長編8
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目に効く神社

ある女性から聞いた話です

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この女性を仮にAさんとしますが、このAさんが昔、お友達のKさんと九州に旅行に行った時の話です。

初めての九州旅行だったので2人とも大はしゃぎで遊んで、1日目で行きたかった場所はあらかた回ってしまったそうです。行き当たりばったりの旅行だったので、特にしっかり予定を決めていなかったんですよね。

それでじゃあ旅館の人に聞こうって話になって、Aさんが女将さんに尋ねてみたそうなんですよ。

「この辺りで観光名所とかってありますかね?」なんて聞くと女将さんは

「そうねぇ、ちょっと行ったところに目の神様を祀った神社があるんだけどどうかしらねぇ。そこのご神木に触れると目が良くなるらしいの」って教えてくれたそうなんです。

Aさんは正直、ここまで来て神社かー……と思ったんですが、Kさんはわりと乗り気で「行ってみたい!」なんて言うんですよ。

というのもKさん、眼鏡をかけているんですが最近ますます視力が悪くなって今使っているレンズも合わなくなってきていたみたいなんですよね。

Aさんは裸眼でむしろ目が良い方だったのであまり興味がなかったのですが、友人のKさんが行きたがっていたので2日目はその神社に行ってみることにしました。

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次の日は朝食を食べて、女将さんに挨拶をしてさっそく教えてもらった神社に向かいました。

2人の宿から10分ちょっとでその神社が見えてきました。

想像していたよりもわりと立派な神社で、階段の下からでも小綺麗なお社が見えていました。

参拝客は2人の他にはいないようで、あまり乗り気ではなかったAさんもこんな穴場教えてもらえてラッキーだったなぁなんて思ったそうです。

階段を上がって鳥居をくぐると、手入れの行き届いた本殿が現れました。

せっかくなのでお参りしていこうと2人でお賽銭を入れて、何かしらのお願い事をしたそうなんですが、件のご神木が見当たらないんです。

あれ?場所を間違えたのかなと思ったんですけど、せっかく来たわけですからしばらく周りを見ていくことにしました。

本殿には細かい木彫りの装飾がされていて、中でも松の木から見下ろす猿の彫刻が印象的だったそうです。

Aさんが本殿の装飾に感心していると、Kさんが自分を呼ぶ声が聞こえてくるんです。

「A!ちょっと来て来て!」

声は本殿の裏から聞こえてきました。

「どうしたのK?」

裏に回ってみると、大きな松の木の根元でKさんが手招きをしています。

木にはしめ縄かされていたので、あぁ、これかぁと思ったそうです。

「ねえA、これじゃない?ご神木」

「あーそうかもね」

「女将さん言ってたよね、ご神木に触れたら目が良くなるって。ね、一緒に触ろ?」

「なんで、私そんな目悪くないもん」

「1人で触るの怖いもん!ねーお願いA、一緒に触って!」

Aさんはあまり神様とか信じていなかったんですが、用もないのに勝手に触れるのは如何なものだろうと思ったんですけど、結局Kさんに押されてご神木に触れることにしたんですよ。

「じゃあいくよ、せーのっ」

ぴたっとご神木に触れてみたんですが、やっぱり普通のざらざらした木なんですよ。

2人で顔を見合わせて、ゆっくりご神木から手を離したんですがね。特に何ともないんですよ。

まあ当たり前と言えば当たり前なのかもしれませんが。

「Kどう?目、良くなった?」

半分ふざけて聞いたそうなんですが、Kさんはなんだかぼーっとしているんですよ。

「K?どうかした?」

「うーん」なんて、Aさんの話を聞いてるのか聞いていないのかわからない曖昧な返事をしたそうなんです。

「K、K?」

「あ、うん」

「大丈夫?もう出る?」

「うーん」

やっぱりなんかおかしいんですよね。ちょっと気味が悪かったんでAさん、Kさんの手を引いて神社を出たそうなんです。

その後もKさんはなんとなくボヤっとしていて気にはなったんですけど、神社から出てしばらく街を散策しているといつもの明るいKさんに戻ったので特に気にはしていなかったそうなんですよ。

まあ、友達と2人で楽しい旅行だったのでAさんも雰囲気を壊したくなかったんでしょうね。

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その後は特に何かあるわけでもなく、地元の人に聞いて色々観光地を巡ったりおいしいもの食べたり、旅行を満喫したんですよね。

それでなんだかんだ楽しかったなぁなんて旅の思い出に浸りながら2人は地元に帰ったわけなんですよ。

2人は再びそれぞれの仕事に追われて忙しい日常に戻ったんですが、Aさんね、それから目になんだか違和感を感じるようになったらしいんですよ。

街を歩いてたり電車に乗ったりなんかしていると、視界の端でスウッーっと何かが通るような感じがする。そんなことが度々起こるようになったらしいんです。しかもそういう時決まって目がごろごろするというか、目にゴミか何かが入ったような感覚に襲われるそうなんですね。

最初は気のせいだと思うようにしてたんですが、そのスウッーっと動く何か、視界の端だけじゃなくて普通に見えるようになったんですよ。

もうそれが見え始めて1ヶ月くらい経ったくらいだったんですが、いつも通り黒っぽい影が視界の端でスウッーっと動いたと思ったら、そのままスウッーっとAさんの前に移動してきて一瞬ぴたっと動きを止めてまたスウッーっとAさんの前を横切って行ったそうなんですね。

今のは絶対に気のせいなんかじゃない、そう確信したんですね。

それからというもの、例の黒い影、だんだんだんだん見る頻度が増えていったそうなんですよ。

横断歩道を渡っていると向こうからスウッーっとスライドするように歩いて来てすれ違ったり、エレベーターにその黒い影が乗ってたりしたこともあったんですよ。

それでAさん、精神的にまいっちゃってしばらく休暇を取ったんですよ。旅行に行ったと思ったらまたすぐに休暇を取ったもんですから上司からはあまりいい顔されなかったんですが、もうそんなの関係ないって思って家に引きこもったそうなんですね。

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なるべく外出せずずっと家でテレビを見て気を紛らわせてたんですがある時ね、家の電話が鳴ったんですよ。

見るとかけてきたの、あの一緒に旅行に行ったKさんだったんですよ。

「もしもし」ってAさんが出ると

「あ、もしもしA?ねー明日暇?私明日休みなんだけど一緒にランチしない?」なんていつもの明るい調子で言ってくるんですよ。

AさんとKさん、大学の友人同士で務めてる会社は別だったんですよ。なのでKさんはAさんが精神的にちょっと病んで休んでるの知らなかったんですよね。

Aさんは友達の声が聞けて少し元気になったんでしょうね、Kさんと出かけることにしたんですよ。

でもAさん、電話を切る前に気になっていたことをKさんに聞いたんです。

「あのさ、そういえばあれから目の調子どう?」

Aさんは自分の目がおかしくなった原因があるとすればあの神社だって思っていたので、一緒に神社に行ったKさんに思い切って尋ねてみたんですよ。もちろん黒い影のことは何も言わずに。

そしたらKさん、「それがねー……」なんて言い渋るんですよ。

「どうしたの?何かあった?」

Aさんが追及すると

「今度手術することになっちゃった」

なんとKさん、当時20代後半だったんですが白内障になってしまっていたらしいんですよね。

「でも大丈夫、そんな大したことないから。でもあの神社にお参りに行った時、お賽銭奮発しとけばよかったかな」って言って笑ってるんですね。

Aさんはそれを聞いてKさんを心配しつつも、あーやっぱり自分の見たものは気のせいだったんだって少し安心したそうなんですよ。

それで急にばかばかしくなってその日は電話を切った後シャワーを浴びてさっさと寝てしまったそうなんです。

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次の日、Aさんは約束通りお昼頃Kさんとの待ち合わせ場所に行ったんですよ。久々の外出が楽しみだったので、時間より少し早く着いてしまったそうなんですね。

でも約束の時間になってもKさんが現れない。

あれ?と思ったんですが、当時携帯電話なんてないですから仕方なくそのまま待ってたんですよ。

それから30分くらい経った頃ですかね、急にまたあの目がごろごろする感覚、あれがきたんですよ。

うわほんとに何なんだろうって思って目を擦っていると、後ろからKさんの声が聞こえたんですよ。

「ごめーん!電車乗り過ごしたー!」

元気なKさんの声が聞こえて、呆れながらも安心して振り返ったんです。

その瞬間、ズキンッとこれまでとは比べ物にならない痛みがAさんの両目に走ったんですよ。

「うっ!」って声が出てその場でうずくまっちゃったんですよ。

「A!どうしたの大丈夫?!」

Kさんが駆け寄って来てAさんの肩さすってくれたんですね。

「うーん、大丈夫」なんて言って顔を上げると、目の前にKさんの顔があるんですがそのKさんの顔、両目が無いんですよ。

Aさんびっくりして尻もちついて、おもいっきり腰打っちゃたんですよ。

腰痛いし相変わらず目も痛いしで大変だったんですけどもう一回Kさんの顔を見上げるとそれ、目が無いんじゃないんですよ。

両目があるところに、例の影みたいなものがまとわりついて真っ黒になってたんです。

それでまた驚いて立ち上がって、Kさんと距離を取ったんです。

すると、Kさんの全身が見えるわけなんですがね。

Kさんの後ろ、何かいるんですよ。

黒い影、明らかに人型をした何かがKさんの背中にぴったり張り付いて手をKさんの目に当ててるんですね。

それでよく見るとその手、なんか動いてるんですよ。

黒い影が何をしているのかわかった瞬間、Aさんはその場から逃げ出したそうです。後ろでKさんが何か言ってるようですがもう振り返れない。振り返っちゃいけない、そう思ったんです。

急いで駅に向かって一番発車時刻の近い電車に飛び乗って、その日は降りた駅の近くにあったカプセルホテルに泊まりました。

それからKさんとは一切連絡を取っておらず、連絡先も消去してしまったのでKさんが今どうなっているのかはわからないそうです。

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結局黒い影たち……Aさんが言うには恐らく幽霊が見えるようになったのはあの神社に行ったからなのか、Kさんにあれが憑いていたのはいつからなのか、今となってはわからないそうです。

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ここまでお話を伺って、私は最後にAさんに質問してみたんです。

「結局Kさんに憑いていた影は何をしていたんですか?」って。

Aさんはすっかり冷めてしまったコーヒーを一口飲むと、下を向いてぽつりとこう言いました。

「仮にあのご神木が本物だったとしても、Kには絶対効果ないんですよ。だってあれ、病気とかそういうんじゃなくて……」

カップを持つAさんの手は、コーヒーが零れそうなほど震えていました。

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「だって……だってあいつ、Kの両目をほじくってたんですよ……人差し指と中指で、こうやって……こう、かき回すみたいに……」

Aさんの再現してくれた動きは、目をこじ開け、眼球をぐちゃぐちゃにするような、想像しただけでも吐き気を催すものでした。

Aさんは未だに、時折あの黒い影たちが蠢くのが見えてしまうそうです。

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