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中編4
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◆石膏の猫◆

週末。駅前にある行きつけの洋食屋で昼飯を食べていた時のこと。

ぺろりとオムライスを完食し、冷たい紅茶に舌鼓をうっていると後ろから猫の鳴き声が聞こえた。

看板猫なんて居たかな?と振り向くがそこに猫は居ない。辺りを見てもどこにも猫は居らず、周りは意に介さず食事を続けている。はて気のせいだったか。それから会計を済ませ、店を出るとまた猫の鳴き声が聞こえた。が、やはり猫はどこにも居ない。

それから部屋で寛いでいる時、仕事の帰り道、どこからともなく猫の鳴き声が聞こえた。そして、辺りを見回すが猫は居ない。これまで生きてきて怪奇な現象に遭遇した事など一度もなかったが、まさか憑かれたのだろうか?対処する術を知らない僕はどうする事も出来ずにそんな事が数日続いた。だが、みゃぁみゃぁ鳴くだけで特に何もしてこないのだから放っておいても大丈夫だろうと、その時はそう高を括っていた。

猫に憑かれてからちょうど一週間後。

買い物を済ませて帰宅していると、いつものように猫の鳴き声が聞こえた。

「またか」なんて思いつつも一応振り返る。そこに猫は居ない。再び歩き始める。ここ一週間決まり事のように起こる現象に僕は慣れ始めていた。しばらくするとまた鳴き声がする。そして一応振り返る。それで終わるのだ。だからその一連の流れを終えると僕は特段、不安や嫌悪感に苛まれる事もなくそのまま日常へ戻る。

だが、今日はいつもと違った。また猫が鳴いた。遠くから聞こえるその鳴き声は徐々に近づいてくる。少しずつ、少しずつ、ゆっくりと近づいてくる。気がつくと僕の足元からみゃぁ、みゃぁと鳴き声がぐるぐる回っていた。すると突然頭がくらくらして、目眩がした。貧血を起こした様な状態になり、一瞬意識が飛んだ。気がつくと僕は暗闇の中にぽつんと立ちすくみ、目の前には一匹の猫が居た。

その猫は真っ白な毛並みに真っ白な目。まるで石膏で出来た作り物みたいな猫だった。こちらをじっと見つめていた猫は正面を向くとふさふさの尻尾を振りながら歩き始めた。ついて行っちゃ駄目だと思うのだが、意に反して僕の足は一歩、また一歩と前に進んでいく。耳元でずっと猫の鳴き声が聞こえている。普段なら可愛いと思えるこの愛おしい鳴き声も、こんな状況で聞くと唯々不気味でしかない。

僕は必死に「止まれ!止まれ!」と言う事を聞かない体に命令するがそれは全く意味を成さず、そのまま優雅に歩く猫について行く事しか出来なかった。このまま異世界へ連れて行かれるのだろうか。一切逆らうことが出来ず、僕はほとんど諦めていた。

すると、突然猫が歩みを止めた。どうしたのかと思っていると、猫がふわっと宙に浮いた。浮いたと言うよりも誰かに首根っこを掴まれて持ち上げられたように後ろ足をぶらぶらさせて、前足で正体不明の見えない何かに向かって攻撃しながら「ふしゃー」と威嚇する様に鳴いている。すると猫が飴細工みたいに伸びたり縮んだり丸くなったりぐにゃぐにゃと変形しはじめた。嫌がる様に泣きわめいているとやがて石膏で出来た作り物みたいな猫は招き猫に変わってしまった。

気がつくと…、鬱蒼と木々が生い茂る、果たしてどこだかわからない場所で仰向けに倒れていた。

「夢か…?」

まだ寝ぼけているのか、訳のわからない現象にあい疲れているのか何とも気怠い。

「猫が迷惑掛けたね」

隣から突然人の声がしてがばっと起き上がる。見るとそこには招き猫を抱いた男が木に寄りかかって「おはよう」と軽く挨拶をしてきた。呆然としていると、男はゆっくり近づいてきて僕の前にしゃがみ込んだ。目の前に招き猫もやって来たので少し後退りしてしまう。男は招き猫を撫でながら

「これに猫を閉じ込めておいたんだけど、一週間位前に抜け出してしまってね」

一週間前。猫の鳴き声を聞いた頃だ。

「随分探し回ったんだ。だけど良かった。もう少し遅かったら間に合わなかっただろうから」

前髪で片目が隠れていて表情をちゃんと確認出来ないが、男は不気味に微笑んでいた。

「遅かったら…どうなって…」

何となく想像は出来た。だけど、恐る恐る男に問いかけてみる。

「人知れず死んでいたよ。猫が人知れず死ぬ様に、この山の中でひっそりとね」

背筋に悪寒が走った。あのまま猫について行ったら僕は…

すると男は何だか照れたみたいに頭を掻きながら、「いや、まぁ別に、だから招き猫に閉じ込めた訳じゃあないんだけどね」

「は?」

僕は意味がわからずそんな声を出す。

「この猫は君を死の世界に招こうとしてたんだ。幸運を招く猫じゃなくてあの世に招く猫だね」

「しばらくは猫に気を付けなさいな。一匹憑くと次から次へと呼び寄せるからね」

男はそう言うと「それじゃぁ、さようなら」と振り向かず、そのまま山の中へ消えていった。

それから玄関の前に水の入ったペットボトルを置いたり、唐辛子を撒いたり、ありとあらゆる猫除けグッズを購入して一切猫を近づけない様にしている。言うまでもないがあれ以来、僕は招き猫と猫が大嫌いだ。

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