中編3
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能面

うちの実家には二枚の能面がある。

一枚は小面(こおもて)と呼ばれる、よくある笑った女の顔の面、もう一枚は黒式尉(こくしきじょう)と呼ばれる黒い翁の面である。

何でも先代が趣味で彫ったものらしく、これが仏間の床の間の壁に並べて掛けてある。

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私(男)が子供の頃は特に黒式尉の面に対し恐怖を感じていた。炭のように真っ黒な肌に赤い唇と白いひげ、これが妙な不気味さを醸し出していた。

また当時は仏間の隣の縁側の突き当りの部屋を自室として使っており、トイレなどに行くにはその仏間を通り抜けるのが普通だったが、さすがに夜中は能面が怖くてショートカットはしなかった。

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小六のある夏の午後、近所で葬儀があるということで私は小一の弟と留守番をすることになり、自室で一緒にゲームをしていた。

夕方になった頃にトイレに行きたくなり、部屋を出ていつものようにショートカットすべく仏間の障子を開けた。

その瞬間、とんでもないものが目に入った。

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床の間にあった二枚の能面が、背を合わせるようにくっついて部屋の真ん中に浮いていた。

私は一瞬その非現実的な状況が信じられず、むしろ冷静だった。

その二枚の能面は私から見ていずれも真横を向いた状態でくっついており、それが空中にとどまっているのだ。

一瞬部屋の真ん中の照明の紐に吊るしてあるのかとも考えたが、その位置とはズレていた。完全に浮いている。

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そこに気づいた時、溜まっていた恐怖が一気に押し寄せてきた。

そこで異変に気付いたのか弟が出てきた。それを見たらしく怯えるように私のズボンを握って来た。

すると待っていたかのようにソレに変化が現れた。

突然それがクルッと回転し、黒式尉の方の顔をこっちに向けてきた。

そしてその目や口から謎の黒い液体を噴出しだした。

ブシャッと噴出する音、畳にぼたぼたと液体が落ちる音がやけに大きく聞こえた。

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弟が泣き出した。私もさすがに恐怖が爆発し、私は変な声をあげながら真後ろの縁側のサッシを開けて裸足のまま外の道路まで飛び出した。

結局親と祖母が帰ってくるまで家に入ることはできず、しばらく2人で家の門のところで座っていた。

親達が帰ってきた後に恐る恐る仏間を覗くと、能面や黒い液体は忽然と消えていた。

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その後能面がなくなっていることについて、私が捨てたとか弟が壊したとかいう話になっている時に、祖母が割って入ってこういう話をして来た。

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「あの二枚の能面は実は近所の神社に奉納する予定で作られたもので、完成してあとは奉納するだけとなった時に作った先代が水難事故で亡くなった。こうなるとそういったものは奉納ができなくなる決まりなので、結局うちにそのまま置くことになった」

「実はあの式尉の面はもともと白いものだったが、先代が亡くなっていつの頃からか泣き声を発するようになり、同時にだんだんと黒ずんでいってしまった。なんで消えてしまったのかわからないが、これで成仏してくれたのなら嬉しい」

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結局今までどこを探しても能面は見つかっていない。

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