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短編2
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新年の潮

とある海辺の集落で聞いた話。

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その集落では昔から、新年に海の潮を汲んで神棚に供える風習があるそうだ。

昔、ある若夫婦が年が変わってすぐに海に潮を汲みに出向いた。真夜中なので妻が夫の手元を灯りで照らし、夫は小さな手桶で波打ち際の潮を掬いとった。

桶を引き上げる直前、ふとなにか小さな黒いものが、桶の中に滑り込んだ気がした。

しかし、二人とも特に気にすることなく家路を急ぎ、桶を神棚に供えたあと、すぐに床についたそうだ。

次の日二人は仰天した。

小さな桶の中に、得体の知れない生き物がユラユラと漂っていたのだ。

それは中指ほどの大きさで、小さなナマコのようにもウミウシのように見えた。

しかし気味の悪いことに、その全身は黒い毛で覆われていた。ニセンチほどのその毛は柔らかそうに海水の中でなびいており、人間の髪の毛にそっくりだったという。

二人は不気味に思い、桶の潮ごとその生き物を海に返した。

しばらくして、二人に異変が起き始めた。髪の毛がどんどん抜けていくのだ。

朝起きたとき、梳ったとき、ちょっと頭を掻いたとき。普通では考えられないほどごっそり抜けてしまったのだという。

なにかの病気かと二人で医者にかかったが、髪が次々と抜ける以外はまったくの健康体だった。

結局、暖かくなる頃には二人の髪はすっかり抜け落ちてしまい、そして二度と生えてはこなかった。

あのとき汲み上げたという不思議な生き物のせいだろう、と集落の人々は噂したそうだ。

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「それからみんな、新年の潮汲みは初日の出を拝んでからするようになったんよ」

その話をしてくれた老人は、そう話を締めくくった。

彼は、見事なまでの禿頭だった。

私の失礼な視線に気づいたのだろう。彼は頭をツルリと撫でると、「これは年のせいやな」と笑った。

そこに、彼の妻らしき老婆がお茶を出してくれた。

夏も近いというのに、老婆は耳まですっぽり覆う毛糸の帽子をかぶっていた。

暑くないのか問うと、

「若い頃からずっとこれですからねぇ。ないと落ち着かないで」

そう言って、ニコリと笑った。

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