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中編3
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原稿用紙怪談・三

『夜這い』

「なんの冗談?」

妊娠の報告にそう返すと、妻は「どういう意味よ」と口を尖らせた。

どういうも何もこの半年、していない。

忙しさから布団が恋人だった俺への嫌味なのか。

しかし妻は

「最近はしょっちゅうあなたから誘ってくるじゃない」

と言う。

嘘には聞こえないし、浮気をするような女でもない。

しかし、それでも俺はやってない。

結局険悪なまま妻は先に寝てしまった。

時間差で寝室へ向かうと、豆電球が妻ともう一人の姿を浮かび上がらせていた。

薄暗い中でもはっきり、俺だとわかる。

「赤ちゃんがいるんだから、優しくね」

甘い囁きに、俺は妻に口づけた。

どういうことだ?

妻と俺がやっている。じゃあ、ここに突っ立っている俺は誰だ?

混乱のまま、意識は遠のいていった。

目覚めると布団の中だった。妻は静かな寝息を立てていた。

その腹部にそっと手をやる。

ここから何か出てくるのか。

それまで、俺は俺でいられるのか。

平らかな腹は何も答えてくれなかった。

(399文字)

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『子供の絵』

最近、五歳の息子のことで気になることがある。

彼はお絵描きが好きなのだが、この頃奇妙なものを描くようになった。

一つの大きな丸の中に、小さな丸が横に並んで二つ。大きな丸の両側からは、下向きの線が一本ずつ伸びている。

それは、息子の描く「パパの顔」のすぐ隣に、いつもひっそりと浮かんでいた。眉や髭を細かく書き込んだ「パパ」に比べ、その絵はあまりに稚拙だったが、私にはどうもそれが人の顔に、それも女性の顔に見えるのだった。

「コレは何?」と訊いても息子は首を振るばかりだが、一言「パパの隣にいつもいるよ」と無邪気に答える。

夫に寄り添う怪しい女に、不本意ながら心当たりはあった。

黒川葵。夫の同僚で、既婚者であることを知りながら近づいてきた恥知らず。何度牽制しても諦めなかったしつこい女だ。

いやしかし、そんなはずはない。背中を冷たい汗が伝う。

あの女に、今更何ができるわけもない。

だって、私が殺したのだから。

(395文字)

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『色変わり』

十数年振りに実家に戻った。

春の匂いの濃いある日、近所を散歩していると

「あれ?」

ふと目についた花の色に、私は首を傾げた。

近所の家の庭で、木蓮が濃い紅色に咲き誇っている。

しかし、あの家にあったのは白木蓮だった気がする。

記憶を辿るが間違いない。昔あの木蓮をひと枝もらったことがあった。甘い香りと共に、乳白色の大きな花によく似た奥さんの顔が蘇る

私は首を傾げながら家に戻り、母に尋ねた。

「あの木蓮、赤色だったっけ?」

母は顔を曇らせた。

「あそこ、もう空き家なの。五年くらい前に離婚して。奥さんは精神的にすっかり参っちゃったみたいで、あの木蓮で首を吊って亡くなったの」

「…」

「木の下にはご主人の写真と一緒に、小動物の死体がいっぱい埋まってたらしいわ」

数日後、木蓮は赤い花弁を絨毯のように散らしていた。

彩りがなくなりひっそりと佇む木は、どこか俯きがちに立つ女性の姿を思わせて、私はそっと手を合わせた。

(392文字)

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『とりつく』

「目がおかしい」

診察室に入るなり彼はそう言った。

ここは私が雇われ医師として働く眼科クリニックである。

「おかしいとは?」

「俺の顔が別の奴の顔に見える」

彼は投げやりに言った。

私がつい首を傾げたせいだろう、苛立ったように「だから」と続ける。

「俺の顔だけが、別の奴の顔にすり替わって見えるんだよ」

それは目ではなく頭がおかしいのでは?

とはとても言えない。

「別の顔とは?」

「…親父の顔だよ」

「それは、似てきたということではないのですか?」

「だから、そんなんじゃねぇんだよ!」

彼は激昂し、空いている椅子を強く蹴った。内心縮み上がったが、私は努めて冷静を装う。

「まぁ、落ち着いて」

「うるせー、ヤブ医者!」

彼は捨て台詞を吐いて踵を返した。

その背中には、一人の老人がおぶさっていた。

彼によく似た老人は、指の跡がくっきりと残る首筋を私に見せつけながら、彼を指差しニヤリと笑った。

そして、ますます強く彼にしがみつくのだった。

(400文字)

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相変わらず、上手いですねえ。
今回、特にキレが良い気がします。
いつも楽しみにしています。

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