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中編5
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西山のイノシシ

ある男性の方から聞いたお話です。

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彼、北関東の山に囲まれた村で育ったんで子どもの頃は山が遊び場だったんですね。

友達と秘密基地を作ってみたりなんかして遊んでいたらしいんですよ。

ご両親は共働きだったので家ではおじいさんにすごく可愛がられていたそうで。

そのおじいさんというのがまた孫大好きで、彼がイタズラしてもまったく怒らなかったそうなんですよ。

でもそんなおじいさんも、一つだけ彼に何度も言い聞かせていたことがあったあったんですね。

「西山には行っちゃならねぇ」

彼の家の裏山を奥へと進んでいくと分かれ道があって、右に行くとご近所の家の裏山に繋がるんですが、左に進んだ先には広い竹林があったそうなんですよ。

その竹林を村では西山と言っていたんですね。

「あそこに行くとおばけが出るぞ」なんておどかされていたので、彼は怖くて近づいたことはなかったそうです。

でもある日、彼の家に友達が遊びに来たんですよ。

いつも通り二人で裏山の秘密基地で持ち込んだマンガを読んでいると、友達が「なあ、奥まで探検に行こうよ」なんて言い出すんです。

友達が指さしているのはあの分かれ道。

「竹林の方行ったことないだろ?」

「いやー……でもじいちゃんが行っちゃダメって」

「何で?」

友達が真顔で聞いてくるんですね。

彼はその頃にはもう小学校高学年になっていたので、おばけなんて言われてもほとんど信じていなかったそうなんですよ。

でも友達に「おばけが出るから」なんて言ったら怖がりだと思われてしまうと思い、強がって「やっぱり行こう」と言ってしまったんですね。

彼、怖くはなかったんですよ。友達も一緒でしたし。でもやっぱり、おじいさんの言いつけを破ることに罪悪感を感じていたんですね。

分かれ道を左に曲がり、竹林に入ってすぐのところで「この辺りでいいんじゃない?」って言ったそうなんです。

「何言ってんだよ、まだまだ先あるだろ?」と当然一蹴されてしまったんですね。

渋々友達の後ろを歩いていたんですが、わりと日の光も入るので足元も見えるし何故おじいさんがあそこまで注意していたのかわからなかったそうです。

でもしばらく歩いていると、ある違和感を感じたんですね。

竹林に限らず林や森って上から葉っぱが落ちて、地面が隠れるくらい積もりますよね。

もちろん今彼らが歩いているところもそうなんですが、所々土が盛り上がってるんですね。

何だろうなぁと思って歩いていると、友達が突然ピタッと歩みを止めたんですね。

「どうしたの?」って彼が聞くと、友達は目の前を指さしてるんです。

見ると、目の前に土の山があったんですよ。だいたい小学生の彼らの膝下くらいの。

さっきから彼が気にしていたものより一回り、二回り大きいくらいです。

「まずい、イノシシだ」

友達の言葉に彼ははっとしました。

そうだ、イノシシだ。この竹林に大きなイノシシがいる。

イノシシってタケノコとか木の根とか食べるので、地面を掘り返すんですよ。でもこんなに大きな山ができるほど掘れるイノシシってかなり大きいはずなんですよね。

それがわかった瞬間、おじいさんの忠告の意味も理解したんですね。

そうか、大きなイノシシが出るから行っちゃダメって言ってたのかと。

「戻ろう」

友達が静かに言いました。

彼も無言で頷いて、来た道を引き返すことにしました。

やっぱりこの村でもイノシシに襲われて怪我をする人が毎年出ていたので、彼らも子供ながらにその怖さを知っていたんでしょうね。

でも帰ろうとした瞬間、近くの藪の中でザザッと音がしたんですよ。

二人ともビクッと肩を震わせました。

その藪の方を恐る恐る見ると、何かがこちらを窺っているんですね。

大きくて平たい鼻と太い牙が藪から出てました。

イノシシだっ!

彼は心臓が飛び出そうになりました。

でも下手に動いたら襲われる、そう思いました。それは友達も同じようで、しばらく二人とイノシシは睨み合っていました。

ほんの数秒だったかもしれませんが、彼にとってはすごく長い時間に感じられました。

藪の奥から覗く真っ黒い目が彼の目をじっと見つめています。

その目は妙に生々しく、獣というよりは悪意を持った化け物のように感じたそうです。

殺される、そう思って目に涙を浮かべていたんですが、何故かイノシシが顔を引っ込めたんです。

興味を無くしたかのように、突然。

助かった……

力が抜けていく彼の手を、友達が掴んで走り出しました。

彼はそのまま手を引かれて彼らの秘密基地まで戻りました。

二人とも顔面蒼白になって肩で息をしていました。

「何なんだよあいつ……」

友達は足をガタガタ震わせています。

「デカかったね、あのイノシシ……俺らの身長よりあったんじゃないかな……」

そう彼が言うと、友達は「何言ってんだっ!」と声を荒げました。

「あ、あいつ……あれがイノシシなもんかよ……」

友達の様子がどうもおかしいんです。自分たちは確かに大きなイノシシを対峙していたはずなんですが、友達はあれはイノシシじゃないって言うんですよ。

「イノシシじゃなかったら……何なんだよ?」

彼が尋ねます。

「お前も見ただろ、あれの目。あれ……どう見ても人間の目だった……」

ゾクッとしました。

友達が言うには、あれはイノシシのふりをしているヒトだったって。

「あ、あ、あいつの目のところに穴が空いてて……そっから人間の目と、ちょっと肌色が見えてた……」

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彼はもうその一件以来、西山どころか彼の家の裏山に入ることもなくなったそうです。

叱られることが怖かったので、おじいさんにその日あった出来事を話すこともできませんでした。

彼らが西山に入った年の冬、彼のおじいさんは病気で亡くなられたそうなので、もうあれが何だったのか知る術はないそうです。

でも彼、おじいさんの息子にあたる彼のお父さんに、おじいさんが亡くなってしばらくした頃西山のことを聞いてみたそうなんです。

でもお父さん、子どもの頃に西山に行くな、なんて言われたことはないそうです。

ごく普通の竹林だったので小さい頃よく遊んでいたそうなんですよ。

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おじいさんは彼に何を隠していたのか、いったいあの日彼らは何を見たのか。

もし彼が見たイノシシのようなもの、本当に生身の人間だったとして、西山で何をしていたんでしょうか。

このお話20年も前の体験談らしいんですが、西山にはまだ、あれが潜んでいるのでしょうかね。

Concrete
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