中編7
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亜種③

「すいません、佐久田スミレ居ますか?」

玄関を開けるなり、制服姿の男子が言った。

腰パンと、だらんと着崩したシャツから伸びる、スラッとした手足。

そして、ややオールバックにした茶髪と、切れ長の目をした、いかつい男子生徒…スミレが通っていた高校の、元クラスメイトだという彼は、無愛想な顔で私を見ている。

「あ、えーと…スミレは今…」

「オレ、ちょっと用事があって、います?」

何となく威圧感のある口調に戸惑った。というか…年頃の男子と、どう接したらいいのか全くわからない。…と、その時、

「コースケ!?」

スミレが顔を覗かせ、彼の名前を呼んだ。

すると彼はスミレを見るなり…強面な表情から一辺、口元をほころばせて、

「佐久田!あんだよお前元気そうじゃん!」

と、スミレに声を掛けた。

作野幸助…彼は、スミレが唯一学校で仲の良かった子で、放課後や休み時間に、よく駄弁ったりしていたそうだ。

「こいつ超ムッツリだったし、最初は喧嘩売りにきてんのかと思った(笑)」

「その言い方は酷くね?オレ、ヤンキーじゃないから!か弱い男子だって」

「か弱いとか!ウケるマジで!(笑)」

若者らしい会話を聞きながら、スミレの笑顔を久々に見た私は、最近の不穏な空気から解放された様な…そんな気分だった。

美織の事は、未だにハッキリとしていない。

大学時代の他の同級生にも、SNS等で聞いてみたが、

「美織ねえ…私の友人の中には居なかったな…」

「それ、ミヒョルの間違いじゃない?ほら、韓国から留学してきた…あ、でもそれだと違うか…あの子確か、帰国後結婚したっていうし」

と…「美織」と名の付く女子生徒に関して、知っている人は今の所見つからなかった。

「危ない目に遭うよ」

「ただの遊びでしょう?」

「スミレは優しい子だから」

「ほんとうに呪われるって思ってるの?」

「妹のクラスでさぁ、変なことがあったの」

「妹さん元気?」

「謹慎にしないと危ないから」

───このままだと危ないよ────

色んな人の声がぐるぐる回って、一瞬立ちくらみがした。

そもそも、生き霊を呼び出して思い通りに動かす…本当にそんな事が出来るなんて信じられない。出来るとしたら神様しかいない。それに、チカは儀式を教えた人物の名前も、警告をしてきたモノの名前も言わなかった。

チカの言っていたような事は、今の所…全くと言って良い程、何も起きていないのだ。そして、美織の妹の話ですら…信憑性を失いつつあった。

何よりこれ以上…私達家族に余計な災難が降りかかる事に、耐えられる自信が無い。

いっその事全て、「江島チカ」という、オカルトや都市伝説への趣向をこじらせた女子生徒に振り回された、で終わってくれれば…私は心の中で、そう願っていた。

「お姉ちゃん、ちょっと外行ってくる!こないだのサービス券使うね!」

「そうなの?良いのに別に…お茶淹れるから」

「いや、大丈夫です、急にお邪魔してすみません」

「行ってくるねー」

スミレと作野君は笑顔で、そう言って家を出て行った。

見た所、友人以上の意識は無いように感じるが…もしかして…いや、野暮だな。

「行ってらっしゃい…」

ガランとした部屋。両親は仕事で、家には有休を取っていた私だけ残された。

意識を別の方向に持っていこうとテレビを付けたり、洗濯物を畳んだり掃除機を掛けたりと世話しなく動くも、美織との事が思い出されて、1人で居る事の恐怖は中々薄れなかった。

「あの子、今…どこにいるんだろ?」

私はおもむろに、家電の着信履歴を開いて思い切って電話を掛けた。が…

「もしもし、チカちゃん?私…スミレの───」

「もしもし?」

間違いなくチカの番号だったはずだ。

なのに、受話器の向こうから聞こえてきたのは、聞き覚えのある男性の声だった。

「ああ、あなたは…お姉さんでしたね?娘がお世話になってます…何故私の番号を?」

抑揚の無い、ゆっくりとした口調…

サヤカの父親だった。

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待ち合わせに指定されたカフェに入ると、既にサヤカの父親は窓際のテーブル席に座っていた。

仕立ての良さそうなポロシャツにスラックス。前回の様なくたびれたスーツ姿では無く、割とちゃんとした「休日のお父さん」という出で立ちだ。

「こんにちは…」

声を掛けると、「ああ!」と会釈をして、彼は向いに座るよう私に促した。

「お姉さん、こんにちは」

隣には何故かサヤカも居て、デザートを食べていた。が…どこか心ここに在らずだ。

「びっくりしたでしょう…私も、まあ娘もなんですが、あの子、いつの間に私の携帯を使って、あなたに連絡を取っていたとは…油断も隙もあったもんじゃないな」

カラン、とテーブルに携帯電話を置く。

聞けば、その日サヤカが母親と出掛け、自分1人で留守番している最中に居眠りをし、夢うつつに物音がすると気付いてはいたが…それが現実だと分からずにいたのだという。

しかし、私がてっきりチカの携帯だと思って電話を掛けた事で、ようやく事を推察出来た、と…。

足を掴まれたくないからと言って、何もそこまでしなくても…私には、チカの心理が分からなかった。

「それで…お父様、私に話というのは…」

「まあ、そんなかしこまらなくても、せっかく連絡が来たのだし、ならば報告を…と思いまして…うちね、転校するんですよ。九州の方に」

「え!?」

「もう、今回の事でうんざりしましてね…1人っ子だし、まだ高校1年とあれば立て直せるだろうと…娘ともしっかり話し合って、妻の地元に行く事にしたんですわ」

話し合った、とは言えど…サヤカを見ると、俯いたまま、もうデザートには全く手を付けていなかった。

「まあ、スミレさんのお宅には、特にお姉さんには色々と…ご迷惑をお掛けしたのでね、挨拶だけはと…娘もスミレさんと、ここ最近楽しく過ごしたみたいですし」

「いえ、わざわざそんな…」

「お姉さん…本当に、すみませんでした。チカの分も謝ります…あの子、やっぱ本気で信じてるから怖くて…そんな儀式、従弟も他の子も知らないって言ってたから…」

「え…?」

「嘘かも知れないって…私はそう思ってます」

虚言…であれば、裏掲示板の画像も、私を夜中に呼び付けたのも、ただのパフォーマンス…って事になるのだろうか。

だとしたら、わざわざサヤカ一家が引っ越す必要も無いと思うが…

「妻が疲弊し切ってしまって…もうそろそろ、穏やかに過ごしたいですよ」

帰り際、サヤカの父親はそう呟いた。初めて聞く、感情の籠った声…抑揚の無さをずっと不気味に感じていたが、もしかしたら、彼なりに精一杯、平静を保とうとしていたのだろう…娘の為に。

「これ、スミレに…」

サヤカから手渡された、新しいメアドが書かれた手紙を受け取る。涙を浮かべている彼女に軽くお辞儀をして、私は彼らより先に店を出た。

チカは今どこで何を?こんな大事を起こしておきながら、自分だけは難を逃れる様に潜伏し、一方的にこちらの様子を伺っている…そんな気持ちでいるのだろうか?

まるで、裏で世間を操る黒幕か何かの様に…

そんな事を思いながら帰路を歩いている途中、ふと目線の先に…スミレと作野君が、手を繋いで歩く後姿が見えた。

「はは、やーっぱりそういう仲なんじゃん…」

仲睦まじい若者の姿を確認し、このまま遠ざかるまで見ていよう…と思っていた。

だが、次の瞬間。

横道から出て来た誰かが、2人の姿を遮るように、私の視界に入った。

あの時と同じ服装で、そして、片方のヒールが欠けた靴を履いて…

そして彼女は、手に下げたバックから、鋭利な物を取り出すと、

2人の背中に向かって思い切り振りかざした───

「逃げて!!!」

ザクッ

生々しい音が、脳内に響いた。

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「あああぁあぁぁあ!!!」

耳をつんざく悲鳴…血まみれになりながら、地面に突っ伏してもがき苦しむ身体…

「しっかり!どうしたの!」

「…救急車!救急車呼んで!」

次第に、自分の周りが騒然とした声で包まれる。

自分の後ろから、前方に駆けつけようとする人の肩がぶつかり、体が傾いた。

と…同時に、誰かの手の感触がした。

「姉ちゃん…!姉ちゃん大丈夫?」

目の前に、青い顔をしたスミレと、私の肩を支えている作野君が立っていた。2人の無事が分かった瞬間、ぼんやりと霞んでいた意識をようやく取り戻した。

「あの…あの女の人は…?」

美織は、前方に振りかざしていた筈の包丁を、自身の太腿に突き刺していた。

人だかりの中心で、唸り声を上げているのが聞こえる。確かに、確かに彼女はスミレに向かって刃を向けていた。なのに…

「チカ…?」

ふと、彼女の顔が頭に浮かんだ。もしかして、チカが操って?いや…そんな事出来る訳が無い!でも…

美織は、一体どうして…?

救急車が到着し、数人の救命士によって、美織かストレッチャーに乗せられて行く。

今しか無いと思った。

「2人共、家に戻って!いい?1人にならずに、一緒に居るのよ!?」

スミレと作野君にそう言って、私は前方に向かって駆けた。

古くからの友人です、親元が遠いので同伴します…とか何とか…今となっては記憶か定かでは無いが、とにかくそんな理由を付けて、救急車に乗り込んだ。

酸素マスクを付け、真っ赤に染まった足元をタオルで覆われた美織は、ゆっくりと瞼を開けると私の方を見た。そして…

ニッ

と…微かに口角を上げると、再び目を閉じた。

あなたは誰?何故私達を知っているの?

何の目的があるの…?

脈拍を知らせる電子音が響く中、いくつかのやり取りの末に見つかった搬送先に向かって、私と「友人」を乗せた救急車は、少しずつ速度を上げて行った────

Concrete
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