俺がまだ都内のアパレル会社で働いていた頃の話。
うちの会社に高学歴の新人が入社して来た。
名前は仮にブッチーとしておく。
ブッチーはKO大の経済学部卒でさらに帰国子女だ。
勿論英語はペラペラである。
そんな期待の新人は未経験ながら企画部に配属された。
企画部はうちの部署に負けず劣らず忙しい。
プレゼン、企画会議、サンプルチェック等分刻みのスケジュールで毎日くるくる走り回っていて席に着いているのを余り見たことがない。
そんな激務のスケジュール管理を任せながら、ゆくゆくは企画も。
と育てていく予定だったらしい。
アパレルには似つかわしくない高学歴である。
さぞ仕事も上手く回すのだろうと誰もが思っていたのだが、
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ブッチーは壊滅的に融通が効かなかった。
会議が少しでも押してスケジュールに変更があると混乱し、今後の予定が滞る。
仕事の優先順位がつけられず上に乗っている書類を片っ端から片付けようする。しかし片付かない。
現場は混乱を極めた。
当時アスペルガーという言葉は知らなかったが、今思うと確実にそれであった。
アパレルの道に進んだ連中は皆多かれ少なかれ学歴コンプレックスを持っている。
誤解を恐れずに言うが、俺も含め男連中は、
「勉強はしたくないが女子にはモテたい」
とアパレルの道を選んだ連中が集まっている。
そんな中、鶏群の一鶴と思われていたブッチーがとんだポンコツだった為、皆の非難は集中した。
なんであんなの入れたんだ。
どうせ学歴だけ見て人事で勝手に決めたのだろう。
と誰もが思っていたが、意外や採用を決めたのは部長だった。
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聞くところによると面接で、
「KO大経済学部卒とあるが、畑違いの業種に飛び込んでどうするつもりなのか?」
という人事部長の意地の悪い質問に対し、
「じゃああなたは大学で人事学を学んだんですか?」
とキレのある返答をしたらしい。
それをいたく気に入った部長の押しにより採用が決まったとの事だった。
流石は部長だ。
採用基準が根本的におかしい。
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月1回の社長からの訓示の際もブッチーはそのアスペっぷりを如何なく発揮した。
「これからは社内でも英語力を上げていかなくてはならない。
この中でTOEIC900点以上の奴はいるか?いないだろう。
世界で戦う為にももっと英語力や戦略を……」
という話の最中にブッチーは高々と手を挙げた。
「ん?どうした?言いたい事でもあるのか?」
と社長に言われ、皆が見つめる中で
「はい。一応TOEIC900点超えてます。」
と抜け抜けと言い放った。
空気読めよ、ブッチー。
今答えなくてもいいだろ。
こういう奴だった。
ある意味最強である。
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またある時、ブッチーはこんな愚痴を言った。
「この間、電車で弟を見かけたんですよ。
で、最近話してないなあって思って駅に着くまで話してたんですね。
そしたらその夜、家族会議が開かれて。
父親が『外で弟に話し掛けるのは辞めなさい』って言ったんですよ。
信じられます?非道くないですか?」
いや、全然非道くない。
俺達には弟の気持ちがよく解った。
どうせ弟が友達といるのも気にせずに、どうでもいい事を一方的に話しまくったのだろう。
可哀相な弟の気持ちも禁止したお父さんの気持ちもよく解った俺達の意見は満場一致で、
「お父さんが正しい。全部お前が悪い。」
となった。
ブッチーは納得いかない様子でブンむくれた。
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そんなブッチーが入社して暫くした頃、
俺は社内の異変に気が付いた。
ダサ子さんをまた見掛けなくなったのである。
天敵の落ち武者を有する民生くんがいなくなってからというもの、以前にも増して頻繁に目撃されていたのだが最近はとんと見ない。
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まさかこれは新たな守護霊枠の採用だったか。
民生くんの例もあり、間違いないと確信した俺は性懲りもなく部長に聞きに行った。
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「ねえ、部長。もしかしてブッチーにもなんか憑いてます?落ち武者的な怖いやつ。
今回はなんですか?キツネ?それとも日本兵ですか?」
興味津々で聞く俺に対する部長の答えは意外なものだった。
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「いや、なんも憑いてないよ。
そもそも民生だって落ち武者で採用した訳じゃねえし。
お前、俺のことなんだと思ってんの?」
あれ?
おかしいな。
絶対間違いないと思ってた俺は出鼻を挫かれた。
「民生は野球枠の採用だろ、忘れたのか?」
ああ、そう言えばそうだった。
というかほんとに野球枠だったのかよ。
俺は改めて部長のベクトルの違う採用基準に愕然とした。
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じゃあ、ダサ子さんが居なくなったのは?
ブッチーは関係ないのか?
と疑問を口にすると、
「いや、あるんだよこれが。聞きたい?」
と勿体つけた口調で言う。
が、言いたくて仕方ないやつだこれ。
いいから早く言えよ。
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部長が話してくれたのはこんな話だった。
入社してから間もなくして、ブッチーが給湯室や部屋の隅でなにかブツブツ言っているのを何度か見掛けた。
ブッチーの仕事っぷりは聞いていたし、採用した手前心配していたのだがこれはヤバそうだ。
ストレスで頭がおかしくなったのかと思い呼び出して聞いてみる事にした。
「お前大丈夫?あんまり辛かったら部署変えるか?壊れる前に言えよ?」
それを受けたブッチーは憮然としてこう答えたそうである。
「いや違うんですよ。知ってます?
この会社、子供が居るんですよ。
幽霊っていうんですか、そういうやつが。
私ああいうの嫌いなんですよ。
こっちは真面目に仕事してるのにうろちょろして。
鬱陶しい。
だから見掛ける度に言ってたんです。
邪魔って。
目障りだし、気が散るから消えろって。」
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部長はなにが面白いのか、ゲラゲラ笑いながら話してくれた。
「それが原因で居なくなったって言うんですか?
そんなんで?」
俺は驚いてしまった。
そもそもブッチーが真面目に仕事をしてると考えている事にも驚いた。
やる気はあんだな。
「いや、そんなんでって言うけど嫌だろ?
あいつが見る度説教してくんだぞ。
勘弁してくれよって。俺だったら一週間も保たないで逃げるね。」
ああ、それは解る。
俺だったら気が狂う。
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じゃあオンジュくんが消えてセットでダサ子さんも居なくなったのか。
そもそもあいつらはなんなんだろうか?
部長に聞いてもよく解らないとの事だった。
民生くんが香港から帰って来たら。と思っていたのだが、思わぬ形で前倒しになってしまった。
まあどんな人間でも使い所はあるということか。
しばらくは魔除けとして使おう。
効かない御札よりはずっといい。
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それにしても人間どころか幽霊も敬遠する空気の読めないブッチーに、俺は感心すると同時に恐怖した。
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その後ブッチーは現場からの強い要請もあり、部署異動を余儀なくされた。
異動先は新設されたばかりの海外卸の部署だった。
社内トップクラスの英語力を期待されて、というか他に活かせる部署が無かったのが現実だ。
まあ、それ程忙しい部署ではない。
なんとかなるだろう。
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暫くしてからブッチーと同部署の子に仕事振りを聞いてみた。
「あの人ヤバイですよ。
卸先と英語で関係ないことずーーっと喋ってます。
よくあんなに喋ることあるなって感心しますよ。
話が長いってクレームも来ますけどね。」
ああ、そう。
頭は良いんだけどね。
こうしてうちの会社には新たに変人が加わった。
部長の採用基準もそんなに引きは良くないって話。
作者Kか H