう一人生き残ったやつがいるんじゃないの?」
「いや、他の話はそうでも、これは違う。近づいたらみんな引きずり込まれるんだから、
どうやってこの話が伝わるのかっていうの」
変なことにこだわるやつだな。怪談なんてそんなもんだろう。
大体、昔からこいつは…
そんなことを考えている間にプールに着いた。
耳を澄ませるが、バシャバシャという音は…
…聞こえる
微かに水音が聞こえる。風ではない。何かがいる!
「何かいるみたいだ」
あいつは僕の背中を押す。
「おい、やめろよ」
「ここまで来て、見ないわけに行かないだろ」
僕らはプールの壁によじ登り、そっと覗き見た。水音はまだしている。
水音はするけど、何も視えない。
「おい、やばいよ」
僕は言う。
「俺、見てくる」あいつは塀をよじ登ってそのままプールサイドに降りた。
「待てよ!」
僕もその後を追った。夜のプールは墨汁を流したように真っ黒に視えた。
月明かりがキラキラと照らし返されている。
水面が揺れている。
水面の揺れをたどると、ひときわ大きく水が沸き立っているところがある。ちょうど僕らから見て反対側のプールサイドのあたりだ。
「なんだ」
あいつが拍子抜けしたように言う。
「カラスだよ」
僕もよく目を凝らす。確かに、カラスが、プールで水浴びをしていた。それで水音がしたし、黒かったので、闇に紛れて視えなかったのだ。
僕らはプールサイドを一周した。特に何も起こらない。
「いよいよ最後の一つだね」
僕は言う。早く帰りたかった。もう、九時も回っているかもしれない。
晩夏、夏の空気も少し落ち着いて、虫の声が聞こえ始めている。
「最後のひとつってなんだっけ?」
あいつが言う。
あれ?そういえば、最後はなんだっけ?
13階段
トイレの霊
理科室の黒焦げ教師
屋上の自殺者の霊
体育館の鏡の怪
プールの引きずり込むお化け
なんか、この学校の七不思議は「死ぬ」のが多くないか?
よく考えたら全部じゃないか。
たしかにあいつが言うように、これじゃあ誰がおばけの存在を伝えるのかわからないな。
怪談だったとしてもあまりに幼稚じゃないか。
そんなことを考えながら歩いていたら、校門までたどりついてしまった。
「もう、帰るのか?」
僕はあいつに尋ねた。あいつは黙って門の外に出て、
門を閉めた。
「おい!」
僕は門に手をかけ、開けようとする。
開かない。あいつが開けたときはすんなり開いた。鍵がかかっているわけがない。
でも、開かない。
ガチャガチャと門を開けようとする僕を見て、あいつは笑った。
あれ?
コイツ、だれだっけ?
ソイツは笑った。
「7つ目はこうだよ。
二人で七不思議を回ってはいけない。
一人が二度と帰れなくなるから」
「僕も何十年も前に騙されて、七不思議を回らされたんだ。
僕を騙したやつは「帰った」よ。
僕も「帰る」。
お前は「帰れない」。」
「僕が七不思議を伝えてあげるよ。誰かが興味を持って、君と一緒に七不思議を回ってくれるかもしれないだろう?」
僕はわかった。伝えるヒトがいないはずの七不思議を伝えたのは誰なのか。
なんで「七」不思議なのに6つしか伝えられないのか。
そして、なんで月のないはずの晩なのに、さっきからこんなに月が照らしているのか。
ココはもうこの世じゃない!
僕は門を死に物狂いで開けようとした。開かない、開かない、開かない。
門を乗り越えようとしたが、門の外に出ようとすると見えない壁のようなものが邪魔をする。
走って別の壁を登ろうとしたが同じだった。
「ぎゃー!!」
僕は叫びにならないような声を上げた。
ソイツはニヤニヤと見ている。
僕は爪から血が出るまで壁をよじ登ろうと必死になった。
イヤダイヤダイヤダイヤダ
ソイツはくるりと闇に、月のない闇に向かって歩き出した。
「じゃあね!」
軽く手を振る。
ソイツは、闇に消えた。
僕は・・・・・・・ずっとここにいる。
ネエ、イッショに、ナナフシギをマワラナイ?
作者かがり いずみ