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中編5
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◆怪談◆

あるタクシー運転手が体験した話。

時刻は夜中の2時を回っていた。病院の前に白いワンピースを着た女性が手をあげて不気味に佇んでいた。運転手は女性を乗せ、行き先を聞いて車を走らせた。こんな時間にどうしたのか訊ねるが、女性は俯いたままで返事はしてくれなかった。少々気味が悪いとは思いながらも目的地へ向かう。

着いたのはマンションの前。

「お客さん着きましたよ」と後ろを見ると、女性は窓の外を指さしている。運転手がそちらを見た瞬間耳元で声がした。

「私、あそこで轢かれたの」

驚いて後ろを見ると女性は消えていた。数週間前、女性が自宅マンションの前で車に轢かれて病院へ運ばれたが亡くなったそうだ。それ以来、その病院から自宅へ帰ろうとタクシーを待つ女性の霊が度々目撃されるそうだ。

骨董屋の店主は自慢げな顔をしている。

「それよくある怪談ですよね。なんか似たようなやつ聞いたことあります」

客も来ない、やる事もない。暇過ぎて逆に閑古鳥も鳴かぬであろう夕暮れ時。店主が自分の知っている1番怖いと思う怪談を語らおうと提案してきた。やだなぁ、と思いながらも話を聞くが、言い出しっぺにしてはありきたりな話だったので彼女は辛辣に言い放った。

「そんな事言うならお前さんの話を聞かせてみろ」

店主は不満げな顔をしている。アルバイトの女性はいままでに聞いたことのある怪談を記憶の箪笥からがさがさと漁って探してみる。ある程度散らかしたところで一つの話を見つけだした。

「えーっと、ある男性が幼い頃に体験した話なんですけどね…」

男性が幼い頃に父親の実家へ遊びに行った時の事。

朝から虫捕りや川遊びをしたり、畑仕事をしている祖父と祖母の手伝いをしたりと忙しなく活動した彼は、遊び疲れてその日は早い時間からぐっすりと眠ってしまった。

夜中にふと目を覚ますと、何か低い地響きみたいな音が鼓膜を震わせている。耳を澄ますと、どうやらそれは床下から聞こえるようだった。寝惚け眼で音の正体が何なのか考えていると、いつの間にか眠ってしまったらしくすっかり朝になっていた。彼は夜中の事が気になり、庭へ駆け出すとしゃがみ込んで床下を覗いてみた。奥の方に何かが見える。少し近付いて目を凝らすと、それが何か確認できた。

そこには生首がぶつぶつ何か言いながら床を見上げていた。男性はそれを見て、「ひっ」と声をあげてしまった。声に反応して生首はこちらを睨みつけると、どさっと横に倒れ、ごろごろとこっちに転がってきた。慌てて台所で朝食の準備をしている祖母の所へ逃げ出した。祖母と一緒に床下を確認したが、そこには何もいなかった。それから一週間ほど父親の実家で過ごしたが、音が聞こえることはなかった。

一体あれは何だったのだろうか。

「…うむ。中々怖いな…」

店主は悔しそうな顔をしている。

「ほんとですか?」

「しかし、まあ、40点位じゃな。なあ、生雲」

年季のある徳利を手に取り眺めていた椥辻生雲(なぎつじいくも)は「うん、そうだね」と上の空で返事をした。

「お前さんならかなり身の毛もよだつ怪談を知っておるだろ?何か一つ話してくれんか」

「怪談…?…そうだねぇ」

生雲は思い出す様に天井を見つめると、

「先週だったかな?女性から聞いた話なんだけどね」

ある女性が体験した話。

女性は数ヶ月前からストーカーに悩まされていた。仕事から帰宅すると玄関に継ぎ接ぎのぬいぐるみや人形などの不気味な物が置かれていて、「おまえはおれのもの」と汚い字で書かれたくしゃくしゃの手紙が一枚添えられていた。無言電話も家に居ると度々掛かってくる。もちろん、警察にも相談はしたが警察は動いてくれなかった。

落胆して帰宅するといつも玄関の前にある不気味な贈り物がない。ついに諦めたのだろうか。女性は少し安堵して部屋へ入り、そのままベットに倒れ込んだ。すると、背後から「やっとあえた」と声がした。振り向くと、そこには包丁を持った男が立っていた。ぐふぐふと不気味に笑いながらじゅるじゅると涎を垂らしている。

女性は慌てて起き上がって窓から逃げようとするが、男はそれよりも速く、女性の腹に包丁突き立てた。男は苦痛に歪む女性の顔を恍惚とした表情で見ていた。

「助けを呼ばなきゃ…、助けを…」

声を上げようと力を入れると同時に腹部に鋭い痛みが走った。男は不気味な顔をゆっくりと近づける。すると、女性の首を掴んで押さえつけると強引に服を引き裂き、だらだらと唾液を体に浴びせながら男は女性を陵辱した。男に快楽の波が押し寄せると、首を絞める手の力も段々と強くなる。力任せに首を絞められた女性はそのうち事切れてしまった。

行為が終わると男は女性の首と両腕両足を切断し、まるで物を扱うかのように袋の中にそれをつめると、気味の悪い笑い声を上げて部屋から出ていった。

「でも、これ怪談じゃないか…。お化けが出てくる話じゃないと駄目だよね?」

二人は呆気に取られていた。

「それってニュースでやってた事件のことですか?バラバラにされた女性の遺体が継ぎ接ぎの状態で発見されて、つい最近犯人が捕まったんです」

生雲は「そうなんだ」と再び徳利を眺めはじめた。

「でも、なんで…。その話誰から聞いたんですか?」

「女性から」

「女性って、その話に出てくる女性って…」

「そう。その殺された女性から聞いたんだよ」

殺された女性から聞いた話。要するに幽霊から直接話を聞いたということである。世に数多ある怪談の中に自分が殺された時の体験談なんて、そんな荒唐無稽な話なぞありはしないだろう。あったとしてもそれは事実ではない。しかし、彼の様に見えるのであればそれは可能になってしまう。それは彼だからこそ語れる怪談なのだ。

予測の範疇を越えた話に2人は度肝を抜かれていた。

「僕が見えると分かったら訊いてもいないのに自分の事を喋りはじめてね。血眼になって自分を殺した男を捜してるみたいだったね」

数日後。女性を殺害した容疑で拘留されていた男が謎の死を遂げたそうだ。

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