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中編5
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くたびれた革靴

自分が大学を卒業して最初に入った会社では、機械の修理などを行うサービスマンをしていたので泊まりを伴う出張が多かったのですが、支払われる宿泊費が一律で決まっていたため、安い宿に泊まれば差額がそのまま貰えるというありがたいシステムでした。

当時は給料も安かったので、出張の仕事が入る度に少しでも差額を増やそうと毎回激安の宿を探して泊まるようにしていました。

仕事にも慣れてきた2年目の頃、東北で仕事が入ったためいつものようになるべく安い宿を見つけて泊まったんですが、今まで泊まった中でもトップクラスに古く、宿内も小学校の体育館みたいな懐かしい臭いがする宿でした。

トイレ、風呂も共同で、部屋を開けるといきなり6帖ほどの畳になっているので部屋の外の廊下に靴を置いておかないといけないというなかなかのセキュリティ。

極め付けはテレビの横にイヤホンが置いてあり、21時以降にテレビを見る際はイヤホンを付けて下さいとメモ書きがされるほどの防音体制でした。

出張先でも節約のためコンビニで弁当を買って部屋で食う事が多かったので、その時も荷物を置いてとりあえず近くのコンビニまで買い出しに行きました。

その後宿に戻り、部屋に入るために廊下で靴を脱いだときに気づいたんですが、部屋は全部で6室ありましたがどのドアの前にも靴はありませんでした。

その時の時間はすでに21時頃だったので、もしかして今日は俺しか宿泊客はいないのかなと思いながらも とりあえず部屋で弁当を食いながらノートパソコンにイヤホンを付け、TSU〇AYAで借りた映画を見ていました。

しばらく映画を観ていると途中で暗闇のシーンで画面が暗くなり、鏡のようになって自分の顔が映るんですが、俺の背後におばあちゃんが映ってるんです。

え!?っと思って振り返ると受付で鍵をくれたおばあちゃんがニコニコしながらドアを開けて外で立ってる。

びっくりし過ぎて一瞬ひるんだ後、何してるんですかと聞くより先に向こうから

「そろそろお風呂場を閉めるから確認しに来たけど、ノックしても反応がないし鍵がかかってなかったから開けちゃったわよ」って言われた。

確かにこれまで泊まったところはオートロック式のドアがほとんどだったからいつものように鍵をしていなかったけど、そこは中からサムターンの鍵をしないといけない造りのドアでした。

あ、すいません今入りますと伝え、急いで着替えの準備して風呂場に向かいました。

風呂場は3人がギリギリ入れるくらいの小浴場って感じで全体的にオンボロな状態でしたが、あんまりそういうのを気にしないのでサッと洗って5分くらい湯に浸かり、映画の続きを早く観ようと部屋から持ってきた浴衣に着替えて部屋に向かいましたが、途中おかしな事に気づきました。自分の部屋の前に靴が一足置いてあるんです。ちょっとくたびれた茶色い革靴が一足。

1番奥だったんで間違えようがないんですが、あの部屋は確かに自分がさっきまでいた部屋です。またあのおばあちゃんが暇つぶしに来たのかと思って鍵を開けて中を見たけど誰もいない。

酔っ払いの客が部屋間違えて靴だけ忘れて自分の部屋に戻ったのかと思い、自分の靴のすぐ隣に置いとくのも嫌だったんで1mくらいずらしておきました。まだ温もりが残っている知らない人の靴を持つってのはなんとも嫌な気分です。

とりあえず靴はほっといて部屋に入ってドアを閉めようとしたら、さっき歩いてきた廊下の突き当たり、10mくらい離れた所に人が立っていました。暗くてしっかりとは見えませんでしたがちょっと小太りで身長は低め。なんか天井にある緑に光った非常口マークを見てるっぽい。

あーあれが靴の持ち主だなと直感しましたが足元までは暗くてよく見えませんでした。

靴を動かしてた所を見られてたらちょっと気まずいなと思いつつも、まぁ知らんぷりするかと思ってドアを閉めたんですが、ドアが閉まる瞬間、あと10センチで閉まるってところで隙間から自分と同じ目線で誰かが覗いてるのが見えました。

ぎょえー!ってひっくり返りそうになりましたがドアはその勢いのまま閉まりました。外からは何の音もなく、心臓がバクバクして尻もちをついたまましばらく呆然となってドアを見続けるしかできませんでした。

静寂の中、その態勢でしばらく時間が経ったときに1つとてもまずい事に気が付きました。ドアの鍵がまだ開いている。

やべーな誰だか知らないけど人の部屋を覗いて来るような人に入ってもらいたくない。っていうかあの距離から一瞬でドアの前に移動できるか?普通に考えて今外にいるのはまともな人間じゃない。そもそも人間ですらないかもしれない。

とにかくこのままにはしておけないと覚悟を決め、ゆっくりとドアに近づき、震える手でサムターンを回した瞬間、

sound:26

ガチャガチャガチャ!!

とノブを何度も回す音。

うおお!と叫んで後退りするしか出来ません。しばらくガチャガチャとノブを回してたかと思うと突然収まり、また静かになりました。

もはや映画どころじゃないし、100歩譲って幽霊ならまだしも、強盗犯とかだったらタダじゃ済まないと身の危険を感じたのですぐに受付に電話しました。

電話にはさっきのおばあちゃんと思われる人が出てくれて、靴の件と誰かが部屋に入ってこようとした旨を伝えたところ、おばあちゃんは申し訳なさそうに今から見回りに行くのでそれまで警察には電話しないで下さいとの事でした。

しばらくしてノックの音がし、旅館の者ですとの声がしたので恐る恐るドアを開けたらさっきのおばあちゃんがいました。

とりあえず怪しい人物はいなかった事と、今日はお客さんは自分しかいないと言われました。そして少し困った顔をした後、前に泊まった人からも何度か同じような事があったと言われた事があり、毎回見回りをしに行っても怪しい人物はおろか、靴も見つからないとの事でした。

流石にそのあと同じ旅館で寝られないと思い、その旨を伝えると全額返金してくれるとの事だったので申し訳ない気持ちになりながらも宿を出て、まだ明るかったショッピングモールの駐車場で車中泊しました。

かなり年季の入っていた旅館だったので長い歴史の中で色々事件や事故みたいのもあったのかもしれませんが、あの日以降は安すぎる所はなるべく避けるようにしています。

Concrete
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