十八歳の冬、僕は命に関わる大きな事故にあった。
いつものように原付で登校していたら、脇見運転の車に追突されたのだ。
ガス! という衝撃の後、気がつくと眼下を僕が原付に乗って走っていた。
僕は信号機の高さにプカプカと浮かび、そんな僕を見下ろしているのだった。
僕の後ろを走る車が、スピードはそのままにだんだん左に寄り始める。「おい、危ないぞ!」そう叫んだ時、眼下の僕はオモチャのようにポーンと飛び上がり、僕がいる信号機の高さまでやって来た。
どこかポカンとした顔の僕と、僕は目があった。
そこから先の記憶はない。
気がついた時、泣きはらしたように真っ赤な目の母が、僕の目の前で何やら口をパクパクさせていた。
母の表情より、僕はその口パクパクが有名な腹話術師の「あれ こえが おくれて きこえてくるよ」に見えて面白かった。
「かーさん、腹話術でも習い始めたの?」
そう言おうとしたが、唇はもちろん体全体がなぜかピクリとも動かない。
母は相変わらず目の前で口をパクパクさせている。これはおかしい、と僕は焦った。腹話術ではなく、僕の耳が音を拾っていないのだ。
その時だった。
「おい、危ないぞ!」
頭の上から、僕の声が降ってきた。
その途端、世界に音が戻ってきた。
泣きながら僕の名前を呼ぶ母の声、部屋の外から聞こえるバタバタという足音、白い服を着た女の人が母を押しのけるように僕の顔を覗き込んだ。
遅れて聞こえてのは、僕の声だったなぁ。
僕はぼんやりとそう思った。
この事故で僕は体のあちこちを骨折し、肺に穴が開き、おまけに左目がほとんど見えなくなった。ヘルメットをきちんと被っていたから、頭は脳震盪だけ、顔は無傷で済んだと思ったのに、何をどう間違ったのか今僕の左目は明暗をぼんやり感じる程度だ。
それでもそれ以外の後遺症は残らず、一年浪人はしたものの、僕は無事大学に進学できた。
入院中、リハビリ中、そして受験生の間はそれらに必死になりすぎて気づかなかったのだが、あの事故で僕の体質は大きく変わってしまったようだ。
僕の目は、右目は生きている者の世界を、左目はそれ以外の世界を見るように、どうやら勝手に役割分担をしたらしかった。
おそらくあの事故の時、宙に浮かび上がった僕は完全には元の体に戻れず、今も僕の頭上を漂っているのだろう。浮かんでいる僕の見ている世界を、地上の僕が左目で受信している、といえばわかりやすいだろうか。
右目は綺麗な桜並木を見ている隣で、左目は桜の木に吊るされた人影や並木道を進む巨石を映していたりする。
別に一代記を語るつもりはないのだが、もしよければ、これからこんな僕の話を聞いてくれれば、嬉しく思う。
とりあえず、僕が事故にあった話は、これにておしまい。
作者カイト
はじめまして
よろしくお願いします