中編3
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繰り返す最期

これは、私の祖父が体験した話です。

祖父は若い頃、海釣りが大好きで、よく岸壁などに釣りに行っていたそうです。

ある時釣り仲間から、よく釣れるスポットがあるという話を聞き、出掛けてみようと思いました。

其処は岸壁の下に洞窟のような穴が開いており、一人でゆっくり釣るには最適な場所だという事で、有名でした。

釣りに行く当日は、太陽が燦燦と照りつける快晴な日でした。釣り日和だなあ、と上機嫌になった祖父は、祖母にお握りを作って貰い、早々と出かけて行きました。

知人の言う通り、そのスポットでは、沢山の魚が釣れました。程良く疲れも出始めた頃、そろそろお昼を食べようと岩場に腰掛けお弁当を広げ、ゆっくりと祖母に作って貰ったお握りを食べ始めました。

お握りを頬張りながら何気なくぼーっと崖の上を眺めていると、何やら崖の際に女の人の様な人影が立っているのが見えました。祖父は驚き、もう一度よくその人影に目を凝らすと、矢張確かにそこには女の人が佇んでいたのです。

やばい、飛び降りる!

咄嗟にそう思った祖父は慌てて、女性を説得しに行こうと立ち上がりましたが、時既に遅しとも言わんばかりにその女性は海に身を投げたのです。

祖父は落ちる最中を愕然と見詰めながらしまった!と思いましたが兎に角早く助けを呼ばなければと崖の上にあった売店のおばさんの所に走って行きました。

気が動転しているので、自分でも何を言っているか分からないぐらいの話し振りでしたが、人が落ちたということだけは伝えました。

しかし、こんなに一刻を争う事を伝えているのにも関わらず、おばさんは作業の手すら止めず、返答ははいはい、と素っ気ない感じでした。

もう一度、今度はしっかりとした口調で伝えました。

「女の人が上から落ちたので、警察と救急車をすぐに呼んでください!!」

それなのにおばさんは、又生返事をするのです。

人の生死が関わっているのに舐め腐った様なおばさんの態度に祖父は少し腹が立ち、怒り口調で

「聞いてるんですか?!」

と話し掛けると、やっとおばさんは作業の手を止め、こちらを向きました。

おばさんは何とも言えない表情で

「今日でその事言うお客さん、何人目かなあ…」

と、ため息混じりに呟くように言いました。

「こんないい天気は特に多いんよねえ…あの女の人は、実際にあそこから飛び降り自殺した人なんやけど、何回もおんなじ状態を繰り返してるんよ。知らない人は皆びっくりしてここに言いにきはるんやけどねえ。どうしようもないのよ。お坊さんにも供養してもらったんやけど…」

祖父はそれを聞いた途端頭が真っ白になりました。そしてふと我に帰り、急いで荷物を片付けて、折角釣った魚も放置したまま一目散に家に帰りました。怖さの余り、どうやって家に帰ったかすら覚えていない程でした。

後日その話を釣りスポットを教えてくれた知人に話すと、

「見たか…見なければ良いと思って紹介したけど、すまんなあ…あれさえ見なければ良い場所なんだがなあ…。」

と言ったのだとか。

祖父はそれから、海釣りが怖くなり、全く行かなくなったそうです。

自殺者の霊は死の瞬間を何度も繰り返すという言い伝えがありますが、あの話は本当なのかもしれません…。

Concrete
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