中編5
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何度だって殺す

湿度が高くムシムシするこんな時期

いつもこの時期になると何となく気配を感じる。

あぁ、またきっとあいつが近くにいる。 姿は見えなくても私にはわかる。

きっとこの恐怖からは一生逃げられない。

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昔からしつこいやつだった。

最初に出会ったのはいつだったかなんて曖昧だけど、初めて見た時から嫌悪感を覚えたことは鮮明に記憶してる。

生理的に受け付けない。

ここまで不快感を感じたことは他に無いかもしれない。

目が合った瞬間に寒気を覚えるほどの気持ち悪い容姿。

それはもう、一度見たら絶対忘れられない。

見た目で判断してはいけないって皆言うけど、そんなこと言ってられないくらい気持ち悪い。

どれくらいかって? 言葉に出来ないくらい。人間じゃない。まるでエイリアン。

それに、気づいたら至近距離に居る。

あっちから話しかけてくるわけじゃないけど いつの間にか側にいる気味悪さ。

鳥肌が立つ。

吐き気がする。

近寄らないでほしい。

あいつがどこの誰かなんて知らないし知りたくもない。

同じ場所に毎回居るならこっちも避けようがあるのに、突然としか言い様がないくらい唐突に目の前に現れる。

大概私が1人の時だったり、急に現れるから悲鳴も出ないほどの恐怖でただただ立ち尽くすしかない。

でも少し目を離すといつの間にか居ないの。

ほんと、何がしたいのかわからない。

警察に相談するようなことは何もされないけど、恐怖というストレスを与え続けられる。

『本当に気持ち悪い。近くに来ないで。どっか行ってよ。』

泣きながら怒鳴ったりしたこともあるけど、どれだけ罵っても無駄。

聞いてるのか聞いてないのか、気持ち悪くて表情なんて読み取れない。

しばらく姿を見せなくなって忘れそうな頃に また気がつくと近くに現れる。

あんなやつ、同じ空気も吸いたくない。気色悪い。大嫌い。

一人暮らしだから家に来られたらどうにも出来ない。

けど引っ越ししたって安心出来ない。

もちろん窓もドアも鍵はいつもちゃんと確認するけど、こんなことしても意味はない気がした。消えない恐怖。

ビクビク怯えて、眠れない日々。今日出会わなくても明日来るかも。そんな不安な毎日が続いた。

でも、何でこんなに私が怯えないといけないの?

これからも逃げ続けないといけないの?

もう頭がおかしくなりそうだった。

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そして、あれは忘れもしないジメジメ蒸し暑い雨の日。

また最近姿を見かけなくなって少し油断してた。

あいつが近くに居たことに気づかなかったのを今でも後悔してる。

大学の帰り、自宅前に着いて傘を畳むと 鞄から鍵を取り出してた私の右腕に 一瞬何かが触れた。

『、、、え、?』

咄嗟に視線をそちらに移す。

頭は真っ白だけど、その姿を目にして初めて右腕をあいつに触られたことに気づいた。

ありえない ありえない ありえない。

何でここにいるの?

触れられた右腕が鳥肌で震える。

もう我慢の限界。

恐怖心を越えて何かが自分の中でプツンと音を立てて切れた気がした。

『ぎゃぁー!!!』

自分が出せる最大の悲鳴をあげたつもりだけど、喉がヒュッと鳴っただけ。喉が痛い。

こんなの耐えられない。

だからもう逃げない。

お前も逃がさない。

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私は気がつくと咄嗟に手にしていた傘を振り下ろしてた。

何度も何度も渾身の力で殴る。

興奮してたから何度か的を外して地面だけを叩いて腕が痺れたけど、確実に殺意を持って頭を狙った。

殴るだけじゃダメ。傘の先を突き立てて刺す。刺す。突き刺す。

死ね死ね死ね死ね死ね死ね。

殺してやる。今殺らなきゃまた私がお前に怯える日々を送らなくちゃいけない。そんなの嫌だ。

殺す。殺してやる。

お気に入りの傘はグニャグニャに折れ曲がったけど、あいつだってぐちゃぐちゃになって動かなくなった。

荒れた呼吸を整えるより前に急いで家に入って 服を全部脱ぐとゴミ箱に放り込む。泣きながらお風呂で全身くまなく洗って、特に触られた右腕は赤く血が滲むほど何度も石鹸で洗った。

傘はビニールに何重にも包んで燃えないゴミ入れに突っ込んだ。

とうとう殺した。

確実に殺したはず。

ぐちゃぐちゃに頭を叩き潰した。

もう大丈夫。

でもその日は右腕の鳥肌が止まらなくて全然眠れなかった。

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、、、翌日、朝早く 恐る恐る玄関に立つ。

見たくないけど確認しなきゃ。

そしてあのぐちゃぐちゃの死体をどう処理するのか。

早くなる心拍と まだ混乱した頭でゆっくりドアを開けた、、、

は?

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何故か死体は消えていた。

あれは夢だったの?

いや、夢じゃない。 ちゃんとあの場所に殺した時のシミがある。また鳥肌が立った。

それにまだ生きてるなんて考えたくない。

都合良く考えたらいい。

あいつはこの世から消えた。

私の前からちゃんと居なくなったんだよね?

右腕は赤くなったまま、だけど今は不安より安心感で満たされる。

安堵のため息をつきながら玄関に座り込んだ。

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あれから何年も経つけど毎年蒸し暑くなるこの季節には、やっぱりあいつの気配を感じる。

玄関はもちろん、押し入れの中、家具の隙間、シンクの下

室内だって室外だって、場所はどこだって関係ない。

いつもどこからかこちらを見てる気がする。

でも一度殺したんだから何回殺すのも同じ。

もう覚悟は出来てる。

何度出てきたってまた殺す。

撃退スプレーだって買ったし、家の中にはコンバットだって置いた。

殺しても殺してもあいつらはどこかにいる。

何匹だって出てくる。

茶色や黒のテカテカした身体。長い触角。何本もある脚。

ちょっとした隙間からだって入ってくる。

素早く走るくせに羽までついてて急に飛ぶから質が悪い。

あの日は外だったから油断してたけど、いきなり飛んできてアイツがかすった右腕の不快感は忘れない。

ゴキジェットを装備して 今年も見つけたらまた殺すだけ。

Concrete
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