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中編4
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永遠の愛を

 山奥で遭難した末、湖畔に佇むこの館に辿り着いたのはつい一時間前のことだった。出迎えた老人は難聴らしく、それでもこちらの事情を察して客間へ案内してくれた。人の気配が殆ど感じられないので、ついいい気になって館内部を歩き回ってみた。煉瓦張りの古風な造りだが、案外過ごしやすそうであった。

 居間の暖炉前に腰を据えると、程よい暖気に体が包まれていった。暖炉の上には油絵が掛かっていた。全体に黒ずんでいて、白い何かがぼんやり浮かび上がっている不思議な絵だった。絵からは血を思わせるどす黒い液体が滴り落ちたような跡が見られた。その滴の跡が床を点々と移動していることに気が付いた。それはまっすぐ前の椅子の上に向かっていき、埃をかぶった柔らかなクッションの上に、黒ずんだ液体が固まっていた。指でそっと触れると、腐臭が漂ってくるような気がした。椅子の背もたれの部分でその汚れを拭き取った。

 その時、不意に誰かの気配を感じた。ぎょっとして振り返ると、白いブラウスに黒のレトロワンピースという身なりの少女がいた。見た目は十七、八くらいであろうか。長い黒髪に潤んだ瞳、腫れぼったい唇は赤くぬめりをおびたようだった。見た目だけでなく、挙措にも育ちの良さを感じる。

 正直なところ、かなり好きなタイプだった。彼女もまた難聴のようだったが、すぐ隣の椅子に座って、僕の口の動きをじっと見つめていた。読唇術でも身に着けているのか、時折頷いていた。客室に引き取って後も、僕は彼女と過ごしたわずかな時間の余韻に浸っていた。

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 闇に彼女の姿を見たのは、真夜中も過ぎたあたりだった。何かの気配に目を覚ますと、純白のネグリジェをまとった彼女が、僕にのしかかる様な態勢で微笑していた。彼女の胸元に視線が動いた。豊かな胸元に彼女自身が僕の手を誘い入れた。薄く汗ばんだ肌からは甘酸っぱい、濃厚な果実のような匂いが漂っている。まだ二十歳そこそこの僕が、そんな誘惑に勝てるわけもない。

 僕は彼女を組み敷いて、服を脱がすのももどかしく、ただひたすらに彼女と交わった。彼女の内部は焼けるように熱く、僕は気が狂ったように彼女を求めた。

 それからは、情欲に溺れる日々が続いた。彼女はいつも日が暮れてしか現れず、老人に尋ねても不愛想に無視されるだけであった。

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 老人が身の回りの世話を、夜は娘が夜伽の相手をしてくれる。そんな日々にすっかり満足していたある日、僕は唐突に大学の夏休みも終わりに近いことに気が付いた。今の今まで全く忘れていたことに、自分でも衝撃を受けていた。

 娘にあと数日で帰らねばならないと身振り手振りで伝えると、どういうわけか居間にまで連れていかれた。

 彼女は初めて会った時のように隣に座ると、僕の手を握った。そして互いの小指を交差させて微笑した。僕の目をじっと覗き込んで、答えを迫っているようだった。もしかして、と思いながら僕は言った。

「結婚、しようということ?」

 彼女が頷くのを見て、僕は有頂天になってしまった。勿論、と僕が頷きながら答えると、彼女は嬉しそうに僕にキスをした。

 そして、暖炉前の油絵を見上げた。何を描いているのか良くわからなかった、どちらかというと不気味な絵画が、その時不意に理解できた。白いのは女の裸体、それに絡まる黒いものは、男の手足なのだと。

shake

 その黒い顔の部分が、僕の方を向いた。徐々にその輪郭が浮かび上がっていく。あの老人だった。口の端を歪めて、に~~~っ、と嗤った。あからさまな悪意を感じる、本当に厭な笑みだった。すべてが僕の理解を超えていて、あっけに取られて僕は茫然と事態を看過するだけだった。

 老人は油絵からヌタリ、と剥がれ落ちるように抜け出すと、恐怖で腰を抜かす僕を羽交い絞めにした。助けて、という必死の叫びにも、彼女は微笑を返すだけだった。そして僕は信じがたいことに、油絵の中に引きずり込まれてしまったのだ。

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 油絵の中で、二人の記憶が僕の中に流れ込んできた。二人は年の離れた親娘だったのだ。先天性の聴覚障害を患っていた二人は、この山奥で息を潜めるように過ごしていた。だが娘が美しく成長すると、父親は過ちを犯した。しかし世間から隔絶されて育ったためか、忌むべき父の罪を、娘は喜んで受け入れてしまった。

 そして、ある時、画家でもあった老人は、二人の時を永遠の中に封じ込めたいと願った。父は娘を殺害し、その肉体から絵具を作り出し、娘を描いた。そして自らはまず両足を、片腕を、最後には内臓を取り出してキャンバスに塗りこめた。腸を、胃を、肝臓を、そして心臓を抉り出そうとしたところで死んだ。そうして二人は、半永久の不死を得たのだった。

 二人は未だに愛し合っているのだ。鬼畜の愛だ。僕はただ二人の背徳の愛を永らえさせるための贄にされたに過ぎない。絵に取り込まれた瞬間から、僕は性的な快感に捕らわれてしまった。もともと性交を描いた絵なのだから当然かも知れない。

 そして贄を取り込むと、性感が新鮮さを取り戻すらしい。親娘はこの歪んだ愛を永遠のものとするために、定期的に新たな人の血と脂を必要としてきたのだ。

 そして僕自身もまた、この倒錯した愛の永続を願っている。もはや僕はかの老人でもあり、僕以前にもここを訪れたあまたの男たちでもあるのだから。

 

 次の贄が現れるまで、たっぷり彼女を感じていたい。僕の心には、もはやそれしか残っていなかった。

Concrete
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