ある男性から聞いたお話です。
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今から5年ほど前の出来事です。
体験者の彼は当時、大学1年生でした。
彼にはNさんというバイク仲間がいて、2人はよく夜中に峠道でツーリングを楽しんでいたそうです。
でもこのNさん、ある日を境に行方不明になってしまったんですよ。
夜中彼の携帯にNさんから電話がかかってきたので出てみると、いつものようにこれから走りに行かないかというお誘いだったんですね。
でも彼はレポートを終わらせたばかりで疲れていたんです。
「いや、今日はもう眠いしやめとくよ」
そう言って断ったんですよ。
「そっか、じゃあ今日は今夜は独りで行くわ」
Nさんはそれだけ言うと電話を切ってしまったそうなんです。
でも次の日、Nさんは大学に来ませんでした。
Nさんはわりと普段から授業をサボりがちだったのでその時は特に気にしていなかったのですが、その次の日もNさんは大学に現れません。
流石に気になったので、彼はNさんに電話をしてみたんです。
でも何度電話をかけてみても、Nさんは出ません。
念のためNさんのアパートに行ってみましたが鍵がかかっています。
あれおかしいな、Nのやつどこにいるんだろう?なんて思ったんですが、手がかりもないので仕方なくその日は自宅に戻ったそうです。
でも彼、なんだか妙な胸騒ぎがしていたので寝る前にもう一度電話をしてみたんですがやはりNさんは出ません。
明日も連絡つかなかったら大学に相談しよう、そう彼は決めて床に就きました。
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そうしたら彼、その日おかしな夢を見たらしいんです。
なんだか薄暗い森の中を、草木をかき分けて独りで歩いていたんですね。
背の高い木が生い茂っていて、日の光がほとんど入らないので今が昼なのか夜なのかもわからない。
そんな山道をライトも持たずに進んでいくと、遠くの方に何かが見えるんですね。
近づいていくとそれ、人なんですよ。
男の人が落ち葉に埋もれてうつ伏せで倒れてるんです。
「大丈夫ですか!」そう叫んでさらに近づいていったらその倒れていた人、Nさんだったんですって。
「おいN!大丈夫か!」
彼はNさんに駆け寄りました。
Nさんは服がボロボロで、顔や手足には血が滲んでいたそうです。
「おい、いったいどうしたんだよ!」
「うっ……うう……」
Nさんは苦しそうにうめきましたが、彼はNさんに息があることにひとまず安心したそうです。
「とにかく病院に……立てるか?」
「うぅ……」
骨でも折れているのか、Nさん今にも消えそうな声を出すだけで起き上がろうとしません。
「お前、いったい何があったんだよ……」
「あがっ……うっ……うぅ……」
それでもNさんは痛みに耐えながら、彼の方に右手を伸ばしてきたそうです。
「今助けてやるから、ほらっ!」
そう言って彼も倒れているNさんに手を差し伸べたんですが、Nさんは彼の手ではなく足首を掴んだんですよ。
その瞬間、彼はあることに気づいたんです。
Nさんのその伸ばしてきた右手、何かが巻き付いてるんです。
よく見たら左の手首と首にも。
はじめはそれが黒い糸のように見えたんですが、妙に艶がある。
改めてみるとそれ、どう見ても毛なんですよ。
とんでもなく長い毛の束がNさんの身体に巻き付いて、Nさんの後ろの暗がりに向かって伸びてるんですよ。
「うわっ!」
彼は思わず飛び退きました。
その拍子に彼の足首を掴んでいたNさんの手が離れたんです。
「お、おいN……お前それ……何なんだよ……」
ガタガタふるえていると、Nさんは血と泥にまみれた顔をゆっくりと上げ、彼の方を向きました。
その顔はとても恨めしそうだったそうです。
「なあN……」
彼がもう一度Nさんの名前を読んだ瞬間、ゴキッという鈍い音とともにNさんの首がものすごい勢いで90度曲がったんです。
Nさんは白目を剥いて口の端から泡を吹きました。
彼が悲鳴を上げる間もなく、Nさんは身体に巻き付いた毛に引きずられて後方の暗闇に消えていったそうです。
Nさんが引きずられていくザザ……ザザザ……という音を聞きながら、彼の意識は途絶えました。
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目覚めると、彼はぐっしょりと寝汗をかいていました。
夢の中で見たものは彼の頭に鮮明に残っていて、まだ心臓が早鐘を打っています。
ベッドから起き上がる気にもなれませんでしたが、僅かな望みをかけて大学に行きました。
しかし、Nさんはやはり大学に来ていませんでした。
昨日と同じように電話も通じません。
学生課に相談し、Nさんの実家に連絡を取ってもらいましたがNさんは実家にも帰っていないそうです。
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後日、Nさんのご両親が警察に捜索願を出したことを知りました。
彼も警察から色々聞かれましたが、やはりNさんがあの日彼に電話をかけてからの行方はわからないそうです。
しかしそれから数日後、Nさんのバイクが見つかりました。
彼とNさんがよくツーリングしていた峠道、そこに放置されていたバイクが何日か前に撤去されていたんですが、それがどうやらNさんのものだったそうなんですよ。
事故に遭った形跡などはなく、ただ峠道で乗り捨てられていたとのことでした。
念のため警察も周辺を捜索してくれたそうですが、結局Nさん本人の手がかりは見つからなかったそうです。
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彼はNさんのことは心配しつつも、夢のことはなるべく気にしないようにしていたそうです。
あれはただの夢だ、Nの失踪には関係ない。
そう自分に言い聞かせていました。
しかしNさんが行方不明になってから1週間が過ぎた頃、それまでなんだか乗る気になれなかったバイクで久しぶりに出かけようと思い立ったそうなんですよ。
最近気が滅入っていたので、気分転換しようと思ったんですね。
でもね、ヘルメットの埃を払ってさあ行くかってバイクに跨がった時、彼の身体は固まったんです。
彼のバイクの左ハンドル、そこに明らかに彼のものではない長い髪が結ばれて、毛先がゆらゆらと揺れていたそうです。
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彼に結局そのバイクはどうしたのか聞いたんですが、その日のうちに売りに出してしまったそうです。
それはそうですよね。
引っ掛かっていたとかではなく、作為的に結ばれていたんですから。
彼、青ざめた顔で言うんですよ。
「もしあの時Nが手を離さなかったら……」
「あいつは俺も捕まえるためにわざとNを生かしてたんだ……」
「次は俺もやられる……」
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失踪から5年が経った今でも、Nさんは発見されていません。
作者千月
夢というのはいくらでも話を盛ることができるのであまり好まれる話ではありませんが、個人的に興味深いお話がありましたので一つ。