世界はとても緊迫した状況にあった。
日本を挟んでの大国は、それぞれに大義名分をかざし睨み合いが続き、中東は恐ろしい思想を持つ国家に占領され、欧州ではテロが頻発し、北の大国も一触即発の状態で、それぞれの国が己の利益を得るが為、世界を滅ぼすスイッチをいつ押すかを見定めていた。
正しく世界大戦前夜のようである。
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赤道を挟んだ大陸でも、隣国同士が争い、サバンナに住む罪のない野生の動物達は、人間の起こした争いに巻き込まれ、殺戮されて行く。
世界中の人々の心も街も大地も・・・荒廃していた。
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日本政府は昨年、国民の大反対を押し切り、緊急、法案を可決した。
同盟国である、太平洋の向こうにある大国の為に戦争に加わる事になり、自衛をする部隊を全て戦地へ送り出すと、今度は先の戦争の時と同様に、如何なる理由が有っても日本国民として、国民の義務として強制的に戦地へ送り出される為、召集令状が届く。
拒否をする者は、まるで犯罪者の様に捕えられ、拘束されたまま戦地へ送られる。
逃げ出そうものなら、一家全員が同罪と見なされ、新しく設立された、警察でも自衛隊でもない機関の者に身柄を拘束され、拷問を受け、中には亡くなる者もいた。
逃亡した本人も捕まれば家族同様の拷問を受け、治療もされる事無く激戦地へ送り出される。
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人々は、希望も夢も幸せも・・・
幸福
笑顔
それがどんな物かも忘れかけていた・・・
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そんなある日、世界中の戦場で上がる煙の中をかき分ける様に、空が青く光り輝き、白い翼をゆっくり羽ばたかせ、天使が舞い降りて来た。
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銃撃戦の中・・・
人質を拷問している最中・・・
敵地で地雷を埋めながら・・・
戦場にいる者も、味方の為の食物を育てている者も、空母で着陸するヘリを誘導している者も、そのヘリコプターを操縦している者も、疎開先の学校で勉強をしている子供達も、
眠っている者も・・・
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外にいる者だけでなく、室内にいる者でさえ、あまりの眩しさに目が眩み、誰もが手を止め、天使の姿を魅入った。
天使は、世界各地に、同時刻に現れた。
天使が舞い降りた途端、霧が晴れる様に空は青く澄み渡る。
その青空で翼を羽ばたかせ、慈愛に満ちた笑顔で天使は人々を見詰める。
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人々は天使のその姿に涙し、地面にひれ伏した。
天使の光を浴び、人々の心に大きな変化が生まれた。
【憎しみ】
【悲しみ】
【痛み】
【苦しみ】・・・
それらの感情が、まるで濾過された水の様に消え失せ
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代わりに
【喜び】
【慈しみ】
【思い遣り】
【愛】が生まれた。
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人々は武器を放り捨て、今、目の前で戦っていた敵と抱き合い、涙し、笑った。
世界各地に現れた天使は、それぞれ、山に、森に、川の中州に、島に降り立つと、人々は挙って(こぞって)沢山の貢物を送った。
平和になった世界で、それぞれの国が、それぞれの地で、川で、海で、山で採れた物を贈った。
だが、天使は微笑むだけで、どんな貢物にも手を出す事は無かった。
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天使が微笑みを向けると、人々の笑顔で世界は満ち溢れ、戦いどころか、殺人も、強盗などの犯罪や、小さな口喧嘩さえ無くなり、皆が、充実感と幸福感で満たされていった。
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天使の元には、『一目天使様のお姿を見たい』と願う人々が集まり、延々と続く行列が作られて行った。
人々の心は澄み渡り、憎しみや狡さも持ち合わせていないから・・・
列に横入りする者や、苛々する者もなく、列の前後に並ぶ者を互いに気遣い、助け合いながら、天使に会える時まで人々は穏やかに待ち続ける。
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そして、天使の前に、順番を待ち続けた一人のお腹の大きな女性が跪いた。
天使はその姿を見ると、地球に降り立ってから初めて立ち上がり、雲の上を歩く様に軽やかに、そしてゆっくりと女性のすぐ目の前に立つと、女性の頭を撫でた。
顔を上げると、天使は、これまで見た事のない慈愛に満ち溢れた笑顔で女性に向かい微笑みかけ、そして少しかがみ、ふんわりと優しく女性の手を取るとゆっくり立ち上がらせ、その手を引き、元いた場所へ戻っていく。
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天使はいつもの草の上に座ると、立ったままの女性のお腹を慈しみ、祝福するかの様に優しく見詰め、優しく撫でながら頬を寄せる。
女性はこの上ない幸福感に包まれ、喜びの涙を流す・・・・・・・
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すると、優しく女性のお腹を撫でていた天使の爪の先がめくれ上がり、爪と指の間から金属様な輝きを持つ、猫の鉤爪の様な物が五指全てから現れる。
10cmは有るかと言う長さの鉤爪は、女性の下腹部にめり込んで行く。
女性は痛みで一瞬顔を歪めたものの、先程と同じ様に幸福感で包まれた、恍惚とした表情を崩さない。
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天使は鋭く光る鍵爪で女性のお腹に爪を突き刺し掴むと、優しい笑みを浮かべたままゆっくりと、お腹の肉、脂肪、皮膚、そして子宮ごと、胎児を毟り取る。
子宮の中の羊膜に包まれた胎児は、声にならない声を上げ、しきりに手を伸ばし、足を伸ばす。
天使は胎児を抱き締め、優しく口づける。
女性は空洞になったお腹を撫でると、恍惚とした表情を浮かべ、そのまま後ろに倒れ込み、自らのお腹から流れた血溜りの中で動かなくなった。
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天使は胎児に口づけ、胎児の柔らかい腕の肉にそっと唇を這わせると、小さく噛み千切る。
すると、今度は大きな口を開け、焼き立てのパンを食べる様に、胎児の肩から先を骨ごと食べる。
口の周りに真っ赤な血を滴らせ、鮫の様に尖った三角の歯を剥き出し、胎児の腕、足、胴体と食べ、最後に頭を噛み砕くと静かに飲み込み、口の周りに着いた血を小川の水で洗い流すと、再び人々にこの上ない微笑みを向ける。
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・・・
・・・
人々の心には恐怖も、怯えもなく、慈しみ深く微笑む天使に同じ様に微笑みを返していた。
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胎児を食べ尽くした天使は、森の少し奥に入ると、口から真っ白な糸を吐き出し、見る見るうちに綺麗な繭を作る。
そして、次にお腹の大きな女性が現れると、先の女性と同じ様に胎児を取出し、食べる。
食べ終わると又先程作った繭のすぐ隣に、同じく繭を作る・・・。
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人々は、天使が胎児を食べる事を知り、妊娠している女性の親が、夫が、姉妹が、本人が・・・
こぞって天使の元へ向かった。
胎児ごとお腹を抉られた女性達は、誰一人として苦しみも悲しみも感じず、微笑んで亡くなって行く。
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いつしか森の奥には、絹糸の様に真っ白に輝く繭が増えて行く・・・。
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やがて繭が揺れたと思ったら、繭の上が溶け出し、中からクルクルの巻き毛の可愛い天使が現れる。
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繭からは次々と可愛い天使達が顔を出し、人々に愛くるしい微笑みを投げかけ、未だ小さな可愛い翼を一生懸命に羽ばたかせ、風に乗って飛んで行く。
そして、今迄いなかった地域にも、繭から孵った小さな天使達が降り立ち、降り立った場所で静かに微笑む。
人々は天使に会いに遠くの地へと行っていたが、近くに愛くるしい天使が来てくれた事に歓喜し、世界中のあちこちにそれぞれの天使に会う為の長い行列が出来て行く。
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世界中から妊婦が消えた・・・・・・・・。
すると、天使は又暫く何も食する事も無くなり、ただただ人々に対し、慈愛に満ちた笑みを向ける。
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長い行列は続く。
天使は何かを語る訳でもなく、何かをする訳でもなく、静かに微笑み、人々の心を癒す。
その為だけに、人々は天使の姿を見たいと願い、長い行列が途絶える事なく続くのだった。
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そんな列にいる、祖父に、祖母に、両親に連れられて天使に会いに来た子供が、次の天使の食料になった。
世界の各地に散らばった天使達は、申し合わせた様に子供達を食べた。
そして繭を作る。
小さな天使達は、子供を5人ほど食べると大人の天使と同じ大きさに成長し、その大きさになると繭を作る。
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そして、繭から孵り、愛らしい微笑みを浮かべたまま小さな天使達は、又、小さな翼を羽ばたかせ、風に乗り、天使の居ない場所へ飛んで行く。
天使達は子供を食べた。
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元々、人口の8割が70歳以上の高齢化の世界は子供の数が少なく、本人自ら、両親に、祖父母に連れられて天使の元へ来た子供達も全て、天使は食べ尽くした。
子供達を食べ尽くした天使達は、今度は若い女性を食べた。
胎児や子供達の時と同じ様に、食べると繭を作る。
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小さな天使達は、若い女性を3人ほど食べると大人の天使と同じ大きさになり、女性を食べると新しい繭をどんどん作って行く。
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天使達は、排泄がない。
ただただ、生きた人間だけを食べる。
それ以外の物は、口にする事はない。
そして繭は増え、小さな天使はねずみ算式に増えて行く。
だが、天使を恨む者、天使を討とうと思う者は誰一人現れない。
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いつしか、この世の若い女性は居なくなった。
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すると、その次には若い男性を食べた。
若い男性を食べ尽くすと、今度は中年の男女を食べた。
それすら食べ尽くすと、天使に会いに来る老人を食べた。
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やがて・・・
地球上の人類は、寝た切りの老人と認知症を患った老人しかいなくなった。
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それと共に、草花は咲き乱れ、人類に絶滅された種もいるが、動物達は自然の中栄え、弱肉強食の世界になった。
天使達は、地球に降り立った時と同じく、空を青く輝かせると、大きな翼をゆっくり羽ばたかせ、一斉に天に向かって飛び立つ。
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いずれ地球の人類は絶滅する。
人間達に地球を滅ぼされる前に地球に降り立った天使。
地球はエデンの園になった。
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又、愚かな種族が現れない様に・・・・・
天使は、ゆっくりと慈愛に満ちた笑みを浮かべ、天に還って行った。
作者鏡水花
2015年の夏に投稿したものの、再投稿になります。
今の地球は、人間だけが住みやすく、それ以外の生命は…
動物も、草木も、川も、海も、山も…
命を削られて行く。
エコロジストではない私ですが、いつか驕り高ぶった人間は、地球から手痛いしっぺ返しを喰らってしまうのではないかと。
地球にとって、害悪でしかない人間は、淘汰されてしまうのではないかと。
そんな想いから書いた話しです。
しかし…
人間のいなくなった世界は、次、どの様な種族が進化し、支配される事になるのだろう?
この度も、お読み下さった全ての方へ
ありがとうございました(*´ω`*)
by.kyosuika