短編2
  • 表示切替
  • 使い方

月の音

漆黒の夜空を、そこだけくり抜いたように満月が光っていた。

周囲の星々のまたたきを圧倒して、白く輝いている。

ベランダの手すりにもたれ、わたしは飽きることなくその月を見あげていた。

nextpage

今夜もまた、月はあの音を発しているだろうか。

あふれ出るシャンパンの泡のように、家々のトタン屋根を月光が濡れ色に染めている。

nextpage

そっと目をとじた。

そして、幼いころ祖母から聞かされた話を思い出していた。

彼女は、よくわたしをひざに乗せて言ったものだ。

nextpage

耳をすましてごらん。

ほら、月のほうからなにか聞こえてくるだろう。

nextpage

はじめてその音を耳にしたときの感動は、今でも忘れない。

金属がこすれ合うような、

古びた滑車が回るときのような、

硬く、冷たいノイズを――。

nextpage

ああ、聞こえるよ。

お婆ちゃん、わたしにも聞こえる。

祖母は、満足そうに笑った。

nextpage

月の音は、女の子だけにしか聞こえないという。

祖母がそう教えてくれた。

大人となった今では、その意味がよくわかる。

nextpage

ママ、なにしてるの。

気がつくと、五才になる娘が不思議そうにわたしを見ていた。

この子にも聞こえるだろうか。

ふと思いつき、わたしは娘を抱きあげ空の一点を指さした。

nextpage

ほら、愛美にはあのお月さまの音が聞こえるかな。

まだ汚れを知らないひとみに、満月が小さく映り込む。

しばらくして娘は、無言のままコクリとうなずいた。

ああ、やはりこの子にも聞こえるんだ。

胸のなかに、熱いものがこみあげた。

nextpage

照る月の

飽かず見るとも たまゆらの

音にぞ聞こゆ 潮のみちひき

nextpage

月の発する音は、初経をむかえると同時に聞こえなくなるという。

今のわたしにはもう、追想のなかへ耳をかたむけ懐かしく思うことしかできない……。

Concrete
コメント怖い
8
9
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信