短編2
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売店の幽霊

とある病院で聞いた話。

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そこは、戦後すぐに建てられたという古い精神科病院だった。

その一階にある売店には、先代院長の妻の幽霊が出るという。

先代院長の妻という人は、生前から意識が高いのか意地が悪いのか、判断に困る人だったらしい。

売店は休憩中の職員もよく利用していたのだが、そこにわざとみすぼらしい格好をしていく。そして、職員が人を見かけで判断せず、患者もしくはその家族に対して適切な態度で接しているかどうかを、こっそり視察していたそうだ。

とある職員などは、院長の妻だと気づかず「汚ねぇババアだな」と小声で悪態をつき、その上レジの順番を割り込んでいったらしい。

そういった、差別的で無礼な職員に対しては、容赦なく減給や降格の処分が下されていたという。

注意勧告程度ならともかく制裁まで加えてしまうとは、職権濫用にほかならない。しかし、処分された職員の方も人を見かけて判断してその上職員にあるまじき言動をした、という自覚と後ろめたさがあるため、抗議をしたところで言いくるめられてしまっていたようだ。

院長の妻が亡くなった後は、もちろんそんなだまし討ちのような査定は行われていない。

しかしその真意はどうであれ、彼女は職員の質の向上に一役買っていたといえるだろう。

そして彼女は、死して十数年が経った今でもなお、その視察を時々行なっているらしい。

数年に一度、理由のよくわからない降格人事が唐突に発令されることがある。すると長く勤めた職員たちは、「まだ出るのか」と顔を見合わせるのだそうだ。

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「その幽霊って、いつも決まった格好じゃないの?」

私は思わず、話を聞かせてくれた元看護主任に尋ねた。

「それが、違うみたいなのよねぇ。みんな、どれが幽霊だったかわかんないって言うのよ。ほら精神科って、変わった格好の方が多いじゃない? 患者でも家族でもね。確かなのは、売店で客を邪険に扱った記憶だけ。そしてある日突然、降格人事が降るのよ」

彼女は、手にしたコーヒー缶を玩びながらため息をついた。

「私たちが悪いってことなのかしらねぇ…。でも、死んでまで意地の悪いばーさんだと思うわ」

彼女の名札には、何の役職も記されてはいなかった。

その理由は、尋ねないでおこうと思った。

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