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中編3
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幼稚園の棗の木

とある知人から聞いた話。

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彼女には、不思議な記憶があるという。

それは幼稚園の頃のこと。

知人が通っていた幼稚園には、園庭の隅に大きな棗の木があった。毎年夏になるとたくさんの実をつけ、先生にとってもらうのが楽しみだったという。

ある冬の日。

帰りのバスに乗る三十分の自由時間に、彼女は一人でその棗の木を見上げていた。棗の木は落ちた葉にかわり、その梢に多くのスズメたちを休ませ、その賑やかさはまるで大きな楽器のようだった。

「あら、懐かしい。この木、まだあったのね」

ふと聞こえてきたその声に知人は視線を下げ、そして微かな違和感を感じて周囲を見回した。

そこは確かに彼女の通う幼稚園なのだが、所々さっきまでと違う部分があったのだ。

園舎の色がいつもより鮮明だった。知らない遊具が増えている。いつも木登りをして遊ぶ桜の木が、なんだか急に大きくなった気がする。棗の木の向こうには、園庭をぐるりと囲むフェンスなんてなかったはずだ。

そしてなにより、つい今しがたまで園庭で騒がしくバスを待っていたはずの友達が、一人もいなくなっていた。いや、子供たちはたくさん遊んでいるのだが、その中に彼女の見知った顔が一人もいなかったのだ。

突然のことにうろたえ泣きそうになっていると、先ほどの声の主と思われる女性が、「どうしたの?」と声をかけてきた。知人の母親と同じか少し若いくらいの女性で、フェンスの向こうの道路から心配そうにこちらを覗き込んでいた。

知人は泣きべそで答える。

「ここ、どこ?」

「え、あなたの幼稚園じゃないの?」

「そうなんだけど、違うんだもん」

女性は、困ったように頬に手を当て小首をかしげた。それはそうだろう。

知人はそこで、頼れる大人は先生だと思いついた。先生なら園舎の中にいるはずだ。そう思って、振り返って園舎を見た。

「……あれ?」

園庭には彼女の友達が遊びまわっており、その向こうには見慣れた少し色褪せた園舎があった。

辺りを見回す。すると、今度は先ほどまで言葉を交わしていたはずの女性の姿がなくなっていた。

「あれ?」

知人は首を傾げる。しかしよくわからないが、とにかく異常はなくなったようだ。

バスの時間を告げる友達の声に大きく返事をして、彼女はその場を後にした。

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「このことは、今まですっかり忘れていたんです。ところが、実はこの前、この話の続きかな、と思える体験をして」

知人がそう続けたので、私は身を乗り出した。

「続きですか?」

「続きというのか、リンクというのか。もしかしたら、全部私の勘違いかもしれませんけど」

彼女はそう前置きした。

「先日、娘の入園手続きをするためにその幼稚園に行ったんです。自分が通っていた幼稚園がまだ残っていて、今度はそこに娘を通わせるなんて、なんだか懐かしくて嬉しくて。てっきり古くなっているものと思っていたんですけど、塗装し直したんでしょうね。建物はそのままでも、昔よりずっと綺麗になっていました。園庭は記憶の中よりずっと小さくて、知らない遊具がたくさんあって。

そして、あの棗の木はまだ残っていました。懐かしくて、つい声に出してしまったんです」

「もしかして、木の下には…」

「はい。女の子がいました。泣きそうな顔でここはどこかと聞かれて、びっくりしました。

でも、ちょっと目を離した隙に、女の子はいなくなっていたんです。

子供の頃の不思議な体験のことは、家に帰るまですっかり忘れてたんですけど…」

そこで彼女は苦笑した。きっと、私と同じことを考えているのだろう。

「でも、あんまりできすぎていますよねぇ。きっと、全部ただの偶然なんでしょうけどね?」

そして、頬に手を当て小首をかしげてみせた。

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