昔々、正直な木こりがいました。
その木こりが、湖のほとりで木を切っていると、誤って斧を水の中に落としてしまいました。木こりは困り果てて嘆いていました。
するとヘルメスという神様が泉から斧を携えて現れました。
「あなたの落としたのはこの金の斧ですか?」
木こりは答えます。
「いいえ、それは私の斧ではありません。」
するとヘルメスはまた水の中へと消えて今度は銀の斧を携えて現れました。
「あなたの落としたのはこの銀の斧ですか?」
木こりは答えます。
「いいえ、それは私の斧ではありません。」
再び水の中へと消えたヘルメスは、今度は木の斧を携えて現れました。
「これはあなたの斧ですか?」
「そうです、それが私の斧です。」
ヘルメスは木こりの正直さを褒めたたえ、金の斧も銀の斧も木の斧も木こりに与えました。
その話を聞いた強欲な木こりは自分もやってみることにしました。男は自分の斧をわざと湖に放り込みました。すると湖の中からヘルメスが金の斧を携えて浮かんできました。
「この斧はあなたの斧ですか?」
すると強欲な男は答えました。
「はい、それは私の斧です。」
ヘルメスは男の嘘に呆れて、金の斧どころか男の投げ込んだ自分の斧すら返しませんでした。
「と、ここまでが私が知っている事実だ。」
ヘルメスは言った。
「そうですね、ヘルメス様。」
と侍従。
「だが、何故、殺人現場に金の斧が残されていたかということだ。」
「どういうことなんでしょうね。いったい何が起こったんでしょう。」
「ガイシャは?」
「強欲な木こりです。頭をパックリと斧で割られています。」
「この金の斧は私が確かに正直者の木こりに与えたものだ。まさか、あの正直者の木こりが・・・。いや、あり得ない。」
「動機が分かりませんよね。」
ヘルメスと侍従は頭を抱えた。
そこへ天使が息を切らして走ってきた。
「ヘルメス様、動機がわかりました。正直者の木こりの知り合いに聞き込みをしたところ、あの後、強欲な木こりは逆上して正直者の木こりの所に乗り込んだそうです。」
「どういうことだ?」
「なんでも、強欲な木こりは、自分の斧が返ってこなかったのはお前のせいだと。」
「無茶を言うな。自分で放り込んでおいて。私が何も知らないとでも思ってるのか。愚か者め。」
「だから、お前の金の斧をよこせと。」
「それからどうなったんだ?」
「さあ。正直者の木こりは知り合いにそこまでしか話さなかったそうです。その後、正直者の木こりは行方不明だそうです。」
「よし、行くぞ、相棒。」
「相棒って、私のことですか?ヘルメス様。」
侍従は声が裏返った。
「おめえに決まってんだろ。」
「ヘルメス様、なんかキャラ変わった?で、行くってどこへ?」
「追い詰められたやつが行くっつったら岸壁だろ。」
「何そのサスペンス的発想。」
ヘルメスの後を追う侍従。
「ど、どうしてここが!」
「って、おるんかい!ほんとに!岸壁に!」
本当に正直者の木こりは岸壁の先に立っていた。
「おい、早まるな!」
ヘルメスが鋭く叫ぶ。
「どうせ俺を疑ってるんだろ?ああ、その通りさ。俺が殺したんだ。」
正直者の木こりは卑屈に笑った。
「何でそんなことをしたんだ。」
ヘルメスはなるべく正直者の木こりを刺激しないように間合いを取った。
「ヘルメスさんよお、あんたが全て悪いんだぜえ?」
「何故だ。」
「俺ぁ、正直者で働き者で通ってたんだよ。あの時までは。あんたがあの金の斧と銀の斧をくれるまではなあ。」
「どういうことだ?」
「あんたあの斧の能力を知らずに俺にくれたのか?あの金の斧と銀の斧はなあ、切った物を全て金と銀にする能力があったんだよ。それをあいつに知られちまった。」
「え?マジ?知らなかった。でも、それがどうして。」
「俺ぁ、あの斧を手にして生活が変わっちまった。羽振りのいい俺を妬んであいつは金の斧を奪いにきやがったのさ。俺はあの斧を失うのが怖かった。だから奪われないようにもみ合っていたら・・・。いつの間にか斧があいつの脳天に・・・。」
「そうだったのか・・・。だが、それは正当防衛・・・・。」
「人を殺しちまったんだぜ?俺は一生それを背負っていけるほど強くねえんだよ。もう死ぬしかないんだ。邪魔しないでくれよ。」
「や、やめろ!わかった!私がが何とかする。」
「何とかするって・・・。いくら神様でも起こったことを無かったことにするなんてできっこねえだろ?」
「強欲木こりが死ななきゃお前は殺人者ではないんだろう?」
「は?何言ってんの?あいつ、頭ぱっくり割れてんだぜ?見ただろ。」
「大丈夫だ。待ってろ。」
ヘルメスは強欲木こりの死体を運ばせた。
「この実を食べさせれば、こいつは生き返る。」
「正気かよ、あんた。」
「マジマジ。大丈夫だって。」
ヘルメスは無理やり生き返りの実を強欲木こりの口に押し込み飲み込ませた。
「あれぇ?俺なにやってたんだっけえ?」
強欲木こりはむくりと体を起こした。
「げえっ、本当に生き返った。でも頭割れてる。」
「まあ、細かいことは気にすんな。」
こうしてヘルメスは正直木こりの自殺を食い止めた。
ところが、この噂を聞きつけた村人たちがヘルメスの元に押しかけた。
「お願いします!死んだ女房を生き返らせて!」
「お願いします!死んだ子供を、どうか生き返らせて!お願いします。」
ヘルメスは村人達がかわいそうでならず、ついつい禁断の生き返りの実を分け与えたのだ。
時は数百年経った。
「らっしゃ~っせ~、らっしゃ~っせ~。村特産のゾンビの実はいかがーっすかあ?」
村中でその声が響き渡る。
「ということでな。この村では生き返りの実が功を奏して、ゾンビ村として観光で有名になったわけだよ。めでたしめでたし。」
「じゃねえよ!こらヘルメス!」
作者よもつひらさか