信宏さんは、ある有名な廃病院へ肝試しにいったことがある。
数人で探索中、患者用の浴室へ足を踏み入れた。
いくつかある浴槽を懐中電灯で順に照らしていくと、たったひとつだけ黒々とした水が入ったままのものがある。
《なにか、恐ろしいものが沈んでいるのでは?》
信宏さん達は盛り上がった。
当然、水を抜き底に何があるか確認すべきだという話になり。
ジャンケンで負けた信宏さんが、手を入れ栓を抜く。
渦を巻いてみるみるうちに水位は減っていき、緊張しつつ見守った。
底には枯れ葉やタバコの吸殻、古雑誌などのゴミが沈んでいただけであった。
その後も探索を続けたが、何も特筆すべき現象は起きなかった。
肝試しを終え、帰宅した信宏さんは驚愕する。
六畳の自室が、水浸しなのだ。
雨漏りでもなければ、上階からの浸水でもない。
ただの水ではなく、黒い泥やカビが混じったような汚水で、枯れ葉やタバコの吸殻が散乱している。
机の上に放置していたコーヒーカップの中に三センチほど汚水が溜まっており、雑誌の切れ端のような紙片も入っていた。
《あの水》が天井から降り注いだとしか考えられなかった。
信宏さんはそれ以来、肝試しと名のつくものに参加していない。
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