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月に食(は)む者【三題怪談】より

中編3
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月に食(は)む者【三題怪談】より

【前編】

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私が彼女に初めて会ったのは、今の仕事からステップアップの資格取得をする為に通っていた図書館。

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都会の公園の中に佇む図書館で、彼女は長い黒髪を肩から垂らし、白い菊の花束を本を持つすぐ横に置き、静かに本を読んでいた。

腰まである黒髪は、烏の濡れ羽色と言うのだろう。

艶やかに輝いている。

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その黒髪から覗く横顔も、息を飲む程に美しかった。

一目で彼女の虜になる程に。

見ると、子供から老人まで、全ての男性は彼女をうっとり見詰めている。

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見る者全てを魅了してしまう彼女が何者なのかなど、その時には何も考える事も出来ず、調べなくてはならないものがある事も忘れ、只々、彼女を見詰めていた。

その日は閉館まで調べ物をし、静かな公園の中を駅に向かって歩いていた。

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ふと見ると、街灯の灯りの外れた木々の中に、あの黒々とした長い髪を見付ける。

彼女ではないか?

薄暗がりに見える横顔は、正しく彼女。

空にポッカリ浮かぶ真丸の月を眺めてホロホロと涙を流していた。

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私は恐る恐る彼女に近付くと、彼女を驚かせない様に気遣いながら声をかけた。

「どうしましたか?大丈夫ですか?」

私の問い掛けに彼女はハッとこちらを向き、頬を涙で濡らしながらも優しく微笑み返してくれた。

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その後、公園の中を共だって歩き、近くのベンチに腰を下ろし、彼女の話を聞いた。

彼女の故郷は遠く、帰りたいのに簡単に帰る事が出来ないのだと。

彼女は黄色い菊の花束を抱え、月を眺めて静かに涙を流す。

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私は、彼女の為ならと…

「私で良ければ、故郷に帰る手助けをしたい」と告げると、彼女は涙を湛えた瞳を私に向け、嬉しげに微笑み、私にそっと手を伸ばして来た。

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そして、細い指で私の頬を包むと、そっと顔を近付けて…

私の首筋に優しくキスをした。

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一瞬の痛みと共に、恍惚とした、筆舌に尽くし難い幸福感に私は包まれる。

薄れ行く意識の中で、透明な羽を揺らす彼女の姿が…。

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【後編】

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ふふふ…

女は口元から滴る真っ赤な血を、男の唇に当てて拭き取り、白く、色素の失った男の胸に、一本の黄色い菊の花を置いた。

いつの時代も何故男は、こうも容易く狩られるのだろうか。

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遠い昔、女はかぐや姫と呼ばれた。

名だたる武将から貴族、天皇までこぞって女を射止める為に押し掛けて来たものだ。

勿論、女は人間の男など興味はない。

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そんな人間の男の物になど成るつもりもないから、次々と無理難題を押し付けたものだ。

有り得ない要求にも必死で挑む姿を大笑いしたい思いを飲み込み、見ていた。

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昔話では、女は月に帰ったとされるがそうではない。

何百年もの長い年月、姿を変え、この地に留まっている。

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半月に一度の満月の夜は、女の食事の時間なのだから。

普段は家に男を誘い込み、食事をするのだが、今日はそうも行かなかった。

女の家の床下には、今まで食した男達の亡骸が眠っている。

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何百年も生き続けたお陰で、今の女は蚊取り線香等にも耐性が付き、死ぬ事はおろか、具合が悪くなる事さえないし、女の好きな香りになった。

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本来なら春に咲く除虫菊も、今は1年を通して花屋で売られているし、女の子供達も耐性が付いた事から、子孫以外の種を近付けない為に、常に女は家にこの花を飾っている。

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今の世は、ネットで色々な情報を得る事が出来るが、余りにも多くの情報が出回っている為、何が真実なのかを見極める事が難しい。

だから女は、情報を得たい時には図書館へ足を運ぶ。

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一番気になっている自分の正体を調べる。

だが、どの様な文献にも女と同様の者は見付からない。

強いて言えば、中世ヨーロッパの吸血鬼と呼ばれる者が一番近い様に感じるが…

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でも、それも違う。

何故かと言うと、女が食事をする時には、4枚の透明な羽が背中から生えて来るのだ。

何故なのかそれも未だ分からない。

だから今日も女は図書館へ通い、自分の正体を調べるのだった。

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白い菊…真実

黄色の菊…破れた恋

除虫菊…忍ぶ恋

【前編:798文字】

【後編:797文字、花言葉、解説込み823文字】

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